私じゃない⑭ 直し
治子、治子……あなたは治子だわ……。
鏡台の前で入れ替わったことで、ハルは初めて鏡に映る自分の顔を治子のモノとして意識しながら見詰めてみた。
ダメ、ダメ。治子の姿を他人の姿として認識してしまうのはマズイ。
ほんの1ヶ月程前まではこれが自分の顔だと思っていたのに、改めて考えてみて、この姿が自分のモノではないという当然のことに気が付き、彼女を目眩が襲った。まるで立ち眩みのように、視界が外周から闇に閉ざされようとしたが、闇が視界を埋め尽くす前に、多少のノイズを残して、闇はまた視界の端に追いやられていった。
鏡から視線を外したまま、彼女は深く息を吐いた。
そして、また鏡を見た。
「治子は私を探してたんじゃないのかな?」
ハルは鏡に向かってそう言うと、頬杖を突いて、
「私を見つけることはできたかな?」
と、また鏡に話し掛けた。
「ふう、誰と話してんだろうね?」
鏡の中の姿はあくまで彼女の動きを映すだけだったから、当たり前の話だが、そこに治子はいないのだ。
ということは、やっぱりいま鏡に映ってるのは私だよね?
とハルは思った。
「ねえ、治子。私は、日記を通してじゃなくて、治子と直接話をしてみたいよ。」
ハルはそう呟くと、
「ふん、独り言だよ。」
と鼻で笑った。
お昼、もう冷めちゃったかな? と思って、鏡台をあとにしたハルだったが、幾分か気が滅入っていた。自身のことを小島ハルだと自覚したその日以来、様々な理由からいろいろな気の滅入り方をさせられており、彼女は早く楽になりたいと願った。
1階に下りる前に、彼女は子供部屋へ入ると、日記を取り出して治子からの返事を確認してみたが、なにも書かれていなかったので、落胆させられることになった。