死んで花実が咲くものか 50
幽霊は2人の影と、そこから溢れ出ている霊気に目を見張った。
これほどの霊気……いままでに感じたことがない。
幽霊は固唾を飲んで人影を見ていた。
次第に人影の姿が見て取れるようになり、幽霊はさらに驚かされることになった。
人影の1つは先程まで交戦していたおばさんの本体、もう1つはtamaじゃないか!?
なぜ?
なぜ?
なぜ?
リミッター云々の話が本気だったとしても、私はまだなにもできてなかったはずじゃない!?
治子本体の鋭い視線に射抜かれ、初めて恐怖を覚えた幽霊。
本能的に幽霊は逃走を試みたが、まるで身体が拘束されているかのように微動だにしない。すでに圧倒的な濃さの霊気でこの場が制圧されているのか……とか幽霊は思った。
身動きの取れない幽霊はすでに羽をもがれた蝶のように、あとは死を待つよりほかなかった。黙って処刑されるときを待つ身であり、しかも拳銃を携えた処刑人は、すぐそこまで来ている。
一方、治子は自分の身体が自分の霊魂なしで歩いていることに加え、凄まじい霊気を身体に宿していることに驚きながらも、同時にある期待に胸を膨らませていた。
治子……治子でしょ?
お願い、そうであって!!
10年前、いま、美佳の内にいる治子のせいでまだ中学2年生だった本当の治子の意識は途絶えてしまった。いまでも彼女が最後に書いた日記の一言一句を諳んじることができる。
≪あなたもこの夏までは小島治子だったんだよね?≫
≪私はあなたを絶対に許さない。≫
≪今度は私が、あなたを永遠の地の獄へ突き落してやるわ。≫
治子が自分を治子として認めてくれたから、そして、絶対に許さないと、待っていろと言ってくれたから、治子として生きてゆくことにためらいがなくなったのだ。
治子の回答への返事に“ ありがとう ”と書いたが、結局、それを治子が読むことはなかった。だから、最後にどうしてもその言葉を伝えてから、地獄へ落としてもらおうと思っていた。
治子……、私はずっとあなたが現われるのを待ってたんだ。
まもなく、美佳と幽霊のいる場所に辿り着いた治子とtama。
「美佳を連れて逃げます。」
立っているのもやっとという美佳の姿を見て、tamaはそう治子に言うが早いか彼女の脇をすり抜けて美佳の方へ駆け出そうとした。が、それを治子が腕を上げて制した。
「2人とも無事だから、お兄さんは私の後ろにいてください。」
彼女にそう言われてしまっては、従うしかなかった。なにしろ目の前には幽霊がいるはずなのだ。彼の目には映らなくても、治子と美佳の緊張した様子がその事実を物語っていた。美佳の前まで来ても、結局、なにもできないのか……と彼は唇を噛んだ。
そんな彼のことはお構いなしに、治子は息も絶え々々の美佳と幽霊をそれぞれ一瞥して、
「あなたが幽霊ですね?」
と幽霊に向かって言ったが、幽霊は息を飲んだだけで特に返事をしなかった。彼女はゆっくりと一歩々々、芝を踏みしめて幽霊に近づき、
「他人の喧嘩に第三者として割り込むのって、アンフェアだと思ってるんですが、あなたは幽霊ですからね。」
と言って、治子が初手にそうしたように、幽霊に向かって手を伸ばした。死の瞬間が近づいていることを知って、なお動けない幽霊。目玉だけが彼女の手の動く先を追ってヌルリと動く。
彼女の手が幽霊の鎖骨付近に触れた。その瞬間、触れた部位とその周辺が一瞬で弾け飛んだ。
「どう? 痛い?」
彼女が幽霊に問い掛けたが、幽霊は苦悶の表情を浮かべるだけで、返事はなかった。しばらくするとこれまでと同じく、幽霊の損傷箇所が再生されていった。とはいえ、再生スピードは当初と比べものにならないほど、落ちていた。ジワジワ、ゆっくりと身体が成形されてゆく。
彼女は幽霊の身体が再生されてゆく様子を興味なさそうに見詰めながら、
「幽霊がさぁ、人を殺すのって卑怯じゃない?」
と問い掛け、次々に幽霊の四肢を破壊していった。再生しようとする先から、手を休めることなく、延々と破壊作業を続けた。それは例えば、一瞬で尻尾を再生させるトカゲがいたとして、その尻尾を間髪入れず延々と踏み潰していって、いつまで再生できるんだろ? と楽しむような行為だった。
「お互い干渉できる同士で争った途端、これじゃない。」
彼女は幽霊に対し侮蔑の眼差しを投げかけつつ言い放ち、まもなく、完全に幽霊を消滅させてしまった。
「幽霊って、馬鹿じゃない?」
先程まで幽霊がいた場所に向かって、彼女はそう悪態を吐くと、今度は美佳の方へ視線を飛ばした。そして、
「あなた、名前は?」
と尋ねた。