死んで花実が咲くものか 39
美佳の今日の発言を覆させてみせると言って、治子は美佳に賭けを申し出た。
死ぬ決意を完了しているという美佳に死にたくないと言わせることができれば治子の勝ち、言わせられなければ美佳の勝ち、という内容。負けた方が喫茶店のお代を支払う。
自分の発する言葉を賭けの対象にした治子の意図が美佳には分からなかった。あまりに自分に有利過ぎるが、そもそも賭けている物がお茶代だから、賭け自体にそれほどの意味はないのか……。
実際、治子は美佳を助けることを前提に動くつもりだったが、喫茶店での美佳の言動、態度全般が気に入らなかったので、彼女をぎゃふんと言わせて溜飲を下げようと考え、賭けを提案しただけだった。
勝負が始まると、治子は椅子に深く腰掛け、背もたれに背を預けると、腕を組んで目を閉じた。
自身の中の霊魂を身体から解放して美佳の中に侵入しようというわけ。
霊魂が出掛けている間、身体の方は気絶状態になるため、椅子に身体を預けたのだ。
治子が目を閉じてまもなくすると、霊魂がスウッと身体から抜け出て、美佳の身体の中へ入っていった。
美佳の中へ入ると、彼女が霊気にやられているのが手に取るように分かった。彼女を襲う霊気はこの世に対する怨念を色濃く含み、ドス黒く、陰惨な光を放っていたが、霊魂状態の治子が自身の霊気を放つと、たちまち怨念を含んだ霊気は消え去り、その靄が晴れた先に、美佳の霊魂が姿を現わした。
治子が美佳に近づくと、彼女が驚いて治子の方を見たので、治子はやれやれと肩を竦ませてから、美佳の前に立った。そして、彼女の頬を軽く抓ると、
「絶対、死にたくないって言わせてやるから。」
と微笑んで、自分の身体へと戻った。
うたた寝から目覚めるような感覚。先程と変わらない店内の光景に、物静かなピアノとギターの音色。それらに加えて、慌ただしく治子を呼ぶtamaの声。
「ハルさん! よかった、起きた。」
起きた……だと? 気絶してからそんなに時間は経っていないはずだけど、と治子は思い、腕時計を見ると、やはり霊魂の解放前から2~3分しか経過していない。
「おはよ。どした?」
ほんの僅かな時間だったにもかかわらず反応を示さない自分のことを心配してくれたのかと、治子がtamaの評価を上げていたとき、
「ミヤちゃんの様子がおかしいんだ。」
とtamaが言ったので、そっちかよ、と思いながら治子は美佳の方に目を向けると、
「私のなにがおかしいって?」
と、ちょうど美佳がtamaをなじっていた。それは、昨日までと同じ雰囲気の彼女。偉そうにふんぞり返ってはおらず、喋り方も平坦ではなく抑揚があった。
「え? あ……ううん。」
美佳の追及にたじたじになっているtamaを尻目に、治子は美佳を呼んだ。
「美佳!」
「はい!?」
強めの呼びかけに驚いた美佳は、素っ頓狂な返事をして治子の方を向いた。
「この質問に即答して! どちらかといえば死にたい! 死にたくない! どっち!?」
「うぇ? 死にたくない?……はっ!?」
治子の勢いに押され、思わず死にたくないと答えてから、美佳は賭けのことを思い出した。
嵌められた!!
「はっ!? じゃないし。ご馳走になりま~す!」
そう笑顔で礼を言って、治子は手元の伝票を美佳の方に押し付けた。
「ハルさん、いまのズルくないですか!?」
美佳が抗議したが、治子はその抗議を鼻であしらい、tamaにも礼を言うように促した。だが、tamaは遠慮して自分の分は自分で払いますとか言い出したので、治子はそれを却下した。
「ハルさん……今日はすいませんでした!!」
治子とtamaが支払いのことで言い合っているとき、美佳が突然謝罪した。
「ん? 突然どうしたの?」
「すいません。今日はハルさんにとても失礼なことを言ったと思うので。」
「へえ? ということは、すべて覚えているわけね?」
「はい、覚えています。でも、言い訳がましく聞こえるかもしれませんが、あれは私であって私じゃないというか……。」
「分かってる。いいよ、気にしないで。今日はお茶もご馳走になったしね。」
「ありがとうございます。本当に、なんてお礼をしたらいいか……。」
先程までと打って変わった美佳の態度に、さすがの治子も面喰らってしまって天井を仰いだ。
まだだ。まだ、終わっていない。
本当の勝負は来週の火曜日だ。
店内に流れる音楽に耳を傾けながら、治子は気を引き締めた。




