死んで花実が咲くものか 55
重い沈黙に沈むハル。もう顔も上げられず、視線は治子の腰辺りをウロウロするばかり。葉が揺れる音、列車の発車サイン音、ホームの案内放送、治子の舌打ち……目が用を為さなくなると、耳がいろいろな音を拾うようになった。なかでも治子が発する音には敏感になった。舌打ちにビクッとするし、それに続く大きな溜め息には息が詰まる思いがした。
「ごめん。ベンチを壊したのは私が悪いんだ。ハルのせいじゃないわ。」
意外だった治子の謝罪の言葉に、驚いて顔を上げて見たのは、
「でも、内緒にしといてよ。」
と悪戯っぽく微笑む治子の顔。
一瞬、その笑顔に安心しかけたハルだったが、すぐに自身の気の緩みを咎めた。いまの治子が本当に心から笑みを浮かべているかどうか確信が持てなかったから。いまの彼女の笑みは雲間に射した光のようなもので、まもなく消え去るかもしれないのだ。
「……、ハルにいまの私がどう見えているのか分からないけど、私、いま、とても参ってんだよ。」
そう言って前髪を掻き上げ、頭を抱える治子の姿に、彼女は痛々しいものを見るように目を細めた。
頭を抱えて項垂れた治子は、何度か髪をワシャワシャしたあと、またスッと身を起こして、
「話を変えようか。」
と言った。
「人の身体から自由に出入りできるようになったんだね。」
「うん。」
「いつから?」
「3年前。」
「なんか特別な練習とかしたの?」
「うん。」
「大変だった?」
「うん。」
「ふ~ん……、さっき争ってた幽霊って、ハルにとってはなんだったの?」
「わ、私、とは……。」
「うん。」
そのあとに続く言葉をなかなかハルが喋らないので、
「私とは?」
と治子が促すと、ハルは大きく息を吐いたあと、
「私とは、直接はあまり関係、ない。」
と弱々しく答えた。
「じゃあ、なんでハルはあの幽霊と殴り合いしてたの?」
「さっき一緒にいた男の子と女の子に助けてくれって頼まれたのと……、それに、たくやんからも頼まれたから。」
「たくやん!?」
「佐藤、琢磨、ね。」
「は? あいつが私にモノを頼むってなんなの?」
「あいつはあいつで、別の幽霊にやられてたからね。」
「え?」
それからしばらく、2人は時間が経つのも忘れて、まるで古い友人と昔を懐かしむように語り合ったのだった。