死んで花実が咲くものか 44
夕闇が迫るU公園、燃えるように赤く染まった芝生の上を、悠々と歩いてくる幽霊。幽霊がある程度近づいてきたところで、治子は大声で呼びかけた。
「おい、お前、この子の命を取りに来たんだろ!?」
幽霊にその声は届いていないのか、眉一つ動かすことなく近寄ってくる。
「人違いは御免なんだけど!! いま、私たちに近づいたら問答無用で消すよ!?」
高校生のものらしい制服を着た女の幽霊だったが、その幽霊がCR内で殺人を繰り返してきた幽霊と同一人物かどうかとなると半信半疑の治子。だが、幽霊が何者であっても問い掛けに応じないのであれば消すしかない、と彼女は腹を括っていた。
美佳とtamaは前方の虚空を睨み付ける治子の様子を、戦々恐々としながら見つめた。
幽霊が治子の眼前に迫った。
チッと彼女が幽霊に手を伸ばすと、幽霊も彼女に対して手をかざした。
彼女の手と幽霊の手が触れ合った刹那、彼女は腕が体温を失ったような錯覚に囚われ、ギョッとして手を払った。
腕がなくなったかと思った……と彼女は感嘆の息を漏らす。
対する幽霊の方も自身の手の平を見つめてなにか異常を感じ取っている様子。
治子は幽霊を消し去るつもりで、手に霊気を込めて幽霊に触れたのだ。それでも平然としている幽霊を見て、彼女はいまさらながら幽霊の強さの違いってなんなんだろうと思った。
容姿は華奢な女の子のクセに、厭に重く、冷ややかな霊気を放ってくるじゃないか。治子は自身の腕に霊気が通っていることを確かめながら、目の前で悠然としている幽霊の一挙手一投足を注視した。
楽勝だと思っていたのに、相手が自分と同等かそれ以上に強いと分かったときの絶望感ときたら、後悔する間もないときてやがる!
幽霊が視線を彼女に向けて、歩を進めた。幽霊が彼女のリーチ圏内に入ったところで、彼女は思い切りの霊気を込めて幽霊を殴ろうとすると、幽霊も霊気を込めた腕でそれを防ごうとした。
拳が腕にぶつかり、幽霊の腕が多少ながら弾けて光の粒子になって飛び散った。くそッと彼女は歯噛みした。最初こそ油断したが、いまのは渾身の力を込めた一撃だったのだ。それが決定打にならないとか!!
「おばさんが邪魔してたのね?」
そのとき、幽霊が喋った。幽霊が初めて言葉を発したことにやや驚いてしまって、彼女はすぐに返事ができなかった。ただ、なにか引っ掛かるものがあった。
「悪いけど、おばさんはお呼びじゃないの。私が用があるのはその子。これ以上邪魔するなら、おばさんにも死んでもらうけど?」
そう、彼女はおばさん呼ばわりが腑に落ちなかったのだ。なにしろ彼女は24歳で、おばさん呼ばわりされる筋合いはないのだ。
「は? 永遠の16歳だか17歳だか知らないけど、頭の方が可哀想過ぎて泣けてくるわね。」
「そうやってムキになるのは自分がおばさんだと認めてる証拠じゃない?」
「はッ、頭も悪けりゃ口も悪いとか……良い性格してるわ。」
言い終えた直後、治子が放った凄まじい速さの蹴りが幽霊の顎を捉え、幽霊の顔の下4分の1が消し飛んだ。治子の肉体の力だけでなく、霊力も加わった蹴りの速度は人間離れしたものにまで昇華されており、さらに、足元からしなる鞭のような足技は幽霊の死角を突く形になったのだ。
「お前はもう一度死んでおきなよ。」
自分の身体の一部が消え去って驚く幽霊に、治子はそう静かに告げた。