私じゃない④
重信殺害を自分の経験として自覚した治子。それが記憶喪失の症状を爆発的に進行させる一つの契機だったのだと、彼女はあとになって思った。というのも、あの日以来、目に見えて記憶が覚束ない時間帯が増えてきたのだ。にもかかわらず、誰も彼女の動きに違和感を覚えていない。彼女はその状況に戦慄した。
11月12日(土)
13:00~15:00
18:00~21:00
本日の記憶喪失。この間の記憶が覚束ない。
部活から帰ってお昼ご飯を食べて、なんとなく疲れてベッドに入ったら眠ってしまって……起きたら1階の居間でなぜかお茶を飲んでいた。起きたら? 起きたらというか、気付いたら、と言った方が正しいんだろうか。
そのとき、母も居間にいて、テレビの旅番組を見ていた。
テーブルの上には母がお昼にQで買ってきた和菓子の箱も載っていて、その中のいくつかが消費されていたようだった。私の目の前にも菓子の開いた包装があったので、私も食べたのかなと腹の具合を気にしてみたが、よく分からなかった。
母は特にそのときの私を変な目では見ていなかった。
無意識のうちに、私はいつもどおりに行動している?
無意識?
夢遊病?
私と同じ性格と同じ記憶を有するもう1つの私の人格?
それはほぼ私であるのに、私ではないなにか。
なにかが私の意識を浸食していっている。
そのうち、私は私でなくなるのだろうか?
あまり気は進まないが、病院に行った方がいいかもしれない。殊、病気のこととなると、患者本人よりも医者の方が詳しいのだから。
★メモ
保険証を借りて、病院に行く! 借りる理由は筋肉を痛めたから整体に行くとでも言っておけばいいだろう。診察結果次第では家族にも病名を打ち明けないといけなくなるな。