死んで花実が咲くものか 46
一切の説明を受けずに身体を治子に乗っ取られた形になった美佳は状況が分からず困惑した。
自分の意志とは無関係に動いている身体。それは突然目まぐるしく回転するジェットコースターにでも放り込まれてしまったような気分だった。気持ちが悪い……美佳の心は揺らぎ、朦朧として、加えて乗り物に酔ったようなジメジメした気分に陥っていた。
視界には高校生らしき女の子がゆっくりと歩いてきている姿が収まっている。美佳はその女の子が幽霊だと直感した。外見はただの女子高生だが、さっきまではすぐそこに誰もいなかったし……なにより私の視線がじっと彼女を見据えて離さないのだから。
「ええ? そんなこともできるんだ?」
幽霊が驚いた様子で口を開いた。
治子はそれを無視して、彼女の内にいる美佳に語りかけるように喋った。
「美佳、悪いけどいま、私、児島治子が身体を使わせてもらってるんだ。目の前にいる幽霊から美佳を守りながら闘うのに、こうするしかないと思ったの。ごめんね。」
謝りながら、もう美佳とタマの自分を見る目は変わってしまうだろうな、と治子は感傷的になった。人の身体に入り込んで使役するとか……化物だわ。
他方で、彼女は足が自由に動くことを喜んだ。自分の身体ほど馴染みはしないが、それでも足の感覚を奪われた身体でやるよりは満足に闘えそうだ、と。
そう、いまは後のことよりもまず、目の前の幽霊を倒すことに専念しなければならなかった。彼女が常に美佳と一緒にいられないことを考慮すると、ここで逃げ出すという選択肢はなかった。逃げれば、その後にいつ美佳が襲われないともかぎらない。
だからここで仕留めなければならないのだ、と治子は意を決して幽霊に突っ掛かっていった。
そのころ、tamaはそれなりに重い治子の身体を担いで公園の端の方まで逃げていた。遠目に美佳の姿が確認できるくらいの位置だったが、草木が視界を遮っているので、美佳の方から自分と治子を視認することはまずないだろうと彼は判断して、足を止めた。
それから彼はベンチに治子を座らせようとしたが、なかなか上手に座ってくれないので、仕方なく寝かせることにした。そして彼女の顔を覗き込み、寝てるってよりは中身がないって感じなんだよな、と不思議に思った。おなかの辺りがゆっくりと上下しているから、呼吸をしているのは確かなようだった。彼女の無事を確認した彼は、今度は美佳の方へと視線を投じた。
公園の真ん中で闘っている美佳。幽霊を見れない彼には彼女が変な動きをしているようにしか見えなかったが、心の中で美佳と治子を応援した。
もし美佳が倒されるようなことがあれば、オレはどうすればいいだろう?
ハルさんの身体を担いで逃げる?
いやいや、まずは救急車だろ!?
それだけは幽霊が迫ってきていようがいまいが、変わらないんだ。
日は完全に落ちて、夜を迎えようとしていた。
彼は万一のケースもシミュレーションしながら、美佳と治子の勝利を待った。