死んで花実が咲くものか 41
もう夏も終わりますが、この話ももうすぐ終わる予定なので、まだ続けます。
マンションに帰るとまた母の小言。何度言われても改善の兆しも見せない自分が悪いと分かっていても、人の気も知らないで……という思いをどうしても抱いてしまう美佳。
「最近遅くなることが多いけど、なにしてるの?」
という、帰宅後すぐに受けた母の問いには、上着を脱ぎながら母を一瞥して
「来週の火曜まではいろいろあるんだよ。水曜からはふつうに戻るから。」
と、言い訳した。不遜な態度とは知りつつも、美佳は美佳で家族にまともに相手をしてもらえていないという不満があったから、お互い様だと割り切っていた。
「いろいろってなによ?」
いろいろって言えばいろいろだろ? と美佳は思った。言い難い内容だからこそ濁すのであって、そこを追及するのはルール違反だ。
どこへ行くんです? ちょっとそこまで……、という会話があったときに、そこってどこだよ? とは誰も重ねて尋ねたりしないじゃないか。
「いろいろっつったら、いろいろだよ。野暮な詮索はよしてよね。」
つっけんどんに美佳が答えると、
「ああ? 親に言えねえようなことしてんのかよ?」
と、いつも温厚な母が稀に見せる剣幕。ふだんなら怖気づいてしまうところだが、お互い様理論が発動中の美佳には逆効果。
「ああ? 親に言ったらなんとかなんのかよ?」
一触即発の娘と母。
美佳としてはアテにならないならならないでいいから、事ここに至っては親は引っ込んでろよ、という思いでいた。どうせ話を聞いてもくれやしないくせに、と。
だが、そういえば母には幽霊の話をしていない、ということに気付いて、美佳は態度を180度引っ繰り返した。そうして母に自身の現状を話してみたが、やはり理解されず……、とはいえ、そのときの美佳に落胆や失望は最早なかった。むしろ、やっぱり思ったとおりじゃない! と、自身の鑑定眼の確かさに満足する始末。そして、親の株をまた一段下げた。
一方で、自分が言っていることのおかしさも理解していたから、彼女は親だけを悪者にすることもできなかった。親の反応の方がふつうなんだ。来週の火曜を乗り切れば、私もふつうの世界の住人になるんだろう。
幽霊……、幽霊って(笑)。
治子のおかげで、彼女の気持ちは以前に比べて安定していた。
だから彼女は死ぬことではなく生き延びることを前提に、自殺予定日までの僅かな日々もふだんと同じように過ごした。
同じようにといっても、以前と大きく異なるのはtamaと毎日のように会っている点。彼に励まされ、彼に愚痴を漏らし、彼と一緒に世間の常識の悪口を言った。
tamaの方は自分の危機は脱したものの、美佳のことが心配だったので、自分の生活を削りながら彼女と会っていた。学校には毎日通ったが、塾の方はおざなりになった。決して堕落したわけじゃない、いつでも再起できるんだと自身に言い聞かせて、平静を保ちながら、来週の火曜日を1つの区切りに設定。
それまでは……それまでは美佳を置いてほかに大切なものなど存在しない、というふうに、美佳のことを優先させて過ごした。
治子は毎日仕事に追われて過ごしていた。今週の月曜はtamaのために休みを取った。来週の火曜日は美佳のために休まなければならない。彼のときはギリギリまで悩んだから、休みの申告もギリギリになったせいで説教を喰らった。来週火曜日の有給の申告はギリギリではなかったが、もっと早めに申告して業務に支障を来さないように調整するのが本当だったから、やはり説教を喰らったし、4連休でどこか旅行に行くのかい? と嫌味も言われた。
いつもいつも休み明けに現われやがってぇ……と彼女は幽霊を呪った。
休み明けに仕事をする幽霊を≪月曜日の女≫と、彼女は命名してみたが、特に気は晴れなかった。
これほど身を粉にして幽霊退治に奔走してきたのに、結局一銭の儲けにもならないなんて……と、内心泣きながら週末を過ごしていると、月曜の晩に美佳から電話が掛かってきた。彼女が万全を期すために今日から治子の部屋に泊まりたいと申し出てきたので、治子は自分の気分転換にもなるかもしれないと思い、それを了承した。
そして、月曜が終わり、自殺予定日の火曜になったとき、明かりを消した部屋で治子は美佳に念を押した。
「寝てるときにウチで黙って首吊りとかやめてよね。」
美佳はそれを半分冗談だと思って、
「大丈夫です。そのときは化けて出て掃除していきますよ。」
と冗談で返した。