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死んで花実が咲くものか 38

 美佳としてはもうすっかり話を終えたつもりだったし、これ以上なにかを尋ねられても真面目に答えるつもりはなかった。1つも理解を示そうとしない相手に対し、馬鹿正直に付き合う必要はないのだ。だから話題を変えようと思い、


「そういえばハルさんはこれまでに除霊をしたことはあるんですか?」


 と尋ねてみた。


「あるよ。」


 と治子。


「何匹くらい除霊したことがあるんですか?」


 匹という単位を聞いて、まるで動物と同じ扱いだな、と治子は思ったが


「1匹だけよ。」


 と敢えて美佳と同じ単位を用いて答えた。

 

 1匹だけではさすがに“ すごいですね! ”とも言い難く、美佳は「へえ」と感嘆を漏らしてその場を繋ぎ、続いて


「ちなみに、その幽霊はどんな幽霊だったんですか?」


 と質問を続けた。


 その問いに一瞬、治子は答えたものかどうか思案した。


 なぜなら彼女はまだ自身が経験した一度の除霊体験を誰にも話したことがなかったからだ。自分にとっては本当の体験談なのに、聞き手がそれを創り話として受け取るのかと思うと、どうにも話す気になれなかったし、それだけならまだしも、また嘘吐き呼ばわりされることを恐れていたのだ。


 だが、いま目の前にいる美佳とtamaはほかの人とは違い、幽霊の存在を信じている。だから、ちょっと話してみようかという気になった。


「ん~とね、幼い男の子だよ。6歳だったかな? 彼は一緒に遊ぶ友達が欲しかったんだけど、町の子供たちには彼の姿が見えなかったから、ね。誰も彼の友達にはなってあげられなかったの。」


 伊藤重信が竜也と勝也の兄弟と神社で初めて会ったときに、必死になって2人に声を掛けていた情景が瞼の裏に浮かんで、治子は目頭が熱くなるのを感じた。


「6歳!?」


 美佳は除霊した幽霊が6歳だったことに驚いた。彼女はもっと大人の……というか悪霊のような、邪悪の権化のような幽霊を想像していたのだ。


「そう、6歳。まだこんなに小っちゃくて可愛いの。でもね、こっちは幽霊に触れることはできないし、もちろんやっつけることもできない。だけど、幽霊の方はその気になればこちらに危害を加えることができる。どんなに幼くっても、そこは変わらないからね。」


「その子はなにかしたんですか?」


美佳が尋ねた。


「うん。あるとき、彼は大人の話を聞いていて思い付いたみたいなの。みんなも自分と同じように死んでしまえば、一緒に天国へ行って友達になれるんじゃないかってね。で、彼はまず、彼の生前の友達からやっつけていったの。3人、やっつけられたわ。で、生前の友達がみんないなくなったとき、矛先が私に向いたのね。なにしろ、私には彼が見えていたから……、私だけは以前から彼と遊んでたりしてたの。だから私も天国での友達候補として目を付けられちゃったのね。」


 喫茶店という場所柄、殺されたといった不穏な表現を避けて治子は話した。


「ええ? でも、ハルさんと遊んでたってことは、元々ハルさんはその子と友達だったんじゃないですか! ハルさんだけじゃダメだったんですか?」


 美佳の疑問を受け、治子は重信のことを考えた。よく考えてみると、彼がなぜ3人の殺害に及んだのか……、その動機が友達云々というのはあくまで彼女の推測であり、彼から直接話を聞いたわけではなかったのだ。あれ? これが世に言う話を盛るってヤツか? と彼女は混乱したものの、3人の殺害後、予想どおり自分のところに現われた事実を鑑みれば、自分の推測は間違っていないはずだ。そう思い直して、彼女は話を続けることにした。


「そうね、私は彼に冷たかったから、不満だったんだろうね。」


「冷たい?」


「だって、彼はほかの人には見えないから、彼と遊んでるとまるで私1人で馬鹿みたいに遊んでるように周りには見えるわけ。そうすると、今度は私の頭がおかしいんじゃないかと疑われることになるでしょ? だから、当時の私はできるだけ彼と遊ばないし話もしないようにしてたの。ま、それでも周りに人がいないときだけは遊んだりもしてたんだけど、やっぱりいないと思っていてもどこかに人の目ってあってさ、結局、親に疑われちゃったし。」


「ああ。」


「で、最後、彼は私をやっつけようとしてきたから、やむなく返り討ちにしたの。」


「返り討ちって……。」


「やっつけたの。」


「ふわぁ、で、彼は成仏できたんですか?」


「知らない。そこまでは私も分からないからね。でも、彼には成仏していてほしいと思ってる。」


 自分で殺しておいて……と、治子自身、思わないでもなかったが、実際、彼を救うとなるといまの彼女でもどうすればいいのか分からないのだ。当時と違い、いまの彼女ならそこらにいる幽霊に声を掛けて、重信に友達を紹介することくらいはできるかもしれない。だが、つるませてはならない。幽霊も所詮は元人間。つるませると碌なことにならないことも、いまの治子は知っている。


 彼女は徒党を組んだ人たちのことを人間だとは認識していなかった。徒党を組むとできることが増えるし、それに伴って気も大きくなる。強い者が頭になり、弱い者は手足になる。優しさや弱さは徒党の隅に追いやられ、強い者の理屈で徒党は動く。あいつらは幽霊ってわけじゃないけど、化物って点では同じだ、と彼女は思っていた。


 修だって、琢磨とつるんでなければ観音像を盗むこともなく、死ぬこともなかった。


 ましてや幽霊……徒党を組んで気が大きくなったときになにを仕出かすか分かったものじゃない。


 だから結局、いまの治子でも重信の希望を叶えることはできないのだ。


 言い訳?


 言い訳じゃない。言い訳なら、殺されそうになったから殺した……と考えた時点で、もう済んでるじゃないか。それでも、やっぱりときどき考えさせられてしまうのは、幽霊を1人殺したという罪悪感が彼女の心にあったからだ。


「でも、除霊したのがその子だけって、意外と幽霊っていないものなんですか?」


 また美佳が疑問を口にする。隣に座っているtamaはといえば、いまは世間話に興じる気分ではなくなっており、ただじっと、テーブルに置かれたカップの方に視線を落としていた。


「いや、いるよ。でも、いつも出てきてるわけじゃないし、悪さをするでもないから、私からは一々関わらないようにしてるだけ。」


「なるほど。」


「だけど……。」


 言い掛けて、治子はティーカップを口に運んだ。


「だけど、いま問題になっている幽霊に関しては、柄じゃないけど殺してやろうと思ってる。だから、次の自殺予告者に接触するつもりはないの。」


 その言葉に美佳がキョトンとしたから、


「美佳をあのCRでの最後の自殺予告者にするから。」


 と続けて、治子は挑戦的な視線を美佳に向けた。

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