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空を見つめて  作者: 直弥
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第四話『使い魔使いの魔法使いと使い魔上がりの紛い使い』(前)

 ――――2009.12.23 am00:32

 とある高校の屋上。真夜中。空に月は見えず、ただ星たちが幾つも瞬いている。その真下には四人の少年少女がいた。空也、明、由布子、謎の少年。謎の少年は紺のダウンジャケットを羽織っている。

「やっと着いたのか。思ったより遅かったね、レッドフィールドの末裔とそのオマケ」

 と、謎の少年。

「誰がオマケだよ」

 と、空也。

 乾燥した空気。緊張した空気。その場の誰もが、次に発言する者を待ち望んでいながらも、自らがその発言者になろうとはしない。牽制し合ったまま数秒間が過ぎた後、遂に重い口を開いたのは――

「よう」明だった。全員の注意が彼に集まる。「名前、まだ聞いてなかったな」

「ははっ」謎の少年は、明の言葉を鼻で笑う。「名前? 名前なんかに意味はない」

 軽口を叩くように言い放つ謎の少年に、明は舌打ちする。蚊帳の外にいる空也はただ黙って聞いている。そして由布子は、涼しげな顔で少年に声を掛ける。

「だからって、名前がなきゃ呼ぶ時に不便でしょ。何かないの?」

「……なら。マニアとでも呼べばいい。さあ、始めるか。勝率二割の戦いを」


   1.


 午後四時五十二分。最終下校の時刻を超えた三塙小学校。最後まで残っていた児童たちのグループが校門を出て、いよいよ校内に残る人間は大人だけとなっていた。――いや違う。正確にはまだ一人だけ、校舎内に取り残されていた児童がいた。

「んん…………う、いたぁ……」

 灯りが落ち、カーテンで外光も遮られた部屋の中で。勝原美海は目を覚ました。ずきりと痛む頭を手で押さえ、地面にへたり込んだまま左右に首を振ってみる。幾つもの段ボール箱が整頓して並べられており、演劇で使用されると思しき衣装や鬘が、その箱の上に無造作に置かれていた。彼女が背負っていたはずのランドセルも、それらと同じように投げ出されている。状況をより把握しようと、彼女は立ち上がろうとするが、

 立ち上がれなかった。

「ら?」腰を上げようとする美海。しかし彼女の下半身は微動だにしなかった。「ん!」再度。脳から信号を送り、立ち上がろうとする美羽。だがやはりびくりともしない。試しに足だけを動かそうとするが、それも叶わない。腰から下がまるっきり石になってしまったような錯覚を覚え――――錯覚ではなかった。「え!?」暗闇に目が慣れ始め、ようやく自分自身の姿を輪郭以上にはっきりと見られるようになった彼女は驚愕した。彼女の腰から足の爪先にかけてが、完璧に石化していたのである。下着を含む衣服類は石化していない。ただ彼女の身体だけが石となっている。「なんでなんで!?」意味不明な現状に最初は戸惑い、「なんで……」

 やがて恐怖におののき始めた美海の耳に、

「ルルル……ルッ」

 獣の唸り声。美海は慌てて、その声がした方へと視線を向ける。

 紫の体毛。額には第三の目。背恰好は紀州犬を思わせる謎の獣が、そこにはいた。

「ロデム……?」

「いや、タロウだ」

「!!」

 口から心臓が飛び出しそうになりながら。〝ヒトの声〟が聞こえた方を振り返った美海の目に、一人の少年の姿が映った。

「だれですか!?」

 次から次へとひっきりなしに訪れる異常に、とうとうキレ気味となった美海が叫んだ。少年は彼女の傍をゆっくりと通り過ぎて、タロウと呼んだ獣に近付き、その頭を優しく撫でながら答える。

「俺は明、魔法使いだ。で、こっちはタロウ。俺の使い魔だよ。見た目はおっかないかもしれないけど、優しい奴だから安心してくれ」

「……美海です。あの、どうして美海はこんなところにいるんでしょう?」

「んー、あー、それは」少年、竹河明は、石化した美海の足に視線を送りながら言う。「その足だよ。足ってか、もう腰のあたりまで浸食してるけど。それ、そのまま放っておいたら身体中全部石になっちゃうんだ。困るだろ?」

「こ、こまりますよ! 美海の足、どうしてこんなことになってるんですか!?」

「鼠。多分、会ってるはずなんだけど、覚えてる?」

「ねずみ? あ!」美海は思い出す。六本足の奇妙な鼠を見かけ、その直後、ロデムもといタロウの姿を一瞬だけ視界に映したことを。そしてそのまま気を失い、気付いたらここにいたことを自覚する。「見ました、へんなねずみ! あのねずみ、なんなんですか?」

「『なんなんですか?』って言われてもな。どう説明したもんか」明は腕を組み考え込む。目の前の童女はただでさえまだまだ幼い子ども。しかも魔法や魔法使いに関してまったくの無知。そんな彼女に、なるたけ簡潔に説明するにはどうすればいいか。いくつかのシュミレーションを頭の中で繰り広げてから、口を開く。「あの鼠は普通の鼠じゃなくて、魔法を使う鼠なんだよ。放ったらかしにしておいたら、みんな石にされちゃう。だから早く捕まえないといけないんだ」

「そんなこと……え、じゃあ、美海の足はどうなるんですか?」美海は泣き顔。「もしかして、ずっとこのままなんですか?」

「おいおい、泣くなよ。大丈夫だってば。鼠を捕まえればどうにかなるよ。多分」

「たぶんって! しょんな!」

 とうとう発音に支障を来たすまで泣き始めた美羽に、タロウは静かに近付いて行き、溢れる涙を舐め取った。生暖かく柔らかい舌の感触に、美羽はやや落ち着きを取り戻す。

「……とにかく。君のその足を治すためにも、これ以上被害が広がるのを防ぐためにも、早いとこ鼠をとっ捕まえなきゃならないんだ。分かった?」

「ぐすっ……。はい、わかりました。あの、美羽はどうしたらいいですか?」

「どうしたらって、別にどうもしなくっていいよ。部分的とは言え、石になってしまってる君を他の人達の目に触れさせるわけにはいかないからここに連れてきただけだから。俺たちが例の鼠を捕まえるまでの間、ここに隠れてればいい」

「ここ。そう言えばここ、どこですか?」

「どこって、三塙小学校体育館の倉庫だよ」

「ふうん。で、お兄さんがもどってくるまで、ここにいろって言うんですか?」

「そう」

「一人で?」

「ああ」

「…………………………」と言う沈黙があって。「いやです! こわいです!」美海は泣き叫び始めてしまった。「こんなところに一人なんてこわいです! やですう!」

「お、おい! そんな声出したらまずいって! 先生に見つかるだろ!」

 大慌てで美海の口を右手で塞いだ明は、左手でデコピンした。

 途端、糸の切れた人形のように、美海は動きを止めた。

「ふうっ。ん?」一仕事を終えたという風に汗を拭う明の服を、タロウが引っ張る。抗議の眼差しを向けながら。「な、なんだよ。仕方なかっただろ、今の場合は。ほら、気を取り直して鼠捕りに行こうぜ! で、早く戻って来てあげよう! うん、そうしよう!」

 独善的な言葉を並べ立てて歩き出した明に、やれやれと言った感じでつき従っていくタロウは、倉庫から出る直前、美海に一瞥をくれ、主人の代わりに頭を下げた。

 

   2.

 

 ――――時間は少し遡る。

 その日最後の講義を終えた竹河明が、学友とも別れ、一人で歩いていると、携帯電話の着信音が鳴り響いた。画面には『お祖母ちゃん』の文字。

「はい、もしもし。お祖母ちゃん、どうしたの?」

『明、今暇かい?』

「………………」実の祖母からの恐ろしく不躾な物言いに、明は暫し言葉を失う。とは言っても。暫しであった。「大学終わったところだから、暇は暇だけど」

『そうかい、よかった。じゃ、今から小学校行ってきな』

「は!? いやいやいや! 事情説明プリーズ!」

 …………。………………。……。

『ってわけだよ。分かったかい?』

「事情は分かったよ。その鼠が三塙小学校にいるんだね? でも、そこまで調べが付いてるんだったら、なんで自分では行かないの?」

『お祖母ちゃんはもうドンパチが出来るほど若くありません』

「ドンパチって」

 生粋の英国人である祖母(ユウナ)が使うにしては違和感のある表現に、明は思わず笑う。

『とにかくそういうわけだから頼むよ。あ、一匹ぐらいなら使い魔も連れて行ってもいいけど、なるべく一人で行くんだよ? 大勢で行っても逃げられるだけだから』

「一人って、でも俺、透明化も認識阻害も使えないよ?」

『なに、アンタまだ使えなかったのかい? しょうがない子だね。じゃあ、頑張りな』

「え、いや、じゃあ、って……、ちょっと! お祖母ちゃん!?」明が叫んだ時にはもう遅い。ツー、ツー。「無茶苦茶だ……」


 ――――そして現在。

 愛使い魔タロウとともに、どうにかこうにか小学校に侵入し、なんとかかんとか勝原美海を保護した明は、えっちらおっちら鼠を捜して徘徊していた。床を汚すのは忍びないが上靴など持っていないということで、新品のスニーカーを履いて。

 ――先生とかに見つかったらシャレにならないんだけどな、今の時勢じゃなくても。

 内心相当ビビりながら。あらゆる感覚を研ぎ澄ませ、注意深く一階の廊下を歩く明。誰にも気付かれぬよう、気付かせぬよう、細心の注意を払っていたから、僅かな気配にも気付く。

「っ」階上。天井より上から何かの気配を感じ取った明は、その何かがどこへ向かうのかを探るために立ち止まる。しかし。「?」気配は一箇所に留まったまま、まったく動きを見せなくなる。「タロウ、上に何かいるの、分かるか?」小声で問いかける明に、タロウは鳴き声一つ発さず、ただ頷いて答える。「じゃあ、何がいるか、分かるか? ……え? 『ヒトではないな』って、そりゃどういう」

 明の言葉を遮ったのは、彼の頭上から降って来た物体であった。一階の天井と二階の床に穴を開けることなく、しかし確かに階上から降って来た物体。ギリギリの反応で後方へ跳躍し、紙一重にそれをかわした明は、正体を確かめるべく前を向く。

 果たして物体の正体は――。

「ボール?」真白いバレーボールが宙に浮かんでいた。吊るしている糸はどこにもない。そんなお化けボールが、明の顔面を直撃した。「ごっ」

 痛みより衝撃で。明は大きく仰け反る。そのまま倒れそうになるのを辛うじて踏み止まった彼の目に、主人に襲い掛かったバレーボールに飛び掛かる使い魔の姿が映った。

 臆することなく、躊躇することなく飛び掛かったタロウの牙が、バレーボールに突き刺さる。瞬間、破裂音とともにボールは弾けた。くたびれた皮となった元ボールを口に咥えたまま、タロウは着地する。

「タロウ、大丈夫か?」

「ワンっ!」

 肯定と思われる一吠えを上げたタロウは、咥えていた物を明に渡す。

「ありがとな」鼻を赤くした明は、タロウの頭を右手で優しく撫でながら、左手でボールの残骸を受け取った。いや、受け取ろうとした。明の手に触れる直前に、ボールだったものは掻き消えた。「……魔法じゃない」魔法使い竹河明は、自らの言葉の意味を確かめるようにゆっくりと呟く。「何が起きてんだ? この学校で」


 ――――同刻、職員室。

 最終下校の時刻を過ぎても、教師陣の仕事は終わらない。机で試験の採点をする者、複写機の前でプリントを刷る者、一息入れようと茶を汲む者等々。彼氏彼女らは皆、石化していた。

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