死んで花実が咲くものか 43
午前10時に美佳と同じく学校をサボったtamaと合流した。
治子は仲睦まじい2人の様子を見て羨ましく思った。別にいま自分に彼氏がいないから、というわけではなく、幽霊について相談し合える相手がいる、というのが羨ましいのだ。たとえ相談相手に幽霊と対峙する力がなくても、話し合えるだけでいい。それだけで幾分か救われるからだ。
そういう意味では、1人で多数を相手にがんばっている幽霊に2人は感謝すべきだな、と治子は思った。しかしそのあと、本来ならtamaはもう死んでいて、美佳はそのあと独りで自分の死を待たなければならなかったのかと思うと、多数を相手にしているからといっても幽霊に感謝する必要はないな、と考えを改めた。そして、
「美佳とタマは私がいた、ということを本当にありがたく思うべきね。」
と彼女は2人に言った。
「そういえば、CRでハルさんのことを教えてくれたイチイチイチさんってハルさんの友達なんですか?」
2人が治子と出会うきっかけを作った111のことについて、美佳が尋ねた。111は自分自身もいま幽霊にやっつけられていると言っていたが、果たして無事に難を逃れられたのだろうか……その点も尋ねてみたが、
「知らないわ。だって、イチイチイチと思われる人物に連絡してみても、一向に折り返しがないんだもの。案外、もう死んでるかもしれないわね。」
と治子は素っ気なく答えた。
「イチイチイチさんのことは助けられなかったんですか?」
と美佳が重ねて尋ねると、
「彼の場合、幽霊に心当りがあったのね。だから、なんか自分で闘ってたみたいよ? 私が相談相手じゃ不服だったみたい。」
「え? 自分で闘ってたって……その人も幽霊とか見える系の人なんですか?」
「いや、彼はこの世に幽霊なんていない派筆頭だったから、当然見えてなかったよ。ただ、幽霊にやられ始めてから、その幽霊にかぎっては見えるようになったようだけど。その幽霊の趣味なんでしょうね。相手に姿を見せて、じわじわと恐怖に陥れていくのが。なんか、そんな気がするわ。」
治子は琢磨のアパートを現地調査のために訪ねた日のことを思い出しながら答えた。彼を懲らしめていた幽霊は、やろうと思えばすぐに彼を討ち取ることができたはずなのに、敢えてそうはせずにじわじわと苦しめていた。生霊から死霊になってさえ、彼をすぐには殺していなかったようだし……そんなことを思いながら、治子は身震いした。
ホント、恨みを募らせた人間ってのは恐ろしいものだわ。
いま3人がいる場所はJRU駅前の公園。以前、tamaと美佳が幽霊に抗うために選んだ場所だ。人の目があまりないということと、ゲン担ぎの意味で今回もここを選んだ。
駅近くのオリジン弁当で弁当と飲み物、惣菜も買い込んで、青い芝の上にビニールシートを敷いて、寒空の下とはいえちょっとしたピクニック気分。なのに治子は自分でそのように計画していながらも、いつ届くか分からない配達物を家でじっと待つ人のように、幽霊が現われるのをいまかいまかと待ちながら、日が少しずつ傾いてゆくのを見ては、せっかくの休みが無駄に終わってゆく……と1人、心の内で嘆いていた。
治子は美佳の周辺に霊気が漂ってくると、小まめにそれを排除していったが、美佳とtamaの2人はそれに気付かない。
そんな2人と待ち時間を幽霊談義で潰した。
治子には今日ほど饒舌に幽霊のことを語ったことはなかった。
ただ、美佳が喫茶店でどうやって自分を正気に戻したのかを尋ねてきたときはさすがに言葉に詰まった。霊魂の姿になって美佳の中に入り、幽霊の悪い霊気を取り除いたのだと教えれば、大問題になりそうな気がしたのだ。≪幽霊が見えて、かつ幽霊をやっつけられるだけの人≫という2人の認識が、≪幽霊が見えて、かつ幽霊をやっつけられるうえに、人の心の内にまで入り込める人≫と改められ、果ては人類にとって危険な存在なのではないか、と勘繰られることになりかねない。
だから治子は2人に、それは企業秘密だと言うに留めた。
その言葉に美佳が不満の表情を見せたので、治子は彼女に鶴の恩返しの話をして聞かせた。
正体がバレたからといって、爺さんの方に特に不都合があったわけじゃない。鶴子の正体が鶴と分かった後も純白の織物を生産してくれればいいってなものだったはずだが、鶴子の方に不都合があった。その不都合がなにかは知る由もないが、鶴子には鶴子の事情があったわけだ。
「で、いまの場合、美佳たちがお爺さんで、私が鶴子なわけね。知られ過ぎると、私は美佳たちには計り得ない理由から美佳たちの前から姿を消さなくてはならなくなるかもしれないというわけ。」
「そんな必要ないですよ。治子さんの正体が何者でも、私とタマの治子さんを見る目が変わったりはしません。絶対です。」
「ま、ま、私の秘密を知るための障子には私の方で鍵掛けてるから大丈夫よ。」
「なので、ハルさんが何者なのか教えてくださいよぉ。」
美佳が治子の言葉を聞き流して尋ねてきたので、治子は思わず天を仰いだ。
「私の正体……私は越後のちりめん問屋のご隠居だよ。お節介なのがたまにキズでしてな。はっはっはっ。」
なんとなくテレビ番組の水戸黄門の決め台詞を思い出して、それに倣った治子。無償で人助けしてる自分はまさに御老公様だわ……とか。彼女としては面白い返しをしたはずなのに、若い2人には伝わらなかったようで、意気消沈。
時刻は16時、夕暮れを迎えていた。
「ハルさん、幽霊はまだ来ませんか?」
tamaが治子に尋ねた。
「まだ来ないね。だけど、自殺を強要するための霊気はずっと前からバシバシ来てるよ。」
治子の回答に息を飲む2人。
「このまま幽霊が来なかったらどうなるんだろ?」
美佳が不安そうに言った。今回の幽霊の意気込みを鑑みれば、今日駄目ならまた明日と、是が非でも美佳を自殺に追い込もうとがんばるのではないか、という可能性を考えたのだ。
「たぶん、来ると思う。」
「そこまで分かるんですか?」
「なんとなくだけど、場所と手段はともかく日時は指定してたからね。今日来るでしょ。ま、その幽霊にプライドがあれば……って話だけど。」
幽霊がなかなか姿を現わさないことに3人が不安になっていると、公園の出入り口の方から歩いてくる高校生らしき女の姿が治子の目に映った。治子はその女が幽霊だろうと半ば確信したが、念のために2人にも尋ねてみた。
「美佳、タマ、あそこにいる女の子、見える?」
「女の子? いえ、誰もいませんけど? どこですか?」
「ふん、ついに幽霊が来なすったみたいよ。宮本武蔵気取ってんのか知らないけど、待たせ過ぎだな。」
公園内を散歩するわけでもなく、真っすぐに治子たちの方へ向かってくる幽霊。治子は2人を庇うように、数歩、幽霊の方へ歩を進めた。