第三話『学校の五不思議』(後)
3.
「なんで僕らの組はやたらトイレネタが多いんだよ。波柴のやつ、わざとか?」
男子トイレのとある個室――空になったトイレット・ペーパーが、新しい物に替えられていない――の中で。空見大地は仁王立ちしてぼやいていた。今から彼が調べようとしている怪談話、三塙小学校の五不思議第三の怪は『赤紙青紙』。
学校のトイレに関わる怪談と言えば、やはり『赤紙青紙』は外せない。怪談らしく実に様々なバリエーションに富んでいる怪であるが、おおよその大筋はこうなっている。
トイレで用を足した際、紙が足りなくなっていることに気付いた少年或いは少女に「赤い紙がいいか、青い紙がいいか」と問い掛けてくる声がある。その時、「赤い紙」と答えると自分の血で真っ赤に染まって死ぬ。「青い紙」と答えると血を抜き取られて真っ青になって死ぬ。
伝承の類によっては、この後、赤でも青でもない色を答えれば助かるだとか、どっちも要らないと答えれば助かるといった風なことが続く。しかし、それらの解をすれば今度は直接あの世に引きずり込まれるというパターンもある。この場合、出会った時点でどうあっても助かることが出来ない、大人だろうと子どもだろうと問答無用といった、おおよそ子ども向けの怪談らしからぬ恐ろしいオバケということになるが、そもそもこの赤紙青紙の発祥源は地方の妖怪退治の呪文だったという説もある。すなわち『かいなで』という名の〝便器の中から手を出して人の尻を撫でる妖怪〟を退治する呪文が「赤い紙やろか、青い紙やろか」だったのだが、どういうわけかこれが妖怪側の台詞となり、更にそこから人間の想像力が加わって誕生した新しいオバケこそ「赤紙青紙」であるという説である。もしこれが正しければ、ただお尻を撫でるだけの、どこかくだらない妖怪が元になって、とんでもなく恐ろしいオバケが発生したことになる。
ということを。大地は、この個室に入る直前、イッチーから聞かされていた。
――どうして人はわざわざ恐怖を追い求めるんだろう。って、そんなどうでもいいこと気にしてる場合じゃないか。もう時間もなくなってきたし。
現在時刻は午後四時二十二分。最終下校時刻は四時四十五分。故に。なるたけ早く調査を済ませる必要があった大地であったが、彼は今、大きな問題に直面していた。
――やっぱ、用足さないと駄目なのかな。
そう。赤紙青紙は、紙の切れたトイレの個室で用を足した際に現れると云うオバケである。その実在性を確かめようというのであれば、やはり最低限、その条件は満たした上でなければならない。
――でも、紙ないんだよな。
それが最大のネックであった。紙が切れていなければ赤紙青紙は現れないが、紙が切れていると分かっていながら用を足すというのは如何なものか。元々、一人で出来る調査ではなかったのだ。かと言って、まさかイッチー(女子)を男子トイレの中へ呼びつけるわけにもいかない。男子二人以上、或いは女子二人以上でしか検証し難い怪談だったのである。
考えあぐねた結果。二、三分をただ無意味に過ごしてからトイレを後にした大地は、イッチーが待つ六年二組の教室へ向かった。がらがらと扉を開ける。中にいたのはイッチーただ一人。席に座り、雑誌を読んでいた彼女は、大地の登場に気付いて顔を上げる。
「お疲れ。どうだったの?」
「ん、ああっと……」調査出来なかったことを正直に言うべきか誤魔化すべきかで迷った大地は「あ、それ、イ・レズ・ミー?」
イッチーの読んでいた雑誌に映っていた女性二人組デュオのグラビアを指差した。
「そ。いいよね、イ・レズ・ミー」
「そ、そうだな(正直、全然興味ないけど)」
イ・レズ・ミー。それは、露出度の高い奇抜な衣装と過激なパフォーマンスで世間を席巻する、女性デュオ。真赤な短髪のクラースと、青い長髪のシーニー。イッチーとユリリンは、彼女らの熱狂的なファンであった。
「空見君はどっちが好き? クラースとシーニー」
雑誌のグラビアを見せながら訊ねてくるイッチーに、
「ええっと、赤い髪の方かな」
イ・レズ・ミーの名前の区別すらつかない空也はテキトーに答えた。イッチーはなるほどね、と頷く。
「空見君もクラース派か。多いんだよね、この学校。あんまり詳しくない子たちに『赤い髪の方と青い髪の方、どっちがいい?』って聞きまくった時も、六、七割ぐらいは赤い髪の方って答えたし。ワタシはどっちかっていうとシーニー派なんだけど」
「そうなんだ……ん?」
大地の中で、点と点が繋がる。
赤い髪か青い髪か、赤いかみか青いかみか、赤い紙か青い紙か。
「赤紙青紙」
「え? 何が?」
突然大地に指を差されたイッチーは無垢に訊ねた。
4.
「気を取り直して。次は『四階へと続く十三階段』だな」
「あ? 四階?」ユリリンは首を捻る。三塙小学校は三階建て。四階は存在しない。「いわゆる異界系の怪談話ね。ふふふ。面白そうじゃないの。さあ、行くわよ!」
「さっきまで『どうせ次の階段もガセでしょ』とか言って全然やる気無かったくせに」スキップでもしそうな勢いの足取りで歩き始めたユリリンの背を見ながら、波柴はそう呟いた。呟いてから、はっきりと言う。「でもなあ、ユリリン。お前、その十三階段がどこの怪談のことか知ってんのか?」
「知らないわよ。だから早くそこへ案内しろ、ミニマム」
「お前、その内血ぃ見るぞ……」
引きつった顔。こめかみの血管をぴくぴくさせながら、波柴は唸った。しかし手は出せなかった。それだけの負い目が、彼にはあったから。
「ここ?」
「そう、ここ」
波柴とユリリン。二人はある階段の手前――これから上へと昇ろうとする者の主観にのっとっての手前。要するに階上を見上げる位置――にやって来ていた。件の階段は、大人なら二人、子どもでも三人同時に通るのが限界である横幅しかなかった。踊り場もない。
そして本来の行先は。
「屋上に続く階段じゃないの。四階=屋上ってオチ?」
白けた目つきで波柴を見下ろすユリリン。落胆と呆れが五分五分にブレンドされたような口調、態度。小馬鹿にしているような冷やかさすらある。しかし波柴は余裕な表情。
「そんなわけあるか。大体、段数をよく数えてみろ」
「んー? ええっと、一、二、三、四、五、六、七、八、九、十、十一……段。十一段しかないじゃないの」
十三でも十二でもなく、十一。それが何を現すのか。
「つまり。十一段しかないはずのこの階段が十三段になった時、あの扉の先にあるのが屋上じゃなくて幻の四階になるってこと」
固く鍵を閉ざされ、『立入禁止』が掲げられた扉を指差し、波柴は言った。
「ふうん。とりあえず。今現在……階段が十一段の時点での扉の先を確かめてみようか」
「そうだな……って、どうやってだよ。鍵掛かってるのに」
「鍵がなければピッキングすればいいじゃない」
完全なる犯罪者の理屈を振りかざしたユリリンは、そのまま階段を上がっていく。そして扉の前にしゃがみ込み、胸ポケットから取り出したゼムクリップを伸ばすと、それを鍵穴の中へ捩じ込んでいった。
「おい、何やってんだよ!」
「しっ! 先生に聞こえたらどうすんのよ!」波柴の制止よりも大きな声で叫んだユリリンは、尚も鍵穴と格闘している。そして。ものの数秒で、かちゃっという音が鳴った。「ほら、開いた」
「ほら、じゃねえ! お前、なにもんだよ!?」
「女は皆カメレオン」
「全然意味わかんねえ! はあっ、まあいいや。いや、よくはないけど」
いいわけがない。
「さあ、さっさと行って」
「……俺が行くのかよ。仕方ないな」
納得は出来ないまま、波柴は慎重に扉を開けた。滅多に開けられる機会がないからであろうか、少し動かすごとにぎいっと言う音が鳴り響く。そして。ようやく半開き程度まで開いた扉の隙間から、波柴は外を覗き込んだ。見えたのは当然、屋上。夏の夕方、激しい雨の降る屋上。
――うわ、夕立ちか?
眉を顰めながら、波柴は扉を閉めた。
「どうよ?」
いつの間にやら階段から降りていたユリリンが訊ねる。波柴は、
「ただの屋上だった」と答えながら階段を降りて行く。「まあ、今はまだ階段も十一段のまんまだし。問題は十三段になった時にどうなってるかだろ」
「そうだね。で。どうやったらこの階段が十三段になるの?」
「あ」
波柴はポカンと口を開けて小さく呻いた。そんな彼に、ユリリンはいよいよ嘆息する。
「そんなことも調べてなかったの? 言い出しっぺのくせになんてテキトーなの。イッチーたちも苦労してるんだろうなあ」
「うぐっ。お、お前も一応協力者なんだから、何か案を出せよ! 階段の段数が増えたり減ったりするってくらいの怖い話なら、これ以外にもいっぱいあるだろ。オカルト同好会なんてやってるなら、そういう話の一つや二つ知ってるだろ? それなら、その、段数が増えたり減ったりする時の条件も知ってるはずだろ」
己の恥を隠すためか、波柴は捲し立てるように雄弁となる。だろ、だろ、だろ。彼を見つめるユリリンは、愚者を見つめる識者のような微笑を湛えている。実際、彼女の心境はその笑みそのままなのであろう。そんな笑みのまま、彼女は答える。
「知ってるよ。でもそう言うのはほとんど、時間とか日付が条件になってるの。四月四日の四時四十四分とか、午前零時とかね」
「午前零時って夜中の零時のこと? じゃあ今は無理だ。四月四日も……待てよ。今日は七月七日。四月四日と同じでゾロ目だし、何とかなりそうじゃね? 四時四十四分までなら、あと四十分くらいしかない。最終下校は四時四十五分だし、ぎりぎりセーフじゃん」
「ムチャクチャよ」波柴の無茶苦茶な言い分を、ユリリンは一刀する。「だいたいさあ、ゾロ目ってことで無理矢理結び付けてるなら、時間の方も七に合わせなきゃいけないじゃない。都合よく日付だけ変えちゃって。で、七時七十七分っていつよ」
「ぐう」の音は出るが反論は思い付かず。波柴は「そう言えば今ので思い出したけど、今日って七月七日、七夕だよな」
露骨な話題逸らしに打って出た。
「何を今さら思い出したように。あんたのクラスだって、終わりの会で短冊にお願いを書いたでしょうに。記憶力までチビなの?」
「記憶力がチビってなんだよ! 別に七夕のこと自体を今思い出したわけじゃない。ただお前はどんな願い事書いたのかな、と思っただけだ」
「そんなの訊くまでもないことだと思うけど」
「イッチーとのことか?」
「イッチーとのことよ。そういうアンタはどんな願い事を書いたの?」
「え、ああ、俺か?」話題を逸らすために振った質問でしかなかったが、それがそっくり自分に返ってくることまでを想定に入れ忘れていた波柴は、一瞬慌てる。自分が短冊に書いた願い事が何だったのかを思い出そうとする。「そうだそうだ。俺が書いたのは『篝火中学に受かりますように』だった」
よくそんなことを一瞬でも忘れていたものだと、波柴は自分で自分に驚いた。が。
「え。アンタ、中学受験なんてするんだ。びっくり」
ユリリンはもっと驚いていた。中学受験する児童など、三塙小学校でも数えるほどしかいない。その一人が目の前にいたことに対する、皮肉でも何でもない、純粋な驚き。
一方。この話題において驚かれることに慣れている波柴は、淡々としている。
「ウチの家、勉強に関してやたらうるさいんだよ。お母さんがさ、もう絵に描いたような教育ママで。偏差値がどうとかかんとか……」
「ふうん。〝へんさち〟とかよく分かんないけど、大変なんだね。ま、頑張れ」
「どうもありがとう」
互いに。まるっきり気持ちの籠ってなさそうなやり取りを終えたところで。
「さあって。そろそろここもお暇しようか。どうせ段数が十三になる条件も方法も分からないんだし、これ以上調べようがないもんね」
「そうだな。わざわざ付き合ってもらったのに、ごめん」
「いいよ、別に。それなりには楽しめたから。じゃ、鍵、閉め直さないと」
言って。ユリリンは再び針金を取り出した。
5.
六年二組の教室前で。学校の五不思議調査の発案者である波柴優樹が舌を奮っていた。
「皆、今日は協力してくれてどうもありがとう。じゃあ、これから最後の怪談を調べに行こうと思うわけだけど」波柴は一度そこで言葉を区切った。大地が黙って立っているその横でイッチーとユリリンがいちゃついているのを見て言う。「お前らはもう帰ってくれ」
波柴からの戦力外通告にほんの一瞬も食い下がろうとせず早々と手を繋いで帰って行ったイッチーとユリリン。残ったのは波柴と大地だけとなった。波柴が改めて口を開く。
「さてと」と言って、彼はいきなり頭を下げた。そして続ける。「ごめん! この学校の五不思議って、俺のでっちあげだったんだ!」
「………………」波柴からの告白に目を白黒させた大地は、数秒間言葉を失ってからぼそりと言った。「……マジで?」
「マジだ」面を上げた波柴が答える。「本当にこの学校に七つも怪談があったらでっちあげる必要なんてなかったんだけど、赤紙青紙ぐらいしかなかったから、あとはテキトーに幾つかでっちあげて作ったんだ。ホントは放課後までに七つ考えようとしたんだけど、それは間に合わなかった。お前からアイデアをパクっても」
「僕のアイデアからって……ああ、あれか」ベートーベンと花子さん。「はあっ。なんかやたら穴があるし、オカルト同好会なんてやってるユリリンやイッチーが自分の学校の怪談を知らないなんてどう考えてもおかしいとは思ってたけど、そういうことだったのか」
事実を聞かされた途端、どっとした疲れに襲われた大地は壁にもたれ掛かる。
波柴はただ平謝りを続ける。
「ほんと悪い! ごめん! すまん!」
「いや、謝るより理由を教えてくれよ。なんでまたそんなウソ吐いたんだ?」
そこが関心事。大地の心中に、担がれていたことに対する怒りは最初からなく、あるのはただ『何故、波柴はそんなことをしたのか』という興味のみ。
大地からの問いに、最初は口を噤んでいた波柴であったが、最終的には、友人を騙していたことへの負い目が勝利した。彼はゆっくりと言葉を発する。
「家、帰りたくないんだよ。帰っても勉強させられるだけだし」
「――あ」
大地は理解した。波柴が言わんとしていることを。
空見大地と波柴優樹は同級生。特別な仲が良いというわけでもなかったが、既に三ヶ月近く前後し合う席に座っているのだから、話しをする機会は多かった。だから。波柴優樹が中学受験をするということも、空見大地は当然知っていた。
「木曜日は塾もないし、俺だってもっと遊びたいんだ。でも家に帰ったら……。だからせめて少しでも長く学校にいたいんだよ」
「そうだったのか。分かった。うん。僕は許した。でも、明日ちゃんとイッチーとユリリンにも謝っといた方がいいぞ。今日はまだ言い出しにくかったのかもしれないけど」
「そうだな。お前の言う通りだよ。明日学校で会ったら、絶対にあの二人にも謝っとく」
反省の意を示して宣言する波柴は、しかし暗い面持ちのまま。そんな彼を見かねた大地は思わず声を掛ける。
「あのさ。これからはウソなんて吐かなくっていいから、今日みたいな日は遠慮なく言ってくれよ。僕ならいつでも一緒に残って遊ぶからさ。そうだ、たまには家にも来いよ。姉ちゃんや兄ちゃんが友だち連れ込んでる時もあるけど、皆いい人だから」
「え、いいのか?」
「当たり前だろ」
「心の友よ!」
どこぞのガキ大将のようなことを言って。波柴は大地の手を力強く握った。
心の友となった波柴と大地。イッチーとユリリンよろしく手を繋いで――ということは流石になかったが、二人は仲良く学校を出た。最終下校の時刻をやや過ぎて、彼ら以外にも、ほぼ同時に学校を後にしている児童たちが多い。誰一人傘は持っていない。当然である。朝からずっと、空には雲一つなく、晴れ渡っていたのだから。そんな空を見つめて、
「よかったなあ、雨止んで」
波柴が、何気なく口にする。本当に何気なく。大地からの相槌すら期待していないような、独り言に極めて近い調子で。が。
「は?」波柴の言葉を聞き逃すことは出来ないと言った風に、大地は激しく反応した。「何言ってんだよ。雨なんて最初っから降ってないだろ」
「え、あー、いや、ほんの一瞬だったかもしれないけど、確かに降ってたんだよ。夕立だったんだろうとは思うけど、ちゃんと見たんだ」
「でも」――そりゃ、僕はずっと校舎の中にいたから、外は見てなかったけど。「幾ら夕立ちでも、少しでも雨が降ったんなら木の葉っぱとかが濡れてるんじゃない……? そんなにすぐ乾かないだろ?」
「ん。言われてみれば……」
その通りだと。波柴は辺りを見渡した。木の葉も、アスファルトの地面も、道行く児童たちの服も、一切濡れた形跡がない。これは一体どういうことかと、波柴が、得体の知れない不安に駆られたその時、
「あっ、大地君。偶然!」
「夕七ちゃん?」
制服姿の夕七が現れた。空見大地の姉こと空見千夏の友人、夕七。
「今日は遅かったんだね、居残って勉強でもしてたの?」
「居残りで勉強してる小学生なんてあんまりいないよ……。遊んでただけ」
「ふうん……」一瞬間、波柴へ視線を移す夕七。「遊んでたって、その子と?」
「うん。って、波柴? どうしたんだ?」夕七が現れた瞬間から、波柴はまったく動きを止めていた。蝋人形の如く硬直し、まばたきすらしていない。「おい、波柴ってば」
「――――――――はっ! あ、ど、どうも初めまして波柴優樹って言います!」
「え、ああ、どうも。赤地夕七と言います?」
ほとんど叫ぶ勢いで自己紹介した波柴に気圧されて、夕七も思わず間抜けな自己紹介をしてしまう。奇妙なやり取りを見せられている大地は気まずそうにしているが、波柴の勢いは止まらない。雨のことなど虚空に消えている。
「あのその! 赤地さんはうつ……大地とはどんな関係なんですか!?」
「どんなって、大地くんのお姉ちゃんの友達だよ」
「そうなんですか! それでその、赤地さんは篝火中の人ですよね?」
「え? うん、そうだけど。あ、制服で分かっちゃった?」
自身の制服を見ながら、夕七は訊ねる。
「は、はい! それで、今、何年生なんですか?」
「二年だけど……」
それが決定打。今が二年なら、来年には三年生。まだ篝火中学に在学している。
「空見! 俺、受験頑張るよ! でも、家にもたまに寄らせてくれよな!」
「え。お、おう」『心の友』発言の際よりも力強く手を握られた大地は、とりあえず頷く。
「?」情をまったく呑み込めない夕七は、ただ頭を掻くだけであった。
5の2.前略、厠の中より
さて。大地たちより一足先に学校を後にして、二人で仲良く歩いていたレズカップル。その片割れであるイッチーのスカート辺りから、とおりゃんせのメロディーが流れ出る。
「メールだ」
言って。スカート、というかスカートのポケットから携帯電話を取り出したイッチーは受信箱を開く。ユリリンは一切の遠慮を挟むことなくそれを覗きこむ。問題のメールの差出人のアドレスは『Hanako@Toilet_3.com』。タイトルの先頭部分には『RE:』とある。登録もしていないアドレスからの〝返信〟。いや、〝返信〟の体をとった迷惑メールか? と思いつつ、イッチーはそれを開いてみる。ごく短い本文の内容は以下の通り。
『私のベーちゃんの寫眞を勝手にとらないで!』
「……これ、誰からのメール?」
怪訝な顔で訊ねるユリリン。
「さあ?」
更に怪訝な顔で答えるユリリン。
「これ、なんて読むの?」
本文の中にある〝寫眞〟という字を指差して訊ねるユリリンであったが、
「分かんない」
と、イッチーは首を横に振って答えた。