死んで花実が咲くものか 42
朝、目を覚ますと柔らかく抱きしめられている感覚があり、身体を起こすと治子がごろんと少し転がった。美佳は治子のことを甘えん坊なのかなと思った。
転がった衝撃で治子も目を覚ましたから、
「おはようございます。」
と挨拶すると、
「おはよ。」
と治子も寝転がったまま返事をした。それから、
「午前2時頃のこと覚えてる?」
と言うので、美佳はなにか失態でも起こしただろうかと思ったが、寝入ってからあとの記憶がないので、ますます恐ろしくなった。なにかしたのであれば、その行動には幽霊が関与している可能性を考慮するのが、いまにかぎっては妥当だろう。寝惚けて……だとか、物忘れが酷くなって……だとか、そういったことではないはずだ。
美佳は怖々と首を振った。
「すごかったんだから。」
と、悪戯っぽい笑みを浮かべた治子を見て、美佳はなんとなく謝った。それから、
「それって幽霊ですよね?」
と尋ねると、
「たぶんね。」
と治子。
時間、場所を問わず……という自分の自殺予告を思い返してみて、改めてすでに幽霊が攻勢に出ているのだと思い、戦慄が走った。
「もしかして、私を抱き枕代わりにしてたのって?」
ふと、気になって尋ねてみると、
「眠ってるときに美佳の奇行に気付けないんじゃマズイじゃない? くっついてると、なんとなく分かるのよ。幽霊がやってきてるなってのが、ね。ま、正確には幽霊ご本人が来てるわけではないのだけれど。」
その返答に美佳は先程の“ 人を抱き枕代わりにして ”という考えが失礼なものだったと恥じ入り、早くも本日三度目の謝罪をすると、なんだかバイトの履歴書の特技の欄に≪謝罪≫って書く資格が自分にはあるような気になった。
それからまた彼女の頭に1つの疑問が浮かんだ。
そういえば、今日、どうやって幽霊を退治するのか全然聞いてない。っていうか、よくよく考えてみれば、ハルさんが私たちにCR内の幽霊について話したことってないよね?
美佳がこれまでに治子から聞いた話といえば、第一にお金の話、第二にお金の話、そして、ようやく最近になって過去の除霊話を聞いただけ。tamaがどのように助けられたのかも、喫茶店で美佳をどうやって正気に戻したのかも、その詳細は不明のまま。
餅は餅屋というから、幽霊に関してど素人の美佳たちにとって、除霊方法など知らなくてもいい内容ではあるのだが。例えば排水管の調子が悪いからと業者を呼んだとして、業者が一々丁寧に問題の是正方法を住人に解説するようなことはない。それと同じことだ。
とはいえ、今日にかぎっては美佳にも大きく関わってくる内容だけに、彼女は治子に質問してみた。
「今日はどういった作戦で幽霊をやっつけるんですか?」
治子も特に絶対に上手くゆく作戦を考えているわけではなかった。美佳を自殺させようとする幽霊の邪魔をし続ければ、痺れを切らした幽霊ご本人が美佳の前に姿を現わすだろうから、そこを叩く……という程度の作戦なのだ。tamaのときとは異なり、幽霊は美佳を自殺に追い込もうとやたら意気込んでいるから、案外こちらの目論みどおりに動いてくれるのでは、と治子は考えているようだった。
その話を聞いた美佳は、大丈夫なのかな? と不安になった。もちろん、自分が自殺を免れることに疑いはないのだが、果たして自分が最後の自殺予告者になるのかどうか、という点にだけは懐疑的にならざるを得なかった。




