6
真っ白な色。鼻孔をつく消毒液のにおい。
軍の医療施設全体がその二つの要素で彩られていた。
その中の一室の椅子の上に下ろされたフィリアは、ばれないようにこっそりと溜息を吐く。極度の緊張からようやく解放されたときの、安堵の溜息だ。けれど、先ほどから積まれた大きな石はそのままで、がっくりと肩は落ちている。
また、何か言われるのかなぁ……。
じくじくと痛み出した膝を眺めながら、そんなことが思い浮かぶ。
いや、言われるだけで済む筈がない。城に着いてから、出来るだけこそこそと目立たぬよう振舞ったが、そんな努力もヒユウという人間の前では無用の長物だろう。彼ほど、何もしていなくても目立つ存在はいないんじゃないだろうかなんて思う。この豪華絢爛皇族貴族揃い踏みの皇宮でも、存在感が抜きん出ている。彼が現れるだけで、どれだけ混沌とした無秩序な空間であっても、ぴしりと引き締まってしまうのだ。それは大きな指揮権を有する将軍という立場にいるからかもしれない。畏怖さえ抱いてしまうような威圧感もあって、正面から向き合うのは勇気がいったりする。フィリアの場合それだけでないが。
ともかく、そんな人物の傍にいればこちらも目立ってしまうのは必然として、その上、膝を怪我したせいで担がれながら運ばれてしまったのだから。
いくら兵士ばかりの軍部施設だとて、どこで誰が見てるかわからない。皇宮のすぐ隣にあるし、皇宮の女官の耳は、地獄耳だ。怖いくらいに聡いのだ。
だから、歩けるので降ろしてと懇願しても、さっくりと無視されてしまい、結局医務室までされるがままになっていた。
「今までの検出結果から、あの魔物の毒は遅効性で、大したことはないとわかっているが……。後で手足に多少の痺れを感じるかもしれん、これを飲んでおけ」
手当てを年寄りの軍医に任せ、奥の部屋に入ってしまったヒユウが再び戻ったときには、その手には何か温かい液体の入った器があった。微かに湯気が立ち昇っている。思わず顔をしかめてしまうほどのなんとも言えない香りによって、それが苦い薬湯の類であることがわかった。
「これを……飲む、のですか……?」
「そうだ」
言外に、これはちょっと遠慮したい……という思いを含ませてみたのだが、容赦ない切り返しに、フィリアはその薬湯を受け取るしかなかった。透明な液体で、単なる湯に見えるのだがそれは見かけだけで、手がふさがっていなければ即座に鼻をつまんでいただろう。
「で、でも、私、痺れとか全然感じていませんし……」
「遅効性だと言っただろう。それに大したことはないとは言え、体内に毒が長く残るのは危険だ。匂いほど味はまずくない、我慢して飲め。……それとも私が無理やり飲ませてやろうか」
「えっ! あっ、の、の飲みます、自分で!」
真顔のヒユウと言葉に驚いて、フィリアはぐいっと薬湯を飲み込んだ。勢いよく口の中に流し込んだので、危うく気管支に薬湯が入りそうになって、げほげほと咳き込んでしまう。結構な量があった器の中身はほぼ空になっていた。
「ああ、大分飲んだな……良い子だ」
いまだ舌にこびりつく苦い味に眉根を寄せる少女から取り上げた器を見て、ヒユウは満足そうに目を細めた。いつもの厳しい表情じゃなくて、柔らかい微笑。と、言えるほどかもしれない。貴重であろうその表情を、綺麗な蒼の双眸を、驚き半分でフィリアは食い入るように見詰めてしまった。
―― あ……。
何かが、頭の中を過ぎった。
小さな教会。
薔薇が咲き誇る庭園、その周りに巡らされた黒い柵。それに霧がかったような風景が脳裏にうつった。でも、それはフィリアの知っている赤いレンガの街ではなくて、全く違う場所だった。見たことのない場所。確かに知らない筈なのに、とても懐かしい。
ただ変わらないのは、ハデス司祭の穏やかな微笑みだけで。
「……ハデス様は……今も、ご無事なんですよね……?」
酷く懐かしい思いと同時にどうしようもなく切なくなって、口をついて出たのは改めて確認するような言葉だった。
ずるい。こんな、否定の言葉を拒否するような聞き方は。
けれどもう、自分の言葉だけでは立っていられなかった。誰かの言葉に頼らないと、縋らないと、崩れ落ちてしまいそうで。
ヒユウの言葉が欲しかった。もう一度、彼から大丈夫だと言って欲しかった。ヒユウなら信じれる。彼の言葉は力強くて、心の奥底まで響く。
まだ、以前の穏やかな生活に戻れるのだと信じていたい。今ではもう、あの平和で優しい日々はもしかしたら、夢だったのではないかと思えて仕方ないけれど。それほど、自身について確かなものをフィリアは持っていなかった。ずっと、ハデス司祭に支えてもらってばかりで。改めて、どれほど依存してきたのかがわかった。
ハデス司祭のいない自分は、朧のように希薄で、常に不安でいっぱいで。迷子の幼子のように、周りの世界に怯えている。それを自分で何とかする術をもっていないことに気付いて、情けないと同時に悔しかった。
もっと、強くならなくては。今すぐ強い人間になるのは無理だろうけど、せめて弱くない程度には。他人の優しさに依存しない程度には。
「ああ、私が必ずハデス司祭をお前の元へ帰す。それは約束しよう」
「っ、はい、ありがとうございます……」
感謝と申し訳ない気持ちが広がって、胸が詰まって思わず顔を伏せた。
大丈夫……、これでもうちょっと、自分は頑張れる。
フィリアはもう、風化させることは諦めた。一度は、育ち始めた芽を摘もうかと、枯らそうかと思ったけれど、でもそれは同時に自分自身をも摘んでしまいそうだと思ったから。自己防衛的なものかもしれない。それほど、いつのまにかこの想いは大きく育っていて、心を潤す水になっていた。
「……ごめんなさい、ヒユウ様……」
「何故、お前が謝る」
怪訝そうに尋ねるヒユウに、フィリアは首を振って、曖昧な微笑みで答えを濁した。ヒユウもそれ以上は、深く訊いてはこなかった。
用心をとって、フィリアは一日休養を言い渡されてしまった。連続しての休養に女官長であるマライアはいい顔をしなかったが、軍医からそう言われては、あえて反対もできないのだろう。ヒユウも何か言い添えたのかもしれないが。
ともかくこんな短期間に、二度も寝台に臥せることになろうとは思いもしなかった。一回目は毒蛇、二回目は魔物に襲われたなど、どちらも死んでもおかしくない状況だったのに命には別状もなくすぐ回復する程度なので、運がいいのか悪いのか悩むところだ。いや、どちらも滅多に被害に遭うものではない。確実に運が悪いと言えるのだろうけれど、フィリアは自分は悪運が強いんだな、とまるで他人事のように軽く済ませることにした。命が無事なだけでも感謝しなければならないだろう。
ぱたぱたと忙しい足音が近づいてくる。フィリアはネイミーだと思って、顔を上げて待った。だが、扉を開けたのは彼女ではなかった。
「メイリンさん……」
フィリアが信じられないという風に、扉の前で息を弾ませている彼女の名前を呼んだ。肩で息をしながら、恐る恐る寝台の方へ近寄ってきたメイリンの顔は、驚くほど真っ青だ。
「毒のことも、聞いたの……。……なんてこと……大丈夫?」
「はい」
何日ぶりだろう、こうして顔を合わせて話すのは。懐かしくて、自然と心は弾んだ。だが、メイリンは今まで見たことがないくらい悲壮な表情だった。少し見ない内になんだかまた痩せてしまったように見える。いつもの生き生きとした明るい表情など微塵にも残っていなくて、フィリアはなんだか嫌な予感を感じられずにいられなかった。
「フィリア……ごめんね……」
俯いて、メイリンはドレスをぎゅっと握りながら、振り絞るように声を出した。
「メイリンさんが謝る必要なんてありませんよ……?」
フィリアが二回も倒れた原因はメイリンとは全く関係ない。なのに、謝り出してしまったメイリンに、フィリアは困ってしまった。もしかして、二人の仲が気まずくなってしまったことを言ってるのだろうか。そうだとしても、メイリンだけに非があるわけでもないし、自分こそ謝ろうと思っていたのだ。きっと後宮では色んなことがあるに違いない、メイリンは自分よりずっと辛い思いをしているのだろう。こんな世界に身ひとつで飛び込んで、無傷なままでいられる筈がない。どうしても不安で心細くなってしまう、望んで来たといっても、やはり元の世界を懐かしんでしまうものなんじゃないだろうか。でもメイリンの場合、もう引き下がることができないから、背後は崖だから進むしかなくて、追い詰められてしまうのではないだろうか。
情緒不安定になってしまったら、自分で自分を制御しきれなくなる。それはフィリアも痛いほどわかった。全部自分の勝手な想像だけど、その全部が間違っているとも思えない。
とりあえず、何か彼女に言おうと口を開くが、メイリンは弱々しく首を横に振った。
「違うの……私、私は……ごめんね……」
「メ、メイリンさん?」
また謝りだしてしまったメイリンにフィリアはわたわたと慌てるしかなかった。メイリンの表情から余裕というものが感じられず、今にも泣き出してしまいそうなのだ。
「ごめん……、私……ごめんなさい……」
「メイリンさん、あ、あの、謝らないでください。どうして……」
いくら問い掛けても、彼女の口から謝罪以外の言葉はでてこなかった。
◇ ◇ ◇
「城下町に魔物が現れたですって!?」
「……しかもあの新入りの女官が襲われたらしいじゃないの」
「でも大した傷ではなかったんでしょ? それよりヒユウ様に助けられたと聞いたのだけれど、本当なの?」
「私もその噂を聞いたわ!」
憤然とした様子で女官達は仕事をする手を止めて、声を荒げていた。
「なんだか……あの娘がこの城に来てから、不穏なことばかり起きているわ」
「きっと、あの娘が穢れを持ちこんだのよ。あの子、平民の孤児だというじゃない……そんな得体の知れない子を城に上げるなんて……」
城内は騒然としている。このように騒ぎが広まる前に緘口令を敷こうとしたのだが、既に手遅れだったのだろう。レヴァインは女官達の雑談を耳にしながら、大神殿へと足を向けた。
奥の大聖堂にはアース卿が先日と同じように祭壇の前に佇んでいる。他にも数人の大司教がいた。その誰もが、帝国で大きな力を有する大貴族、そしてアース卿と同じ老年の者ばかりだった。
「軍縮とは……他国の動きが不穏なときに、軍部でなくとも納得できないと思いますが」
今回の龍託には彼も腑に落ちない点があり、素直にそのことを伝えたが、アース卿の反応は淡白なものだった。
「龍託がそう告げた。誰も逆らえぬ」
「しかし、滅ぼされる危険にわざわざ足をつっこむようなものではありませんか」
「それが神の意志ならば、致し方ない」
他国の侵略の危険性を訴えてみたのだが、大司教の中でも最高の権力を誇るアース卿は振り向きもしない。レヴァインは言葉に詰まった。
「この国は、そういう風にできているのだよ、レヴァイン」
そして、静かに諭すように付け加えられた。
陽の光が大聖堂の薔薇窓に反射して、祭壇の傍にいるレヴァイン達に色とりどりの光を投げかける。鮮やかだが、今のレヴァインの目には痛く感じるだけだった。
「そろそろ、軍部も焦れて動き出す頃合だろう。軍縮の龍託は事実上の宣戦布告ともとれる。どう出るかな」
「……素直に応じはしないだろうよ。とくにハンソン家は我等をいたく嫌っておるからな」
老眼鏡をかけた小太りの老人がどこか痛快そうにちょび髭をさすったが、傍にいた中年の男が淡白な答えを返した。レヴァインも同感だった。その反応に小太りの老人は面白くなさそうに顔を歪める。
「ふん、あの小生意気な若造か。剣に魅入られ貴族の誇りを亡くした、まったくもって不遜な小僧よ」
「動向に細心の注意を払わねばならんのはゼノン・サティス・グローリーとヒユウ・イル・リューシアのみだ。後の人間はどうとでもなる」
「なぁに、確かにヒユウ・イル・リューシアの龍の力は侮れぬが、まだまだ若造よ。げに恐ろしきはゼノンの方だろう。今のところ、大人しくしておるが、わしにとっては不可解なほどに大人しい」
龍の彫像の下で、大司教達がそれぞれの思惑を互いにぶつけていた。
なんてことはない。これが『元老院』議会の実態だ。形式ばったやり方も時にはするが、多くはこのような雑談のような状態でする。ここの来る前に見た女官達のやりとりに既視感のようなものを感じて、レヴァインは思わず苦笑を漏らしそうになった。
「……軍部は、今まで怪しい動きが多かったからな。召喚士に代わる人材、召喚魔法に代わる軍事力の開発に躍起になっておるのは、明白じゃ」
「召喚士にかわる人材など……」
そんなものがそう容易に見つかる筈が無い、とレヴァインは異論を唱えたが、
「あるだろう、ただひとつだけ」
小太りの老人がにやりと口の端を上げて言った。レヴァインは眉を顰めて考え込んだが、すぐに思い当たった。
“召喚士”に匹敵する、否、それ以上の力を持つ存在とは。
レヴァインの脳裏に一人の少女の姿が浮かんだ。人畜無害にしか思えない、およそ戦いの場にはそぐわないであろう、平凡な少女。
「……黄昏人ですね。軍部が実験段階に当に入っていることも知っていますが……だが肝心の実験対象が、絶滅状態ではないですか。あなた方が一掃してしまったおかげで」
「そう、昔は黄昏人をただ危険視し排除しようと必死で、そこまで考えが及ばなかったのだよ。また、当時の人間にそんな余裕などなかった……」
過去、人間は黄昏人によって滅ぶ危機に直面したことがあったらしい。それほど彼らは強大で、恐ろしい存在だった。人間に代わって地上を支配する存在とも思われた。全ては、過去形の話だが。
辛くも歴史の勝者となった人間達は、当然というか敗者となった黄昏人一族の根絶を図った。それが数百年前の『黄昏人狩り』だ。女子供関係なく、一族を追い詰め、捕らえ、殺す。捕らえた者は拷問した挙句、公開処刑。
「この頃はよく……かつて黄昏人一掃の時代に、処刑されたある黄昏人の言ったという言葉を思い出す」
「どういった言葉ですか」
レヴァインはアース卿へ視線を流した。そのような話は初耳である。そもそも黄昏人に関する記述はあまり詳細なものは公にされていない。彼らの所業はあまりに非道で、また彼らとの戦いは凄惨なものだったらしく、当時の人々にとって思い出すのも辛い記憶だったので一部の人間しか知れぬよう、神殿の奥に封じ込めたというのだ。
アース卿は静かに頷いた。
「……ああ、そうじゃな、そろそろ貴殿に話す頃合じゃな。黄昏人の情報については全て、教会が管理しておるのは知っておろう? 帝国民には最低限の情報しか与えておらん。それは、当時の人間が恐怖を早く忘れるように、風化するように……子孫が無意味な恐怖に囚われぬように、という配慮だったのだが……」
それでも、黄昏人に対する恐怖は、いまだこの地に蔓延っていた。
「……彼らは言った。処刑台の上で、まさに命を絶たれんとする時に。身を焼き尽くす、紅蓮の炎を纏いながら。彼らは人間に対する呪いの言葉を吐き捨てた。
『我は黄昏を纏う者、この世に黄昏を齎す者だ。矮小なる存在である人間よ! 我々は、貴様達が我らを厭う以前から、貴様達を憎悪していた! 全てを、お前達を、この世界も全てを! それを、忘れるな!』
と。それまで我々は彼らを一体何という名で呼んでいたのかはわからぬ。ただ、これを機に彼らは皮肉を込めて“黄昏人”と呼ばれるようになった」
「この世に黄昏を齎す者……」
“黄昏人”と呼ばれる理由を初めて知ったレヴァインは、禍々しいものを呼ぶように独りごちる。
「帝国に牙を剥いた愚かな亜人種どもは、いまだこの地の禍の種よ。どれだけ刈っても、地中を掘り返したとて、執拗な生命力でもって、この大地に芽吹く」
憎々しげに、まるで親の仇のように小太りの老人は吐いた。高齢になればなるほど、黄昏人に対する嫌悪感を強く持つ者が多かった。おそらく、長くを生きれば生きるほど、その存在の恐ろしさ、大きさに苦渋を感じる時間も多くなるからだろう。
アース卿は彼に目を遣って、そしてゆっくりと振り向いてレヴァインに視線を流した。祭壇を背に、薔薇窓に反射した光がアース卿の背中を照らす。
「……ところで、レヴァイン。貴殿は、言の葉の呪い……というのを知っておるか」
「言の葉……」
「言葉に宿る力、言霊のことだ」
アース卿は教壇に立つ師のように、穏やかに教え諭すように続ける。それをレヴァインは素直に受け入れていた。目の前の老人には、そういった威厳があった。
「少数民族にも関わらず、彼らが何故人間をも支配することのできる力をもっていたか、わかるかね?」
「……いいえ」
「召喚士の力が、人を超える力をもつ存在に主として選んでもらう、認めてもらうためのものならば、黄昏人の力は、問答無用で彼らを引きずり出し、支配下に置くことだ。
かの一族は強力な呪いを操ることができる。彼らには多くの仲間……いいや、下僕がいたのだ。彼らの呪いによって、凶悪な獣を自らの手足とした。だからこそ、数的には圧倒的優位に立つ人間を追い詰めることが出来たのだ」
アース卿はどこか遠くを見詰めるような目をして、反芻するように話す。
「魔物……今この大陸を当然のように跋扈する魔物は、古い時代には存在せなんだ。獣はいた。だが、人間を脅かすほどの邪悪なものはいなかった。しかし、いつからか、それは現れた。……彼らとともに」
「……まさか」
レヴァインは目を見開いた。
魔物は、黄昏人によって生まれたのか。確かに、魔物と言われるものの姿は、見るからに凶悪な姿が多い。まるで、普通の獣に憎悪の種を仕込んで、邪悪な部分を無理やり具現化させたような、異形。彼らは人間を狩らせるためだけに、そのような恐ろしい存在を生み出したというのか。
「彼らはこの地を支配しようとした。魔物を手足とし、人を次々と殺させていった。我々の祖は決起し、これに立ち向かった。神は我らを見捨てなかった。彼らの多くは死に、または捕らえられ、魔物も征伐した。その黄昏人狩りを終え、残った者を処刑せんとした。その最期のときに、彼らは最期の呪いをこの大陸にかけたのだよ。だからこそ、この地の魔物は凶悪で、残虐だ。人を、憎み、狙う」
古くから、争いの絶えないこの地に更なる血を流させようとするかのように。
「哭ぶ獣とも呼ぶ……主の残した怨念を吸い取って、自ら怨念となって、彼奴らは啼くのだ」
「……では、三年前のあれも」
常にある余裕の感じさせる微笑をすっかり消したまま、レヴァインは言葉を切った。一度、息を呑んで、続く言葉を紡ぐ。
「三年前の魔の戦い……突如として大陸に現れた魔物の大群も。それら全て帝国軍部が征伐しましたが……。今頃になって一体……何故、どこからやってきたというのですか」
「……原因不明だ。だがはっきりしたことは、黄昏人は必ず、いまだ存在するということだ」
そして再び人間を滅ぼそうとするだろう、とまるで神託を告げるかのような厳かな声で言い放った。広壮な大聖堂の、神聖な静謐の中に、それは不気味なほど冴え冴えしく木霊した。
「……あの娘が、奴らを誘き出す最上の餌になろうよ。そして、現在帝都を脅かしておる魔物が、その布石となる」