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死んで花実が咲くものか 45

は? は禁止

 治子の打撃により欠損した幽霊の身体だったが、息吐くまもなく欠損部位はたちまち回復してしまった。


 それを見た治子は、部位を破壊したからといって決着にはならないか……とウンザリすると同時に、やっぱり手を出さなきゃよかったかも……と後悔した。

 

「意外ね。おばさんは私と同じ?」


 幽霊が目を丸くしたまま、小首を傾げて治子に尋ねた。


「え? なにが同じって?」


 それに対し彼女は眉間に皺を寄せる。


「おばさんも幽霊なんじゃないの?」


「は? なに言ってんの?」


「だって……。」


 そこで言葉を切って、彼女との距離を詰める幽霊。

 

対する彼女は霊気を両手に集中させる。


幽霊の手がゆらりと彼女に伸びる。


彼女は咄嗟にその手を払うと、幽霊の顔面に手の平をかざし、霊気を発して幽霊の首から上を消し飛ばす。


「ほら、私と同じに霊気を操ってるし、なにより私に干渉してる……。」


 たったいま消したはずの幽霊の首が瞬時に再生して、話を続けた。その光景をまのあたりにして彼女は目を見開いた。


「そっちこそ何者なんだよ? 幽霊ってお前みたいにしぶとかったっけ?」


 彼女は自身の疲労を悟られないように、幽霊の話に付き合ってみせた。言葉くらいは一息で発することができても、胸が呼吸に合わせて上下した。


「さあ? ほかの幽霊が弱ってるのを見たことないから知らないけど。で、なんでおばさんは生きてるわけ?」


「さあ? 生まれてきてからまだ死んだことがないからじゃない?」


「幽霊に干渉できるくせに、それ本気で言ってんの?」


「言ってる意味が分からないね。そっちこそふつうの人間で幽霊が見えるヤツがいるって可能性についてはハナから全否定なわけ?」


「そうね。だって人間は人間だもの。それこそ相田みつをも言ってるじゃない? ……幽霊に干渉できるなら、そいつはもう人間じゃないと思うけど。」


「人間の可能性は無限大だからね。」


「それは否定しないわ。人間には、死んだあとにだって可能性があるんだもの。」


「なんか狂気染みたこと言ってんね。その歳で亡くなったんだったら、この世に未練タラタラなのも分かるけど、だからって死んだあとに憂さ晴らしされても困るの。死んだあとは大人しくしててもらえないかしら?」


「憂さ晴らし? そんなつまらないことするわけないじゃん。私の言ってることを分かってるはずの人が分からないことを言うのが、一番頭に来るものね。」


「なんだか分からないけど、私とお前は違うから。」


 言いながら、彼女はぐっと拳に力を込めた。きっちり息を整えたことにより集中力も戻ってきたし、筋肉の硬直や霊気の流れも、とりあえず次の一撃についてのみであれば万全の状態で振るえるほどに回復していたから、次で幕引きにしようと考えたのだ。

 漫画のように手の平から高密度の霊気を放ち、幽霊を跡形もなく消し去るイメージを描き、まず、霊気を片方の手の平の内に集中させてゆく。


「それだけの霊力を持ってて、人間ですって? ちょっと無理があるんじゃない?」


 幽霊は彼女の手の平の内に込められた霊力に目を見張り、集中を阻止しようとして自分の霊気を彼女に向けて放ったが、彼女は全身から霊気を放出してそれを相殺した。


 瞬時に放たれた霊気くらいなら、余裕で相殺できる。


 と彼女が分析するのと同時に、幽霊は舌打ちして後方へ飛び跳ね、逃げの態勢に入った。


ここで逃げられてたまるか、と彼女は手の平の内に集約させていた霊気を一気に放ったが、回避に徹した幽霊の全身までは消し去ることができなかった。ダメか……と思ったものの、それでも身体の大半を失った幽霊を見据え、もう消えろと彼女は祈った。

だが、彼女の思いも虚しく、目の前でまた復活する幽霊。とはいえ、回復するために霊力が使われているようで、見た目こそ復元された幽霊だったが、その霊力はだいぶ弱っていた。


このことが彼女には幽霊攻略の糸口に思えた。


相手の攻撃を避けながら、こちらの攻撃をヒットさせ続ければ、いつか幽霊にトドメを刺せるのではないか、と。


「おばさんみたいなのに割って入られると堪ったもんじゃないね。マジで、なんで邪魔すんのかな?」


 幽霊は幾分か苛々していた。


幽霊にとって自分に干渉できる彼女は自分と同類であり、だから仲間と言わないまでも、自分の行動原理や心境をある程度は理解できてしかるべき存在だと認識していた。ところが彼女ときたら徹頭徹尾、幽霊の企みを阻止するために動いている。例えるなら、羊を狩ろうとする狼の前に羊を守ろうと立ちはだかるもう一匹の狼といった感じ。しかも、その狼が滅法強いときている。正面から喧嘩すれば幽霊自身タダでは済まない。現に、すでに何度も存在そのものを消滅させられそうになっており、幽霊となってようやく生老病死の苦痛から解放され、半ば全能感に近いものを覚えていた身には少々堪えた。幽霊になってからの認識が崩壊させられることになってしまった。とはいえ、初めて幽霊に干渉できる存在と手を合わせできたことは1つの経験であるわけだし、認識の誤りを訂正するきっかけになったので、これはこれで良かったのだ、というふうにも幽霊は思っていた。


 問題は天狗になっていた鼻を折られたことではなく、いま目の前にいる彼女をどうするか……ということだった。


 一方、彼女は再び復活してすぐに悠長にお喋りする幽霊に辟易していた。まだ余裕があるのか? だとか、底が知れない、だとか、幽霊同士で会話することがなかったから私と話せて実は嬉しいのかな? だとか思いながら、


「なんでじゃないでしょ? あの子には家族や友達がいて、あの子が死ぬとみんな悲しむの。あなたにも大切な人がいたでしょ? もしあなたが死んだあとになっても、こんなことをしてると知れれば、あなたのお母さん泣いちゃうよ?」


 と、いまどき刑事ドラマでも見られないような泣き落とし作戦を遂行していた。実際、彼女には余裕がなかったのだ。話せるなら、話だけで決着させるに越したことはないのだが、そこまでは彼女も望んでいない。お喋りはただの時間稼ぎ。


「両親は健在だけど……、あいにく、大切な人もできない、短い人生だった。」


 うわ、捻くれてるな……と治子は思った。


「ちなみに、なんでこんなことしてるわけ?」


「ん、新しい人生の幕を開けてあげてるだけだよ?」


 ああ、頭の方もあっちの世界に逝っちまってるな……。


疲れてはいたが、彼女としては長々とこの膠着状態を続けるわけにもいかなかった。もう日が暮れかけているのだ。闇夜に幽霊と争うなど、考えただけでゾッとする。かといって、幽霊を一気に消滅させるだけの霊力も備えていないし、自分の限界に挑戦しても倒せるとはかぎらない。


 彼女が決死の覚悟を決められず二の足を踏んでいると、


「ハルさん!! ハルさん!! 美佳がヤバいッスよ!!」


 と、後方からtamaの叫び声が響いた。


 急いで美佳の下に駆け寄ろうとした治子だったが、幽霊から目を離したのが災いし、背後から幽霊の霊気に足を撃ち抜れた。外傷はないものの、やられた方の足の感覚は麻痺してしまっていた。


「ハルさん!!」


 すっ転んだ彼女を見て、彼が彼女の下に駆け寄った。


「足をやられた。悪いけど私を担いで美佳のとこへ!」


「え? え?」


 状況が飲み込めずにあたふたしている彼に


「早く!」


 と治子が催促すると、ようやく彼は彼女をお姫様抱っこの要領で担ぎ上げて、美佳の方へ走った。


 治子は苦しそうにしている美佳の姿を確認すると、急いで彼女を襲っている邪気を払った。背後を見れば、幽霊がにじり寄ってきている。


 やられた! と治子は歯噛みした。これでは美佳を盾に取られたようなものだ、と。


「ハルさん、ごめんなさい……。」


 背後で美佳が申し訳なさそうに言った。その表情は情けなさと恐怖でもうほとんど泣きそうになっていた。


 うう、そんな顔しないでよぉ。こっちも泣きそうなんだよぉ。


 美佳の情けない顔を見て、治子も情けない気持ちになった。ああ、ああ、ダメだ、ダメだ! なんとかしなきゃ、私がなんとかしなきゃ!


「美佳、私は大丈夫だから、そんな顔しないで。」


 治子は無理に笑顔を拵えて美佳を見た。


「タマ!」


「はい!?」


「もう一回私を担いで!」


「え?」


「早く!」


「はい!」


 彼に担がれたところで、


「いまから幽体離脱ってヤツをして美佳の中に入る。そうすれば美佳を守りながら闘えるからね。」


と、治子は彼に伝えた。


「幽体離脱?」


「その間、私は気を失ってしまうから、タマには私を担いである程度逃げてほしいの。美佳にはあとで謝っといて。」

 

「え? え?」


 治子の言葉を頭の中で咀嚼する前に、彼女は彼の腕の中で気を失った。治子の首が項垂れたのを見て、彼はまさかと思いながら美佳の方に目を向けると、そこには凛々しい立ち姿の美佳がいた。


「早く行け!」


 美佳が発したとは到底思えない声音で命じられ、tamaはあの身体の中にいま治子がいるのだと得心して駆け出した。

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