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空を見つめて  作者: 直弥
9/11

第四話『使い魔使いの魔法使いと使い魔上がりの紛い使い』(後)

   4.


「っぅっ!」

「――――」マニアの姿をした傀儡は、言葉一つ発さぬまま明の腕を掴んでいたが、やがて。「mia dekstra brako」

 一聞して意味不明な単語を羅列しただけの呪文を発し始めた。

 傀儡がそれを言い終える直前に、顔色を一変させた明は、渾身の力を持って彼の腕を振り払い、みっともなく横たわらせた身体をこれまたみっともなくごろごろと転がらせて距離を取った。

「eksplodigi」

 空気が震えた。

 明がまだ転がり続けていた時、傀儡が呪いの言葉を言い終えると同時に、風船が破裂したような乾いた音とともに、大きく空気が震えた。

「く、うっ」

 火薬の臭いはなく、煙も上がっていない。しかし、確かに何かが爆発したように感じ取った明は、それ以上転がることを止めて立ち上がった。視線を傀儡の方に向ける。

 マニアを模した傀儡は、右腕の肘から下が千切れてなくなっていた。

 血液は出ていない。骨も筋肉も見えていない。人形なのだから、当然の話。

 ――なんなんだよ、こいつは。

 ぎょっとした明は、傀儡に視線を向けたまま、後ろ向きに一歩下がる。

 得体の知れぬ傀儡は一歩滲み寄る。

 明は更に二歩下がる。

 傀儡は更に二歩滲み寄る。 

 明は更に更に三歩下がりながら、横たわっているタロウに一瞥をくれた。そして。踵を返し、猛然とダッシュを始めた。開け放されていたままの扉を抜けて外へと飛び出し、渡り廊下を伝って校舎に向かって。

 明のスタートから一秒遅れて、傀儡も駆け出した。


 渡り廊下を伝って校舎の中へ入り込んだ明は、下駄箱付近にある水道の蛇口を片っ端から捻った。六本の蛇口から最大の出力で放出される水道水はすぐにパンから溢れ出し、廊下を水浸しにしていく。

 そこへ。傀儡がやって来た。

「Iru!」

 明が叫ぶと、その場に存在していた水が、竜巻に吸い上げられたようにうねりながら吹き上がった。そして。意思を持った生物のように、傀儡へ襲い掛かり――人間でいうヘソの辺りに、野球ボールの直径ほどの風穴を開けて貫通した。

 竹河明は魔法使いである。彼の得意分野は『液体』の支配。単に液体の動きを操るだけに留まらず、一滴の水を数リットルまでに〝水増し〟する、温度を自在に操る、などということすら可能とする。竹河明にとってはすべての『液体』が使い魔のようなもの。 

 言うなれば。凄まじい水圧で身体に穴を開けられた形となった傀儡は、ぐらりと後ろ向きに倒れ込んだ。

 ――本物の人間相手なら、せいぜい肋骨にひびが入る程度のダメージで済んだはずなんだけど……強度が発泡スチロール並みだな。

 などと。明が油断をかましていると、

 彼目掛けて傀儡の頭部が飛来した。

「ぎゃっ!」不意打ちのホラーに変な声を出してうろたえてしまった明であったが、それも一瞬。傀儡の身体が爆発物であることをその目で見て知っている彼は、「bati!」すぐさま再び水を操る。液体という状態を保ったまま擂粉木(すりこぎ)状になった水は、バットがボールを打ち返すが如くして爆弾頭を弾き返した。

 彼の予測通り、直後に頭は爆発し、周囲の水が撥ね飛んだ。

「……びびってねえぞ!」

 誰に対する強がりなのか。自身も頭から水を被ってずぶ濡れになった明は叫んだ。


 服を着替えたり乾かしたり、タオルで拭いたりしている暇などあろうはずもない明は、ずぶ濡れたまま校舎内を駆けずり回っていた。当然、鼠を探してのこと。しかし。彼の目に付くのは鼠ではなく、人間の頭を持つ猫の石造や、バラバラ以上の粉々に砕け散った人体模型など。

 ――『粛清』の粛清だと? 生存率二割以下の、〝世界〟の力、舐めんなよ……!

 明が憤慨していると、

「きゃああああああああ!」

 甲高い悲鳴が学校中に木霊した。

「上か!」


 悲鳴の主を求めて明がやって来たのは、二階の女子トイレであった。コンマ一秒の躊躇もなくそこへ飛び込んだ明が見たのは、首から下が石化した美海が、彼女より頭一つ分丈のある花子さんの首を絞めている場面であった。

「っっ!」

 豆鉄砲を喰らった鳩のような顔をしている鼠を無視して突貫した明は、花子さんから美海を強引に引き剥がした。

「………………」

 無言のまま尻もちをつく美海と、

「はっ! ハッ! かはっ! はうっ、ぐっ、う」

 壁にもたれかかって激しく咳き込む、遂に意識を失った花子さん。

 対照的であるが、しかし何れにせよ痛々しい二人。明は、彼女らの痛々しさの元凶となっている鼠を睨み付ける。大いに殺気を込めた目で。その鋭さに怯みつつも、鼠は虚勢を保とうとする。

「ま、まさかもうここまでやって来るとはな。あの傀儡をそんなにあっさり破ったのか」

「再生怪人の類は弱いってのがお約束だからな。いや、そんなことはどうだっていい。お前、女の子の身体を使って女の子を殺す気だったのか? 悪趣味にもほどがある」

「我は鼠だぞっ。ヒトの性別や年齢など気にせんわ」

「開き直りやがったな」怒りよりも侮蔑と憐みの強い声で、明は言い捨てた。「まあいい。まさかお前相手に英国紳士や日本男児の云々を説く気はないし。俺が言いたいことは二つだけだ。まずはその女の子の石化を解け。次に、〝異界への扉〟をさっさと閉じて、その製造に使った魔力を子どもたちの願いの力に還せ」

 要求というよりは脅迫。圧倒的怒気を孕んだ明の言葉に、鼠は更に怯む。

 ――見透かされている。これが本物の魔法使いか。しかし。

「は、ははっ。何を言う! 折角開いた〝扉〟をそう簡単に閉ざしてたまるものか! 今は不安定な扉でも、ここから何年、何十年とかければ、きっと実のあるものになるはずの代物なのだ! そうだ、そなたも魔法使いならば異世界に興味がないわけあるまい!? そうだ、そうだ! そなたはむしろ我に協力すべきなのだ! 代価となるのは有象無象の顔も知れぬガキどもの願いだけ。どれもこれも、取るに足らん下らん願いばかりだ! 『異界渡航』の魅力に比べるとな!」

「よく喋るな。必死じゃねえか。体育館で堂々としていたお前はどこへ行ったんだよ? たとえ人形でも飼い主が近くにいなきゃ不安なのか? うちのタロウなら、たとえ一匹でもライオンの群れに突撃するくらいのガッツは見せるぜ。つうか俺より勇敢だ」使い魔自慢。「で、なんだっけ? 協力しろってか? 悪いけどそりゃ無理だ。『粛清』を粛清することや、そもそも世界に目を付けられるような魔法の行使に協力しろだなんて、よりにもよってレッドフィールドに言うかね。ジョークにもならない」

 やれやれと言った感じで嘆息する明に対し、鼠はきょとんとしている。きょとんとしたまま訊ねる。

「それは……どういう意味だ?」

「ああ、そうか。お前は生まれつきの魔法使いじゃなかったから、そこまで魔法使いの家系事情について詳しく知らないのか」ニヤリと。明は、悪魔的な笑みを浮かべる。「五十年前、俺のお祖母ちゃん――当時のユウナ・レッドフィールドは、ある魔法使いを滅ぼして世界を救った。そして二年前。レッドフィールドの血を引く俺と姉ちゃんは、空也と一緒にマニアを滅ぼした。お祖母ちゃんが倒した魔法使いも、マニアも、そしてお前も、皆共通点がある。世界に甚大な影響を及ぼす魔法を行使しようとした、だ」

「? !? ま、まさか、レッドフィールドというのは!」

「そうだ。レッドフィールドは〝世界〟の使者だ。『レッドフィールド』という存在そのものが『粛清』なんだよ」言いつつ。明は、トイレならば当然として存在している、手洗い場の蛇口を捻る。そして更に。「feliso kato」

 呪文を唱えると、水が、ネコの形を成していく。いや、形だけではない。水で作られたネコは確かな生物感を持ち、あまつさえ「にゃああ」と鳴き声を上げる。

「俺は『液体』を支配する魔法使い。水のネコに食われてみるか? それとも、今からガソリンでも調達してこようか?」

「う、うわあ……あ…………」

 乾いた身体を、しかし溺れたネズミのようにがたがたと震えさせる鼠。

 対照的に、明の態度はますます威圧度を増す。

「さあ、さっさと決めろ。お前に与えられている選択肢は最初から二つしかないんだ。命を取るか、野望を取るか。『異界渡航』はお前にとって命を懸けるほどの野望か? ほんの数年前まで魔法の〝ま〟の字も知らなかったお前が、魔法使いの究極目的に固執する必要がどこにある!? 万に一つ俺を倒せても、俺の家族全員に勝てる自信があんのか!? レッドフィールド舐めんじゃねえぞ!!」

 それは〝世界〟から提示された二択であった。


   5.


「ウ……ウゥ」

「よう。目が覚めたな、タロウ」

 鼠と明は美海と花子さんを連れて体育館に戻って来ていた。結局『命』を選び取った鼠は、すべてを明の言う通りにした。異界への扉をリサイクルして子どもたちの願いの力を復元し、勝原美海及び教師職員の石化を解いた。

「……石化から解かれた者たちは、ものの数分で意識も取り戻すだろう」

「そうか」並んで横たえられた美海と花子さんを前にしゃがみ込んで、彼女らの顔を覗き込みながら、明は答えた。「じゃあ、俺は帰る。美海ちゃんは職員室にでも届けておくとする。花子さんは――どうせ普通の人間には視えないだろうし、目が覚めたら勝手にトイレに帰るだろうからこのままにしとくか。……消す必要はないか」『粛清』により具現化した都市伝説のお化けたち。レッドフィールドにはそれを無に還す力がある。だが若きレッドフィールドはそれを善しとしなかった。「で、お前はどうするんだ?」

「…………もういやだ」

「あ?」

「もういやだ。怖い。恐怖なんて感情、さっきのさっきまで知らなかった。あんな思いをもう一度するぐらいなら、理性なんて要らない」

 泣き言。

「じゃあ、ただのネズミに戻るか?」

「なに?」

「ヒトの願いを踏み躙ろうとしたお前の望みを叶えるのは癪っていやあ癪だけど、正直お前が理性を持ったままじゃあ、またいつヤバいことをしでかすか分かったもんじゃないからな。でも。戻す前に、一つだけ確認しとかないと。二年前、お前があの場所にいなかったのは、マニアから別件で何かを命じられてたからなんだろ? その別件っていうのは何だったんだ?」

「ああ……。大したことはない。喉が渇いたから牛乳を取って来いと言われただけだ」

「今、初めてお前に同情を覚えた」

「わふん」

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