生霊 ①
ここで章が変わります
朝、都内にある安アパートの自室で目を覚ました佐藤琢磨は絶句した。
スマートホンの液晶に浮かぶ時刻は午前8時。
遅刻じゃん!
時刻と共に着信があったことを示す表示を見て、彼はさらに焦った。履歴には会社の同僚の名前が並んでいた。彼としてはすぐに掛け直したかったが、すでに朝礼が始まっている時間であれば、朝礼が終わるの待たなければならず、電話を掛けるなら8時15分頃か……と彼は思った。
それまでに、彼は洗面所で身嗜みを整えた。
少し憂鬱だったが、遅刻はもう覆らない事実なので慌てても仕方がなかった。会社へ行く準備を進めながら、彼は頭の中ではどう言い訳しようかと、そればかり思案していた。
ふと、昨晩は女が寝かせてくれなくって……という言い訳が思い浮かんだ。まさかそんなこと言えやしない、と思ったが、とはいえ、本当のことなんだ……と彼は歯噛みした。
女といっても生身の女ではなく、それは夢の中の女だった。
夢の中でのことなので、起きてしまえばほとんど記憶に覚束ないが、なんとなく心地良い印象ばかり残っていた。そして、また寝る際に夢でその女に会うことを望むと、不思議とその晩の夢の中にまた同じ女が現われるのだ。
夢の中にその女が現われ始めて、もう一週間ほどになるだろうか。
「すいません、ええ、頭痛でどうしても動けなくて……、いえ、だいぶ落ち着いてきましたので、出社はします。はい、すいません、9時半ごろには着くかと思います。」
結局、言い訳に選んだのは頭痛。
電話をしたのち、彼はアパートを出た。