死んで花実が咲くものか 53
白色のライトに照らされたU駅の上りのホーム端、南へ延びる軌道が闇の先へ続いていた。上下線いずれのホームにも人はまばらで、冷たく乾いた空気がホーム上を流れている。次の電車が来るのは4分後。電車を待つ間、美佳とtamaは一連の騒動を振り返りながら、いろいろと話した。
mimiの自殺予告から2ヶ月弱……最初はどこか他人事だった。自殺者が増え、様々な推測が飛び交い始めると、まるでドラマでも観ているかのような気分になった。それがtamaの自殺予告により、2人は突然舞台上の人となった。泣いたり喚いたり、励まし合ったりしながら、あっという間の2週間。2人にとっての幽霊騒ぎは終わった。
軋む身体にときどき顔をしかめる美佳。この身体の痛みが幽霊と闘った証拠、ハルさんがいたという証拠であるはずなのに、終わってみれば、日常と変わらず駅のホームに立ち、電車が来るのをただ待っている。死ぬのが凄く怖くて、恐怖に苛まれてきたはずなのに、終わってみれば、どこか手放しで喜べない自分がいる。
なんだろ?
なんか釈然としないのはなんだろ?
彼女はまるで旅行から帰宅したときのような、寂しさ、虚しさを感じていた。
≪死んで花実が咲くものか≫のCR内で起きた連続自殺事件の犯人である幽霊が死んだことに加え、miyaが無事であることをtamaはCRに書き込んだ。ハルが最期にそうしろと言ったから、そのとおりにしたのだ。
19:22 ;tama
miyaは確かに幽霊に殺されそうになったんだけど、そこに良い幽霊が来て、悪い幽霊をやっつけたんだ
「ふ、良い幽霊って……。」
tamaの隣で、彼と同じように携帯でCRを見ていた美佳がtamaの書き込みを見て呆れたように笑った。
「嘘じゃないだろ?」
「そうだけど、なんか作り話感すごくない? ほら、みんな詳しく話せって言ってるよ。どうすんの?」
「どうするって、ありのままを書くだけさ。」
19:25 ;tama
すいません、詳しくはよく分からないんです。ただ、良い幽霊が言うには、もう悪い幽霊は消えたから安心しろ、と。それだけ言って良い幽霊も去ったので、それ以上のことが分からないんです
「おお、ありのままではないけれど、ま、こんなもんだよね。」
「うん、この問題を解決したのはハルさんだし、実際、オレらはなにも分かってないんだ。」
「そうだね。」
この釈然としない気持ちは、もしかすると、なにも知らないせいかもしれない、と彼女は思った。
電車の入線を告げる案内放送がホーム上に響き、続けて電車がホーム内に入ってきた。
ホーム端から電車の方へ移動しようとするtamaの腕を咄嗟に取って、美佳が言った。
「待って! 分かったの!」
「分かったって、なにが?」
「よく考えたらね、私、まだハルさんにお礼を言ってないの!」
彼女はやや興奮気味だ。
「ああ、ミ、ミヤちゃんはハルさんに取り憑かれた状態だったもんな。」
確かに、と思いながら、そういえばオレはお礼言ったっけ……と思案するtama。
「そう! だから、なんかさっきからさ、ちゃんと終わってない感じがして、モヤモヤしてたんだけど、きっとお礼も言えずに別れちゃったからなんだよ。」
電車の扉が開き、ホームに何人かが降り立ち、さっきまでいた人たちが電車に乗ってゆく。tamaは降車した人たちが改札へ続く階段を下りてゆくのを横目に、軽く溜め息を吐いた。
「それはあるかもしれないね。でも、もうハルさんは見えないんだよ。それに、ハルさんは最期に、自分はいないのと同義になるとか言ってたし……、あの人が言ってたように、ハルさんは、自分たちにハルさんが見えなくなることも見越して、オレたちにああ言ってからミヤちゃんから出たんじゃないかな。」
「つまり、もうハルさんのことは知らんぷりってこと? さっきはあの人に言い負かされたというか、なんか妙な説得力があったから、大人しく引き下がったけど。よく考えたらあの別れ方って、ハルさんが一方的に切り出しただけで、こっちにはなにも言う暇がなかったじゃん? それっておかしくない?」
tamaの背後で、電車の扉が閉まり、電車がゆっくりと発車した。そして、ホームにはtamaと美佳のほかに誰もいなくなった。
「おかしいけど、どうしようもないよ。少なくとも、いまはハルさんとあの人の2人きりにしてあげてた方がいいと思う。」
「いまは、って、殺されるかもしれないのに!?」
美佳はお礼を言いに、ハルの所へ戻りたいと思った。ハルと新たに治子になった人物との間の因縁など知る由もなかったが、それでもお礼を言うついでに、ハルの命乞いをできないかと考えていた。
「でも、ハルさんって幽霊なんだろ? その、殺されるっていうのがよく分からないんだけど、もう死んでるわけだよね? だから、ミヤちゃんは殺されるって言うけどさ、ハルさんにとっては、それは成仏に当るんじゃないか、とか、そんなに不幸なことではないんじゃないかって思うんだ。つまり、オレたちの尺度ではなんとも言えない問題なんだよ。」
彼はハルの最期の様子を思い出していた。ハルさんは別れを告げるとき、微笑んでいて、少なくともその表情には一片の陰りもないようだった。その表情が美佳には見えていなかったんだろう。だから、ここまで殺されるだのとムキになれるんだ。
「タマはあの幽霊が死ぬところを見てないからそんなことが言えるんだよ。」
一方、美佳の方は彼が薄情なことを言えるのは、彼が幽霊を見ていないからだと思った。
「そうだよ、ミヤちゃんにはハルさんが憑依してたんだからさ、ハルさんの気持ちも分かんだろ? そこんとこ教えてもらえる?」
美佳の主張に、tamaはぶっきらぼうに答えた。まるで自分がなにも知らないみたいに言われたようで、腹が立ったのだ。
「ハルさんが入ってたときは、身体の自由が利かなくなって、幽霊も見えてたけど、ハルさんの心までは分からなかった。」
ちょっと悔しそうに唇を噛む美佳。
その姿を見て、tamaもいまの言い方を反省して、彼女に謝った。
ただ、どうするかがすぐ決まったわけではなく、それからしばらく、2人はその場で言い争った。結論が出るまでに、電車が6本、ホームを通り過ぎて行った。