この正直者め
僕はきっちょむ。吉四六と書いてきっちょむと読む。なぜこう読むのかって?僕にもわからない。
唐突だけど、この前あったことを話していいかな。まずは・・・そうだな、僕がスタバで資格の勉強をしていた頃まで遡ることになるんだ。
実は大学の友人たちと待ち合わせをしていたんだけど、その待ち時間に勉強していたんだ。スタバで勉強するとどうしてあんなに捗るんだろうね?
ともかく、しばらくすると友人たちがやってきて、僕の周りに座ると、神妙な面持ちで話し始めたんだ。
「きっちょむ。あの関所・・・あるだろう?」
「関所?どの関所のことだい?」
「おれたちの村から町へ通じるあの関所だよ」
「ああ、あの関所か。あの関所が、どうかしたとでも?」
「とぼけるなよ。聞いてるんだろう。あの役人の噂を」
役人の噂。耳にしたことはある。正確には、目にしたことがある、か。グーグルで、暇つぶしになんとなく地元情報を調べていたら、その関所の総合評価は☆☆☆☆☆のうち、☆ひとつしかなかったんだ。気になってレビューを見てみると、こうあった。
「評価:☆☆ 普段、私は関所についてレビューは投稿しないのですが、今回、あまりにもひどかったので投稿させていただきました。あの日、私は荷物を持って通ろうとしたのですが、とつぜん、あの最悪な役人に止められたのです。彼は私の荷物に意味不明な難癖をつけ、取り調べはじめたのです。すると私のとっくりを取り出すや否や、取り調べといいつつ飲み干してしまったのです!こんな最悪な役人がずっと勤務しているというのは甚だ疑問です。早急にやめさせるべきです。かくなるうえは、私の友人にとんちが得意な人がいるので、その人に行ってもらって、懲らしめてもらおうかと思っています。ただ、関所自体は綺麗な建造物であったので、星2としました。ともかく、もうこんな役人がいる関所は通りたくありません! このレビューは参考になった 4人中1人」
たしかにあそこの関所には、ずっと不穏なうわさが付きまとっている。僕は偶然にもその関所は通ったことがないが。
「君にあそこの関所に行ってほしい。そして、例の役人をこらしめてくれないか。君はとんちが得意だろう」
「行ってもいい。もう二度と酒もほしいと思わなくなるだろう」
「頼むよ。ただ、あそこって建物はきれいなんだよな」
さて、どうやら例の番人は酒がお好きなようで、まずは酒を買いにいかねばならない。僕は近くの天神橋商店街の酒屋で、大分麦焼酎を買い、それから百均でとっくりを購入した。
これで、準備は万端だ。さあ、あの関所へ向かおう。
・・・
関所の横に設置されている待機所。窓もなければ装飾も、余計な家具もおいていないが、暖房だけはしっかりしている。外の様子は複数の監視カメラの映像を、一台のモニターで確認する。
モニター前の椅子に座っている一人の男が、スマートフォンの画面に釘つけとなっている。その男は、やたらと舌打ちを繰り返し、ぶつぶつと文句を言っている。彼は、何が不満なのだろうか。後ろから覗き込むと、どうやら、彼は老若男女が知っている盤上の遊戯に興じているようだ。だが、彼の戦況は常に劣勢で、思うようにいかないらしい。やがて彼はゲームをシャットダウンしてしまうと、慣れた手滑りで親指を上下左右に動かす。すると、横に細長いブランクに次々と卑猥な単語が入力されていく。我々は目を逸らした。
すると、若者が一人、近づいてくるのがモニター画面に映る。とても小洒落た格好で、とっくりを手に、歩いてくる。この可哀そうな男はまだ気付いていないようだ。
漂う匂いに気付いた男は、若者を確認すると立ち上がった。ドアを開けると、目前にその若者が、待っていたとばかりに居る。
「ちょっとまて。そのとっくり・・・何が入っている?」
若者は眉をハの字にし、明らかな困り顔を作って見せた。
「これはとっくりじゃあない」若者は慎重に、ゆっくりと言った。 「尿瓶さ」
男はくしゃくしゃと、笑っているのか泣いているのかわからない顔になった。
「つまり、尿」
男はそのとっくりを取り上げ、用心深く匂いを嗅ぎ、ぐっと飲み干してしまった。
「ふむ、これは上等な小便だ、大分麦小便かな。検査終了。もう行ってもいいぞ」
男は赤い満足そうな顔で、とっくりを若者に返した。
翌日、また、あの若者が現れた。男はそれを確認すると外へ飛び出した。
「そのとっくりには何がはいっている」
「尿。そして、これはとっくりではなく、尿瓶さ」
男はその、あくまで尿瓶と若者が言う、どう見てもとっくりであろう物体を強い力でひったくり、蓋をあけて中身も確認せずにグイと飲み干した。
そうすると、男は、それを飲んだことを後悔した。胃がボコボコと音をたて、口から飛び出してきそうな心持になると、朝マクドナルドで摂取し蓄えていたものが先に飲んだ液体と共に飛び出してきたのであった。
男は嗚咽し、片膝を地につけながらも、その目は血走り、手はワナワナと震えだし、右手をポケットに突っ込むと、キラリと輝く鋭利なカッターナイフを取りだした。
「それで何を斬ろうと言うんだ」
若者が冷静に問うた。
「この・・・」
男が言いだそうとすると、若者は駆け出した。男のすぐ横を抜けた若者は、なんと村ではなく門を通ろうとしている。
不意をつかれた男は立ち上がろうとするが自分の吐き出した流動体に滑り、手間取った。男は思った。このままでは奴を逃がしてしまう。しかも通行料も払わず違法である。男の中になぜかこれまで感じたことのない責任感が浮上してきたのであった。
男は走りだした。まだ追いつく距離だ。
すると、若者は何かを踏み、スリップし、危うく転倒の事態を免れたのだが、焦りがあったのだろうか、脱ぎかかってしまった靴を脱ぎ捨てた。
男は走りながら靴を拾い、それを投げつけてやろうと思った。投擲には自信がある。あの野郎にぶつけるのは容易だ。
男は靴を拾い上げ、振りかぶったが、若者が踏んづけた何かを思い切り踏みなおし、背中から大地に強烈に叩きつけられた。靴は空を舞い、男の顔面へと着地した。
裏。靴の裏。男は自分が何を踏んだのか、そして若者が何を踏んだのか、理解した。横に見えるは、おそらくは大型犬か人間が生み出した、原形がないものの、見るも立派な野太い茶色の残骸。そして傷んだ食物でも調合されているかのような激臭。男の胃は再びその持てる力をすべて結集させ、あらんかぎりの胃液を放出した。
その後、男は若者の暴挙を役所に訴え出たが、監視カメラにすべての記録が残っており、村の会議では、若者はまったくもって正直者であるという結論に達し、逆に男の違法行為が暴かれることになり、男は失職となった。
あの日以来、若者の行方は杳としてしれないが、正直者の逸話は後世まで語り継がれたそうな。
ありがとうございました。