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死んで花実が咲くものか 52

 男女2人にハルが別れを告げるのを憎々し気に見守っていた治子だったが、内心では別れを告げることの意味を考えていた。


 一般的な幾通りもある別れと比べて、いまのハルと2人の別れは特殊だった。片や幽霊であり、しかもその幽霊は、女の様子から察するに、自分の死を予言していたのだと思われた。そんな中で、予言を覆すことなく別れを告げたのはなぜ? ハルと2人の仲が親密であればあるほど、別れの言葉は2人を悲しませる結果になるのに……。


 以前の私は誰にも別れを告げなかった。みんなを悲しませないために? いや、それもあるけど、それだけじゃなかった。私の場合、ハルが治子として暮らしてゆくことを望んだから、みんなを混乱させないために本当のことを言えなかったんだ。


 今生の別れを余儀なくされるというときに、一体、誰がみんなに平然としていてほしいというのだろう!


 まもなく、女の身体からハルの霊魂が出てきた。


 その霊魂の姿は仮の宿りにしていた女よりも背の低い、小柄で華奢な少女だった。その容姿に治子は一瞬戸惑ったが、表情を変えることなく、少女のことを観察した。確かハルは14歳で死んでいたから、これがその当時の姿なのだろう。それに、ハルが生きていたのは大正時代。背が低いのは時代のせいか。


「こうして対面するのは初めてだね、治子。」


 ハルは薄い笑みを浮かべて言った。


 ハルの傍で、女が叫んでいた。


「日記に返事くれて、ありがとう。あと、ごめんなさい。」


 男が女を宥めに駆け寄った。


 治子はハルの言葉を聞き流しながら、女と男の狂言を眺めていた。


 よかったじゃない? ハルがいなくなるってことをきちんと理解できて。

 よかったじゃない? 自分がいなくなることを、あんなに悲しんでもらえて。


 治子は自分に向けられた2人の視線など意に介さず、ハルに向かって付いて来てと手招きした。外野がキャンキャン騒いでいては敵わないので、とりあえず静かな所へ行こうと思ったのだ。なのに、なにを勘違いしたのか2人も治子とハルのあとを付いてくるではないか。


「まだなにか?」


 治子は2人の方へ振り返り、そう尋ねた。言葉を短くしたのも、冷たく言うのも、言外に邪魔をするなと伝えるため。ところがタマは


「いえ、手招きされたので……。」


 と彼女の予期していなかった答えを返した。


「ああ……。」


 と天を仰ぐ治子。


「手招きしたのは、お姉さんから出てきた幽霊に対してです。お二人には特に用はありませんので、もうお帰りくださって結構ですよ。」


 時刻はまだ午後19時前。


 シンとした公園内に、U駅のホームに電車が入線する案内放送と電車の走行音が響いた。


「あの、すいません。」


 治子が口を開いたのを幸い、美佳が彼女に話し掛ける。


「ハルさんをどうするつもりなんですか?」


「さあ? 死者がいるべき場所に行くんじゃないでしょうか。私は知りません。」


 真面目に答えるとややこしくなりそうなので、治子は答えをはぐらかした。


「ハルさんは、あなたがやってきたとき、闘ってた幽霊も、自分も、もう終わりだって言ってました。そして、幽霊の方は実際、あなたに殺された……。」


「だから今度は“ ハルさん ”を私が殺すつもりだと、そう言いたいんですか?」


 美佳は自分の推測があまりに失礼なものだったと思い、その点については治子に謝ったものの、心のモヤモヤが晴れたわけではない。せめて、ハルの安全を確認したいというのが彼女のたった1つの願いだった。


 頭を下げていながら、まだなにか言いたそうな女の表情を見て、治子は小さく溜め息を吐くと、


「お二人は“ ハルさん ”のなんなんですか?」


 と尋ねた。


「ハルさんは、私たちの命の恩人です。」


「“ ハルさん ”はお二人を狙っていた幽霊をやっつけました。役目を全うして、さよならもしました。そこになにか問題がありますか?」


「いえ。」


「お二人に別れを告げたのは“ ハルさん ”の方でしょう。別れたくないなら、“ ハルさん ”に言ってください。私は知りません。」


 言ってくださいと言われても、ハルの姿も見えなければ、声を聞くことさえできない2人にとって、それは雲を掴むような話だった。


「いいですか? この際、はっきり言いますが、いま言ったことの繰り返しにもなるんですけどね? さようならって言ったのは、ハルの方なんです。どんな思いでハルが別れを告げたか、ちょっとでも考えましたか? 私からすれば、きちんとお二人に別れを告げることができて、ハルはそれをとても喜んでいると思います。もう未練もないでしょう……そう、余計な未練を残さないために、人は最期にお別れを言うんだわ。その思いにいま、お二人はケチを付けてるんです……と、“ ハルさん ”が言ってますよ。」


 治子の言葉に2人は黙るよりほかなかった。ハルの気持ちとなると、それこそ幽霊の気持ちのことなので、分かりようがなかったからだ。


「まだなにかありますか?」


「いえ、すいません。」


 本当は治子とハルの関係など、聞きたいことはたくさんあったが、そんなことを尋ねられる雰囲気ではなかったし、すでに治子とは他人でしかなかったので、2人はすごすごと帰路に着いた。


「ごめんね。面倒掛けちゃったかな。」


 遠ざかってゆく2人の影を見送りながら、ハルが言った。


「あなたが謝ることじゃないわ。じゃあ、そこのベンチんとこ。」


 公園には治子とハルの2人だけが残った。

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