私じゃない⑥
書いた覚えのない日記……とも呼べないようなメモ書きを見つけて、治子は一瞬、家族の悪戯を疑ったが、すぐに首を振って否定した。
いまの情緒不安定な私がこのメモを見てどのように感じるか分からないほど彼らは愚かではないし、なにより私のことを心配してくれているのに、このような不気味な真似をするはずがない、と彼女は思った。それに、自分になにか言いたいことがあれば、このようなまどろっこしいことはせずに、口頭で伝えてくるはずだ。
そして、これを書いたのは自分自身ではないかという疑いに突き当った。
疑いというより、最早そうとしか考えられなかった。
健忘症の診断を受ける以前から、多重人格の可能性は考慮していたのだ。
ただ、その事実をこうした形で突き付けられてしまって、彼女も動揺せざるを得なかった。
頭を激しく殴られたような、奈落の底へ突き落されたような、そんな気分。もう自分の生活は自分一人のものではなくなったのだという絶望感。自分が自分でなくなった日。喚きこそしないが、彼女は黙って泣いた。本当に、久しぶりに。泣くという行為は幼い者の特権だと思っていた。それがいまは泣くまいと思っても涙が溢れてくる。
疑っているうちにはまだ希望があった。実はどうってことないのではという可能性もあった。とっ散らかった部屋で失くしモノをしたのであれば、至る所に希望も転がっているが、整理整頓されて片付けられた部屋で失くしモノをすれば、そこには絶望しかないのだ。
ごめんなさい。
分かる?
ごめんなさい。
この内容の意味が分からなかった。
一体、なにに対して謝っているのか。分かる? とはどういうことなのか。
涙も枯れてやや落ち着きを取り戻した彼女は、ベッドの中へ逃げ込んだ。姉に泣きっ面を見られてはまずいと思ったのだ。姉が部屋へ入ってきたら、壁の方を向いて寝た振りをしよう。
彼女はベッドに寝転がって、ノートに日記の続きを書いた。
11月18日(金)
ごめんなさい。
分かる?
ごめんなさい。
↑
あなたは誰?
名前は?
なぜ謝っているの?
分かる? とはなに?
児島治子