6
悪寒に身を震わせたサラは不意に眠りから醒めた。
ごわごわとしたベッドのシーツの肌触りと無機質な臭いが不快で ―― 普段は滑らかな絹のシーツにまろやかな花の香を焚き染められその中で眠るものだから、今の状態はとても不衛生な気がして、よく眠れなかった。
ゆっくりと上半身を起こす。さらりと腰下まである長い金髪がシーツの上を滑った。眠ってどれほどの刻が経ったのだろう、と何ら装飾の施されてない四角い窓枠に挟まれた硝子の向こうを見遣る。薄いカーテンから透けて見えるのは、まだ多数の星が薄い闇の中に浮かぶ空だった。夜明けまであと少しだろう。
サラは、じっと見詰めて、やがて来る太陽の白い光が己の目を細めさせるときを待った。
長い、一日だった。やっと一息吐けたような気がする。あの忌まわしい夜から、やっと朝焼けの光を浴びたような清清しさを、サラはその身に感じていた。
改めて見渡してみると、彼女からすればあまりにも質素で、矮小で、惨めすら感じるところだ。大人一人寝れる程度のベッドに、テーブルに椅子が二つと棚が一つ。あとは窓が二つだけ。宿として一般的に並レベルだが、皇族の一員として蝶よ花よと育てられたサラにとってこの状況はまるで囚人にでもなったかのような気分に陥りざるを得なかった。
温かい真綿に包まれた揺り籠。
サラが生まれてからずっと、今まで彼女をとりめく世界というと、その表現がぴったりだった。目に映る世界は全て鮮やかな色彩で埋め尽くされ、眩く白い光がそれらを照らし輝かせ、頬を撫でる風は優しく暖かい。世界はいつだって美しく、暖かく、優しい光で満ちている。危険、恐怖などという言葉の意味を理解できず、ずっとこの世界で生きていくのだと信じていた ―― というより、それ以外、知らなかったのだけれど。
その世界に突如現れたヒユウはそこからサラを否応無しに連れ出し、彼女に色々な感情を与えてくれた。嫉妬、という醜い感情も、ただ一人以外いらないと狂おしく欲する感情も、その為ならばどんな危ない目に遭っても構わないという激しい覚悟も。恐ろしいことにそれらの殆どは、自身で抑え切れぬものなのだと、初めて知ったのだ。
以前の自分ならば、父の反対を押し切って、憂える姉に無理を言って、こんな危険な旅に同行するなどという無謀なことは出来なかっただろう。
自分でも驚くほどの変化。けれど、これ以上の変化はいらない。
願わくば、元に戻りたい。
あの優しい光に満ちた世界へ。
ヒユウ様と一緒に、帰りたいのだ……――
「セリネス……いる?」
「はい、ここに」
疑問形だったが、返事が返ってくることも、その返事の内容も、サラは知っていた。何故なら、今までサラが問いかけて彼女から返事が返ってこなかったことは無かったからだ。
ベッドの傍にはセリネスと呼ばれた、まだ年端もいかぬ少女が影に潜むようにして、控えている。今回の旅に唯一同行した、サラ付きの侍女。ただ彼女は単なる侍女ではなく、幼い頃からサラの身辺警護の役目も任されているほどの手練であった。
「気持ちが悪くて、あまり眠れなかったの……、湯浴みしたいわ」
ひとまず、サラはこの不快な気分を流してしまいたいと侍女に訴えた。けれど、いつもならば黙ったまま唯々諾々と従う彼女は、「畏れながら、姫様……」と躊躇いがちに口を動かす。そこでようやく、サラは振り返って彼女を見下ろした。短く切りそろえられた緑色の髪が頭を垂れた彼女の顔にかかって、表情は見えない。
「……なあに?」と彼女のその先の言葉を促す。
「夜明け前に出発予定と伺っております……。お湯をお持ちしますから、それでご辛抱くださいませ」
「……そう……」
どうやら、湯に浸した布で身体を拭く程度の時間しか無いようだ。サラはがっかりとした気分を隠せず、けれどふと脳裏にヒユウの顔が過ぎってしまい、それ以上の我が侭は飲み込むしかないまま、退出する侍女の後ろ姿を追った。
ほどなくして、湯の入った器を抱えて戻ってきたセリネスが、戻ってきた。生粋の皇族の姫君として育ったサラは、その身の世話の全てを侍女に任せていた。彼女は今まで自分で己の身体を拭うことすらしたことがなく、また、それが当然として育てられたのだ。恥らうこともなく、するりと寝間着を脱いで肢体をセリネスに晒し、セリネスもまた当然のように彼女の白く陶磁器のような肌を湯につけた布で優しく拭ってやった。
ぴちゃり、と布から雫が滴り、湯の水面に落ちる音だけが、暫し部屋を支配する。
「……セリネス……」
「何でしょう、姫様」
「ごめんね……わたくしの我が侭で、貴方まで危険な旅に連れてきてしまって……」
サラのぽつりとした呟きに、彼女の背中を拭っていたセリネスは驚きの表情をその面に貼り付けたまま顔を上げた。華奢な肩を落とし、殊勝な言葉を口にするその少女は、元々の頼りなげな風情も相俟って、ますます儚い印象を他者に与える。
「いえ、そのようなこと、姫様が気になさる必要は御座いません。姫様のお傍にいることが私の役目であり、喜びでもあるのですから」
それはセリネスの決まり文句であり、予想通りの反応に思わずサラは微笑を零す。
「ありがとう……、ね、セリネスはヒユウ様のこと、あまり好きではないでしょう?」
「……そのようなことは」
生真面目な侍女の態度に珍しく悪戯心を刺激されたサラが、少し意地悪い質問を投げかけてみると、やはり彼女は困ったように言葉を詰まらせていた。
ヒユウとサラが婚約してから、彼が屋敷を来訪するたびに狂喜する他の侍女達と違って、セリネスだけは良い顔をしていないのを、付き合いの長いサラだけは知っていた。サラが満面の笑みでもってヒユウのことを褒め称えるたびに同意する彼女が、本当は内心で表情を歪めていたことも知っていた。
セリネスは、ヒユウを警戒している。婚約にも反対していることも知っていた。けれど、サラは今まで何故かと問いかけることもなく、当然のことながら、彼女から理由を口にすることもなく、また知る必要もないと思っていた。けれども、これほど状況が変わってしまった今、彼女の理由を聞いてみたい気持ちが、初めてサラに生まれたのだ。
「いいのよ……今更、わたくしに隠し事はなしよ」
ね、小さい頃から、一緒じゃない、と付け加えたあと、ふふっと悪戯っぽく笑うサラに、セリネスは苦笑し、取り繕うのをやめて、言った。
「……畏れながら、姫様。あの方は、姫様には相応しくありません、と私は思います」
「……どうして……?」
心底、不思議そうな目で問い返すサラに、セリネスは僅かに表情を歪ませ、それを悟られないように、彼女の視線から逃れるように俯いた。
「……姫様は、あの方をまるで物語の中の騎士のように慕っておりますが……、確かに、見かけや立ち振る舞いだけとって見ればその通りでしょう……けれど、そんな、生易しいものではありません。幾重の冷たい氷の壁の奥に、燃え滾る業火が……私には見えるのです。あれは……多くの者を灼き、この地を灼き、混乱と血を呼ぶでしょう……そして、その炎は彼自身の罪を暴き晒し、灼き尽くし……あとはただ灰塵だけがこの地を覆うのです……」
よく、かの黒騎士を氷の刃のようだと、まるで波紋一つ無い湖面のようだと評する人間がいるが、それはあくまで彼のあの彫像のような精巧な美貌と雪を思わせる銀髪が齎す表面的なものだ。セリネスは、その奥にとても恐ろしく激しい何かを孕んでいるのを感じていた。
初めて彼を見たとき、恐ろしい、と思った ―― そして、それは今でも続いている。
「……それは、予言かしら。それとも預言、かしら……?」
サラの言葉に、セリネスははっと我に返ったように瞠目し、慌てて手を口元にやった。見上げると、主である少女は真っ直ぐに自分を射抜いていた。覆うもの一つない肢体を隠すこともない少女が無表情なのは、怒りを抑えているせいだろうか。夜明け間もない薄闇の中、窓を背に、肢体の輪郭だけがぼんやりとした採光に縁取られて、淡い光を放っている。一本一本が自ら光を放っているような眩い金糸の髪に、染み一つない、穢れを何一つ知らぬ無垢な肌。至高の宝石のような煌めきを秘めた碧の双眸。まるで一つの絵画のような神々しさと同時に、年齢にそぐわぬ妙な色香を感じて、気まずさを覚えたセリネスは視線を逸らした。
「そういえば、あなたの祖母は、結構有名な占者だったのよね……」
「い、いえ……そんな大層なものではありません……。姫様の厚意に甘えて、姫様の大切な方の名誉を傷つけるような真似を……どうか、お許しを……」
セリネスは頭を下げて、サラの許しを請うた。言うつもりのなかった己の心の内をつらつらと晒してしまったばつの悪さと主人の繊細な心を傷つけた後悔だけが、込みあがる。そうして謝罪の言葉を何度か繰り返していると、頭上で小さな溜息が一つ、落ちた。
「いいわ、特別に許してあげる……でも、それ以上言ったら、たとえセリネスでも許さなくてよ?」
「は、有難う御座います」
ますます、平伏す侍女を無表情に見下ろしながら、サラは囁くように続けた。まるで軽やかに歌を歌うような口調だった。
「それに、ねえ、セリネス……。わたくし、ヒユウ様になら、灼かれてもいいのよ……。セリネスの言うとおり、わたくしも……ヒユウ様は氷というより、炎という言葉が、相応しいと思うもの。だって、ヒユウ様を思うだけで、こんなにも胸が、身体が熱くなるわ……。ヒユウ様が手に入るなら、どうなってもいいの……。だから、ね、セリネスも協力してくれるわよね……?」
「……姫様がお望みとあらば」
ケイトに呼ばれ、サラとセリネスが宿の外へ出たときには、既に出発の準備は整えられており、あとはケツジーに乗るだけという状態であった。支部の最高責任者であるマートレック将軍と挨拶を済ましたヒユウは、そのままサラの手をとって、ケツジーの上へと導こうとした。けれど、いつもならば、頬を染めて嬉しそうに真っ直ぐヒユウを見詰める少女の姿はなく、僅かに避けるような素振りすらあった。いち早くそれに気付いたのはケイトであり、怪訝に思ったが、わざわざ聞くほどでもないので、ただ首を傾げたのみである。
ヒユウから視線を逸らしたまま、気まずそうにサラは彼の膝上におずおずと収まった。ヒユウはというと、少女の反応にとくに不思議に思うこともなく、手綱を取り、ケツジーに飛行を促す。途端にぐん、と襲い来る強い浮遊感にサラは小さな悲鳴を上げて、ヒユウに取り縋った。すぐにはっとして距離を取ろうとするが、途端に視界に映る眼窩の光景――遠すぎる大地に驚愕したサラは再度ヒユウの胸に顔を埋めることとなった。
ヒユウに続き、クラーヴァ、ケイト、レヴァインとセリネスがケツジーに飛行を促し、一気に上昇した。
「……はて、サラは恥ずかしがっているのだろうかねぇ……?」
恥ずかしがっている、というより、ヒユウに近づくのをとことん避けているような。昨日は、あれほどにヒユウの傍にいられて嬉しそうにしていた彼女だというのに。
あの態度は、彼から見ても不思議なようだった。ケイトと同じく、サラのヒユウを避けるような素振りに不審を抱いたレヴァインは独りごちるように言った。
その疑問に答えたのは、昨日と同様に彼の前に座るサラ付きの侍女、セリネスだった。
「……畏れながら、殿下」
「うん?」
「姫様は、満足な湯浴みが出来ず……その……宿のベッドも姫様の繊細なお心には我慢ができぬものであり……」
はっきりと口に出来ず言い淀む侍女だったが、レヴァインはその数少ない言葉からあらかたの事情は察し、「成る程ねぇ……」と軽い笑いを口の端にのせた。
「ふふ、……まあ、いつだって想い人の前では、一番美しい自分でありたいものだからねぇ、こんな旅の最中、満足に湯浴みも出来ない自分に、近寄って欲しくないという複雑な乙女心……というところかな? 恋する乙女も、大変だねぇ……」
くすくす、とレヴァインの朗らかな微笑が、暫し青い空を漂った。
―― 怖い。ただひたすら、恐ろしい。
サラは泣きたくなる衝動を、唇を噛み締めることで必死に堪えていた。
生まれて初めての空の旅は、いくらヒユウが傍にいたとて楽しさよりも恐怖が勝ってしまったらしく、少女はずっと彼の胸に顔を埋めて震えるばかりだった。想像上での空の旅、はもっと楽しいものだった。けれど現実は、突き抜ける風は吹き飛ばされそうなほど強く、そして鋭く冷たい。急いでるせいで飛行速度もかなりのものだからだろう。
ヒユウやクラーヴァが話しているのをちらりと耳にしたが、どうやら魔物の中には飛行するものも多数いるらしい。こんな状況で、戦闘になったら……と想像するだけで、昨日のあの恐ろしい惨状を思い出して、がちがちと歯が鳴った。もうこの頃には、湯浴みが満足に出来ずに、己の髪の艶や顔色が冴えないからヒユウに見られたくない、という複雑な乙女心はどこかに吹き飛ばされてしまったようだ。
しかし、幸運にもそれは杞憂に終わり、魔物と遭遇することなく一日目の空の旅を終えた。ヒユウ達はサラの体力に配慮して途中何度か休憩を挟みつつ、日暮れまで飛行した。日が落ちて間もなく、街と街を繋ぐ道の途中にある一軒の宿へと目指して降下する。
ケツジーから降ろした途端、サラは膝から崩れ落ちるように倒れ、それをヒユウが片腕で抱きとめた。
「姫様っ!」
ヒユウの傍までセリネスが慌てた様子で駆け寄り、主の顔を心配げに覗き込む。
「極度の緊張と疲労で意識を失っただけだろう」
「……はい」
一瞬ぎくりとしたが、気取られぬようセリネスは平静を装って、その声の主を見遣る。すぐ傍には、感情の読み取れない波紋一つ無い湖面のような青い眼差しを持った、端整な男の貌があった。
元とはいえ婚約者が倒れたというのに、動揺一つなく冷静な、ともすれば冷たく響く言葉を淡々と放つ男に、苛立ちすら感じてしまうが。今はそんなことより、サラの身が心配だ。
少女を抱きかかえたまま、宿の一室に入るヒユウの後を追いながら、セリネスは必死に彼に対する消えない恐怖を心の奥底に押さえ込もうとしていた。
ベッドに少女を寝かせると、ヒユウが何か言う前にセリネスは、「あとは私にお任せください」と、早々に彼の退出を促した。それきり、ヒユウを顧みることなく、サラの伏したベッドの傍の椅子に腰掛ける。彼女からはこれ以上サラの傍に寄るな、と警戒している様子がありありと浮かんでいた。この侍女の過ぎた警戒には以前からヒユウも気付いていたが、別段気に留めることもなかった。ただ単に、主人の身を心の底から心配している忠義の厚い侍女程度としか思っていなかったからだ ―― けれど。
「……お前は、私の何を恐れている」
先程の自分を見る目には隠せないほどの、明確な恐怖があった。その意味を聞いてみたいという些細な好奇が、ヒユウをその場に縫い留まらせる。ただ、この場で問いかけたとて、彼女から応えは返って来ないとも思った ―― が、そのヒユウの予想は珍しく外れることとなる。
「……私には、貴方の中に、紅蓮の業火が巣食っているのが、見える……」
「……」
侍女が告げた理由は、ヒユウにとっては意外で、彼は僅かに目を細めさせた。それを怒り、と捉えたのかセリネスはその身を硬くしながらも、負けるまいかという強い意思で緊張を振り払うかのように、ぎゅっと拳を握った。
「どれほど冷たい氷の壁で覆っても無駄だ、その業火は隠せない。それは、やがて貴方自身をも灼き尽くす、裁きの炎だ。たとえ……たとえ、姫様が望んだとて、やはり私は許せない。姫様を、灼かせはしない……」
これを主人が聞けば、今度こそ本気で怒るだろう。もしかすると、二度と口を聞いて貰えないほどに。けれど、それでもセリネスは、彼女の想いよりも、彼女の身を憂える気持ちの方が強かった。
大切な少女に、目の前の男を近付かせたくない。これ以上、深入りをさせたくないのだ。
その為ならば、男の怒りを身に受けようとも思った。
「……そうか。ならばその通り、大切な主人を近づかせないことだな」
しかし、セリネスの覚悟を察したヒユウは薄く笑うのみで、肯定も否定もしなかった。
サラを休ませた部屋から廊下に出るとすぐ、クラーヴァが腰に手をあてて、ヒユウを待ち構えていた。
「おい、このまま、ケルジャナまで行く気じゃねーだろうな」
もうこれ以上は我慢の限界だ、と彼の眉間に刻まれた深い皺が何より強く物語っていた。ヒユウは内心、短気な彼にしては今までよくもったな、と正直感心していたりする。いつもの彼ならば、まっさきに自分やレヴァインにつっかかったり、サラに対して無神経な発言を繰り返していただろう。影でケイトが制しているおかげもあるだろうが、それでも驚くほどの殊勝な様子だ。
「まさか。ケルジャナに近付けば近付くほどに魔物との遭遇は増える。悠長に足手纏いを乗せている余裕はもう無い。ここで、姫君達には降りて貰う。……そろそろ、限界だろうしな」
「……そんなら、いいけどよ」
ヒユウの答えに一応の満足を見せつつも、やはり彼にとって今までの旅で苛々が溜まっていたのか、不機嫌そうに寄せられた眉間の皺はそのままだった。
「あら、ヒユウ。お姫様をここに置いていくの?」
「魔物の跋扈する砂漠にまで連れていけると思っていたのか?」
ひょいっと話に加わってきたケイトの疑問に疑問で返すと、むっとした彼女は、「じゃあ、ここにお姫様置いて行っちゃうわけね。黙って行くなんて、お姫様、恨むでしょうね」と当てこするような口調で言ってきた。
「ここまで連れて来ただけでも、感謝して貰いたいものだな。元老院と皇族への義理立てとしては充分過ぎるほどだろう。帝都からの迎えも呼んである。そもそも、この旅の本来の目的は、黄昏人の本拠地に辿り着くことだ……それは元老院も同様の筈。よもや、こちらの道を阻む為に監視役を請け負ったわけではあるまい?」
視線を動かし、ヒユウが言葉を投げつけた先には、いつのまにかレヴァインの姿があった。艶のある微笑を携えながら優雅な所作で寄るレヴァインと、射るような冷たい微笑で佇むヒユウ。正反対なヒユウとレヴァインが対峙すると、まるで互いの空気が反発するように鋭い風が吹きすさび、身を凍えさせる。内心はらはらと、ケイトは二人を見守っていた。
「……大層、疑われているようだが、私は純粋に大司教として全てを見定める為についてきただけだよ。サラのことも然り。わざと足手纏いとなって、黄昏人の本拠地に辿り着けないなどという、そのような本末転倒な結末は、いくら元老院としても望んではいない。彼らにとって、確かに君達帝国軍は邪魔に思うときも多いが、けれど黄昏人の存在ほどではないからね」
「では、こちらの指示に従って頂けるか」
「……残念だけれど、仕方ないね。私としても、これ以上の足手纏いとなるのは心苦しい。サラとともにここに留まっていよう」
レヴァインの素直な返答に、ケイトは胸中でほっと安堵の溜息を吐いた。けれど、すぐにその溜息も、続くヒユウの無情な一言によって無駄なものとなるのだったが。
「ケイト、お前もここに残れ」
「! 何ですって!?」
レヴァインやサラ達と同様に足手纏い扱いされたと思い、思わずかっとなったケイトは力一杯叫んだ。しかし、すぐにそれは勘違いだと諭される。
「殿下やサラ姫に護衛もつけずに置いていくわけにはいかぬだろう」
「そ、れは……そうだけれど……」
確かに、賊などに襲われたらひとたまりもない。魔物も危険な存在ではあるが、それ以外にも、この大陸には賊や人買いなどといった危険な存在が数多くいるのだ。そんな中、レヴァインとサラを置いて行くなど、彼らにとってまさに恰好の餌食、狙ってくれ攫ってくれと言っているようなものだ。
レヴァインに「すまないねぇ、宜しく頼むよ」と苦笑しながら言われては、ケイトもそれ以上の反論を唱えることは出来ず、渋々と了承した。
そして一休憩、といえるほどの時間ももたずに、ヒユウとクラーヴァは再びケツジーに跨り、急上昇する。
夜の闇に浮かぶ星々に紛れるように瞬く間に点となる彼らの姿を、セリネスは窓から見上げつつ、内心ではほっと胸を撫で下ろしていた。そしてそのあと、ベッドに眠る少女の寝顔を眺める。彼女が目を覚ましたあと、どうやって宥めようかと考えながら。
レヴァインやサラ達を同乗させていたときとは比べものにならぬほどの速さで、ヒユウ達を乗せたケツジーは空を駆けた。やはり、常に苛烈な戦いの第一線で身体を張っている二人の体力、精神力は尋常ではなく、長時間の高速飛行も大した支障にはならぬようだ。逆にケツジーの方が先に休憩を必要とした程だった。
ケルジャナに近付けば近付くほどに、魔物との遭遇も多くなり、彼らの剣を振るう回数も多くなってきた。
「ギルベルト達は、ケルジャナまでは辿り着いたようだな……するってーと、やっぱあの砂漠の中を彷徨ってんのか?」
「……上手く、本拠地の中に潜り込めていればいいがな」
ケルジャナ砂漠地帯の手前に位置する小さな街を護衛する軍人からの情報によると、彼ら二人は馬の休憩の為に立ち寄ったらしい。そして、ケルジャナへと向かうのを確認したとのこと。ちょうど、彼らからの定期連絡が途切れた時期と一致する。つまり、彼らが砂漠の中で連絡をとれない状況に陥っているということだ。客観的に考えれば、彼らの生死は限りなく危うい位置にあるといえる。ただ、ヒユウとクラーヴァは彼らがそう容易く散るような、脆いものだとは思っていなかった。
とりあえずここから先、空からの移動は目立つため、ケツジーをこの街に置いてあとは馬で移動することとした。
「そういやぁ、ケルジャナ砂漠では、お前の龍も……いや、そもそも召喚自体が無理だってーのを聞いたが……」
現在、ヒユウの龍は封印されている。ノエルらによる寄生獣が常にヒユウの魔力を一定以上食い続けることによって、喚起を行うこと自体が不可能だというがそれは置いておいて。たとえヒユウの龍が健在であっても、この地では入ったが最後、召喚獣を出現させる喚起は、何かに阻まれて出来ないというのだ。
人間にとって凶悪な魔物に対抗する一番の術が、召喚魔法なのである。それが無効化され、しかも馬の足がとられる砂地という、機動力を奪われたこの環境の中では、人間は狼の群れの中に放り投げられた羊のようなものであった。
「そうだ。何か結界のような気配を感じる……おそらく、それのせいだろう」
「結界、ねぇ……」
いまいち、はっきりとしない理由にクラーヴァは眉を顰めた。
「さて……そろそろ、お出ましか」
砂漠に足を踏み入れて半刻ほど。腹の底まで響く地鳴りが遠くから響き、それをいち早く察したクラーヴァはまるで待ってましたと言わんばかりに、舌で乾いた上唇を舐めた。
黄金の砂の平原、遠くにうっすらと山が並び立ち、視界の半分から上は透き通るほどの青空が広がっている ―― 平和なその光景を砕くように、大地は小刻みに揺れ、砂中を蠢く何かが大きな地鳴りを連れてヒユウ達を目指してやってくる。地響が不意に止んで、目の前で砂が盛り上がり大きな山となった瞬間、卵の殻を破って孵る雛のように、それは姿を現した。
「……これが三年前、帝国軍の先発隊をことごとく薙ぎ払った、悪名高きゲーボルングルか。牛の頭に、蛇の腹に鷹の翼と四足と爪を持つっていう……噂通り、でけぇな」
砂塵とともに目の前に現れ、ゆらりと立ち上がった魔物は、クラーヴァの三倍以上の巨体さを持ち、そこから感じる威圧感は好戦的な彼にすら悪寒を抱かせるほど重いものであった。
かの魔物は三年前の帝国軍との戦いで、殺戮と破壊を繰り返し、多くの亡骸の山を幾つも築いた存在だった。一瞬で人々の恐怖の対象となった彼らは、打撃を加えれば加えるほどに狂戦士化して、手がつけられぬほど狂気じみた破壊力を無尽蔵に振るうという。巨大な拳の一撃で、人体は粉々に砕かれ、どれほどの癒しの術をもってしても修復不可能となってしまう。並の召喚獣では攻撃は通じず、ましてや人間による剣や槍、弓といった通常攻撃などではかすり傷一つ加えることも難しい。多くの犠牲を払い、最終的にヒユウの龍によってようやく屠られたという、それほどの手強い存在。魔物の中でも、とくに危険視されている存在。まさか、砂漠に入って最初にでくわすとはクラーヴァも予想していなかった。
緊迫感が彼の身体を満ちてゆく。しかし、それに比例するように、強い存在を前にした悦びが身体中を駆け巡っていくのだった。
「咆哮に気をつけろ。気を張ってないと、鼓膜をやられる」
呑気に巨大な魔物を見上げるクラーヴァを呆れたように見遣りながら、横からヒユウが一言添えた。
「おい、なんか、弱点とかはねーのかよ?」
「無い。あえてあげるとすれば、龍の吐く炎か」
「……参考にならねー意見どうも」
言いながら、クラーヴァとヒユウは素早く剣を携え、ゲーボルングルの一撃目を左右に分かれて跳んで避けた。巨大な体躯からは考えられぬほどの俊敏な動作、大抵の人間はこの一撃によって粉砕されてしまうだろう。二人が避けたために思いっきり強く拳を叩き込まれた大地は大きな砂埃を立てた。それに紛れ、踵で地面を蹴って魔物の左右両側に回り込んだ二人は、同時にそれぞれの足を狙って強烈な一撃を叩き込んだ。だがゲーボルングルの表皮は鉄のごとき頑強さであり、うっすらとひびのような線が入ったのみだ。ただ、衝撃は伝わったのか魔物は突然天を仰ぎ、苦痛を訴えるような激しい咆哮を上げ始める。
「やっかましー雄叫びだぜ!」
びりびりとした威圧感を全身に受け、聴覚を破壊されそうな咆哮に意識をもっていかれないように、クラーヴァはひらりと後ろに跳んで後退した。片手で耳を抑えながら、舌打ちする彼に向かって、魔物を挟んで反対側にいるヒユウが叫ぶ。
「クラーヴァ! 足元だ!」
「!? くそ……!」
足元の地面から、植物の蔓が何本もクラーヴァの身体を絡め取るようにして巻きついてきたのを、彼は大振りの剣で薙ぎ払った。そのまま、真下に向かって剣を思い切り突立てると、何かが膜のようなものが破ける音がくぐもって聞こえる。クラーヴァが地面から剣を抜くと、その先に絡み付いていたのは、どろりとした液体を滴らせ、無数にある棘を鈍く光らせた巨大な花びらであった。
「おいおい、あの魔物は、食人花ともつるんでんのかよ」
地面からクラーヴァを襲ったのは巨大な食人花の一種。このケルジャナ砂漠を苗床とする彼らはこの地に侵入し彷徨う人間達を餌にしているのだろう。想像するだけで暗澹となる思考も束の間、新たな食人花がクラーヴァのすぐ背後に顔を出して襲い掛かってくる。舌打ちしてそれを薙ぎ払いながらヒユウの様子を窺うと、彼の周りにも多数の食人花が出現し、一斉に無数の蔓を放つところだった。それらを素早く一閃して断ち切るヒユウ。
召喚を行えない彼は現在、武器となるのは剣のみである。ということはつまり、彼自身の純粋な力、ということだ。クラーヴァは駆け出して、叫んだ。
「おい、ヒユウ! 勝負だ!」
「?」
「ゲーボルングルを先に倒した奴が勝ちだ! いいな!」
ヒユウは面食らった。こんな状況だというのに、まるで少年のように勝負を挑んでくるクラーヴァという男には、もはや言葉も出ない。半ば呆れながら、食人花の群れに囲まれていたヒユウは正面に向かって闘気を込めた剣を振り下ろす。鋭く射る矢のような剣圧が食人花を斬り刻み、撒き散らした。その間にクラーヴァが一足先に攻撃をしかけたが、その寸前に凄まじい咆哮が空気を震わし、轟音とともに、足元に雷が落ちた。
「なっ!?」
焦げた臭いが熱気とともに立ち昇る。いつのまにか黒雲が頭上にたちこめていた。雷撃までも操るのかと驚愕する間もなく、二撃目が繰り出され、クラーヴァは彼の持つ動物的勘のみでそれを避けきった。
「そのまま、ひきつけろ」
「あっ、おいっ! ヒユウてめぇっ、ずりぃぞ!!」
クラーヴァの訴えを無視して、一瞬で間合いを詰めて魔物の懐へと低く入ったヒユウはそのまま、剣柄で急所である脛に思い切り打撃を叩き込み、即座に魔物の拳がヒユウに向かって振り上げられるが身体を反転させ背後に回りこんだ為にそれは空を切った。そして同じく急所の一つである膝裏へと連撃を繰り出す。鉄のごとき表皮は斬撃を容易には通さないが、打撃による衝撃は内部へと届くのだ。僅かにぐらついたゲーボルングルだが、咆哮を上げて雷撃を呼ぶ。それは魔物に向かって駆けたクラーヴァに向かって放たれた一撃だった。しかし、それは高く投げられた大振りの剣に吸い寄せられて、空中で激しい光が弾けて消えてしまった。
クラーヴァが己の剣を高く放り投げ、代わりに雷を受けて貰ったのである。
「肉弾戦なら任せろっ!」
武器も持たずにクラーヴァは豪速で間合いを詰め、鳩尾と思わしき蛇の腹に掌底を叩き込み、内臓を揺らす。次いで回し蹴りで首を狙うが、それは怒りに琥珀の双眸を爛々と輝かせた魔物に足首を掴まれ持ち上げることによって阻まれた。身体を持ち上げられながらも逆にその反動を利用して、クラーヴァはもう一方の足で顎を蹴り上げる。魔物の身体が揺れるが、ますます激昂して足首を持つ手の力を強めた。
「ぐ……がぁあっ!!」
途端に走った激痛にクラーヴァが叫ぶ。そのままもう片方の手で握り潰そうとするが、その隙を縫っていつのまにかヒユウが魔物の肩へ乗り、長剣を魔物の顔、その琥珀の目に向かって振り下ろそうとしていた。それを察した魔物がクラーヴァを放り投げ、素早くヒユウの両腕を掴んで、剣先は魔物の右目にぎりぎり触れるか触れないかの距離で押し留められた。憤怒に凝り固まった狂気の咆哮を上げながら、ヒユウの腕を握り締める。みしみしと骨の軋む音が鳴り出し、腕が砕かれそうな激痛と、凄まじい咆哮にヒユウの意識は白く霞み出した。このままだと腕は粉々に破壊され、なす術も無く、命の光は踏み躙られるだろう。
ふと、ヒユウの唇が動く。
―― 俺の目を、見ろ。
読唇した――というより、させられた魔物の動きが一瞬止まり、見る見るうちに、その双眸から憤怒、狂気の色が薄まると、代わりに違う色に染まり始めた。
「お前と同じ琥珀の色、しかしお前達とこれは違う。この意味が、わかるな」
数瞬のうちにヒユウの双眸に浮かんだ色は消えたが、魔物の畏怖は消えなかった。腕を拘束する力が緩み、ヒユウの長剣が魔物の目を貫き、真っ赤な血で染められる。途端に魔物は先ほどよりももっと強い怒号を上げて、激痛にもんどり打って暴れ出した。
激痛の元凶であるヒユウを殺そうと、滅茶苦茶に両腕を振り回す。後ろに跳びすさって避難しようとしたが、魔物の動作の方が速く、ヒユウは魔物に掌を強く叩き込まれ、そのまま吹き飛ばされた。
「ぐっ!」
「ヒユウ!」
クラーヴァが起き上がったとき、魔物は激痛の呻き声を上げながら、大地に身を叩きつけられたヒユウめがけて、拳を振り上げたところだった。寸でのところで、後転することでそれをかわす。魔物は失った右目を片手で覆いながら、その激痛から逃れるようにところかまわず暴れ、砂漠に大穴を幾つもあけ、この場からも逃れようとしていたそのときに、微かな悲鳴が響いた。
「ヒユウ様ぁ……っ!!」
思いも寄らぬ声に、ヒユウは目を大きく見開いて振り返った。ぎくりと、まるで冷たい氷の刃の腹が触れたような悪寒が身を包む。
一人の少女が長く美しい金色の髪を振り乱し、今にも泣き出しそうな表情で、視界に飛び込んできた。
「フィリア……!?」
刹那、少女の姿と記憶が重なった。
『何故、ついてきた! ここは戦場だ、すぐに帰れ!』
『ご、ごめんなさい、ヒユウさま、で、でも私……』
先発隊が全滅という憂慮に遭い、魔物の大群の侵攻をウッドシティルのすぐ傍まで許すという、状況としては史上最悪な時だった。むせ返るほど強い血臭 ―― 味方である帝国軍の騎士と敵である魔物のものが混じっており、それだけで、ここでどれほどの混戦状態であったかを悟らせる。一軍の将として赴いた青年はその戦場の痕を眺めて、その端整な顔を歪ませていた。それまで一般的に知能が無いとされていた魔物が、この戦いでは指揮系統に従ったような集団戦法を巧みに用い、帝国軍を撹乱した。そのことも騎士達に大きな動揺を与えていたのだ。現在は一時撤退し、次の総攻撃の時をひっそりと待っているのだろう。状況は依然として、最悪だった。そして、ヒユウをもっと最悪な気分に落としたのは、思いも寄らぬ存在がこの戦場の最中にあったことであった。
思いも寄らぬ来訪者 ―― 少女は、泣いていた。青年に怒られたことなど無かったからだろう。しゃくり上げ、けれどこちらがいくら帰れ、と強い物言いで告げても、頑なに首を横に振って譲らなかった。嗚咽を漏らしながら、たどたどしく、少女は己の心の内に巣食う不安を切々と訴えた。
心配なのだと。嫌な予感がして堪らないのだと。青年の身に何かが起こると不安で心配で恐ろしい少女は、だから堪らず来てしまったのだという――
「え、……きゃああぁ……っ!?」
記憶の渦に巻き込まれたヒユウを引き戻したのは、記憶の中の少女とどこか面影の似ている少女の悲鳴だった。はっと目を見開くと、こちらに向かって駆けてきたサラの身体を囲み、そのまま丸ごと飲み込むかのように、足元から巨大な食人花が出現した。雪崩のような大きな砂の流れ落ちる音と同時に、四方に開いた花が少女を包み込もうとする。その花には無数の棘があり、その先から分泌される液は人間の肉すら溶かしてしまうという。蔓に足首をとられ、既に身動きすらできなくなっていた少女は恐怖に引きつった顔のまま、音にならぬ叫び声を上げた。
「ち……っ!」
ヒユウは舌打ちをついて、素早く長剣を振り下ろし、サラの身を包んだ食人花を切り裂いた。肉厚な花びらが左右にぱっくりと開き、そこから大量の液とおぞましい苦悶の咆哮が流れ出る。その中にヒユウは左腕を突っ込み、埋もれていたサラの身体を探し当て一気に引きずり出した。少女の身体に巻きつく蔓を剣で切り裂きながら、無事であるか確認する。人間の肉を溶かす液を浴びたが、数秒だったのが幸いしたのだろう。小さなかすり傷程度で、少女の命に別状はなかった。
だが、その安堵も束の間、
「おい、ヒユウ、やべぇ逃げろ!!」
クラーヴァの焦りの声に振り向くと、巨大な、とてつもなく巨大で黒い物体がヒユウに向かって覆いかぶさろうとしていた。
戦いの最中、一瞬の油断が命の危険を招く。それを誰より理解している筈の自分が、何たるざまだ。すぐさま、この存在から逃げることは不可能だと悟ったヒユウは、己の外套で気を失っているサラの身体を包みこみ、そのまま己の胸に掻き抱いて、覆いかぶさる黒い影から守った。
不覚にも、途中で意識が途切れ、視界は暗転した。
暗闇の世界の中で、小さな悲鳴が響いた。
か細い、今にも途切れそうな蝋燭の灯火のような叫び。そこに秘められた切なる、願い。絶望の深淵で追い求める希望。
ああ、これは記憶だ。そこで漸く自分は意識を失ってしまったのだと気付いた。これが、始まりの声だったと気付いたのは、いつの頃だっただろうか。
『そうか、……君には、あの声が聞こえたのか。……では、一つ賭けをしようか』
それを聞いた青年は薄く笑った。
―― 守れ、だと。この俺に、か。
あれが何かわかっていてそれでも尚、そう仰るのか。
『……あれは、君と同じ抗う者だ。全ての種だ。多くの力や運命が交錯し、多くの者を交わらせる触媒。水面に投げ入れられ、波紋を立たせる小石だ。その波紋は、やがて君にも届くだろう……』
そして。
だからこそ、あの声は届いたのだと彼は言った。




