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炬燵(こたつ)

作者: 冬桜

 安穏とした生活にも終わりは来る。終わりのないものはないとか何とか、日々人間というのは余計な事を考えて生きている。暇だからだろう。暇でなければ、そんなものは捨てて置く。

「そろそろコタツも終わりかなぁー」

 暢気な声が聞こえてくる。寒さと暑さどちらがいいかと聞かれれば、たぶん、どちらでもない。適温という言葉があるじゃないか。適当に適温であればよろしい。軟弱モノで失礼。

「ふぁふぅ」

 あくびの声もよく通る、休日の午後であった。別段、話し相手を求められているわけでもないので、声の主とは反対側で寝転んでいるところだ。こっちも眠くなってきた。

「ちょっと、あんた寝すぎじゃない?朝からずっと寝てばっか。脳みそとろけるわよ」

 余計なお世話だ、とは思いつつ本当にとろけたらどうしようかとも考えてしまう。なんというか一言多い姉さんである。返事はしない。

「ほら、ちょっとは外いって動いてきなさい」

 俗に言う水面下の何たらというやつで、今このときも、炬燵という見えない世界を通しての攻撃を受けている。げしげしと蹴られている。どうも、御方は心のリミッターが低く、気が短いようで、事あるたびに手だの足だのが伸びてくる。まことにやっかいな性格をしている。ここは耐え時である。

「図太い神経・・・。誰に似たのかしら」

 いやいや、図太さで言えばお互い様ですよ。でも、似ているといわれるのはひどく抵抗感がある。ものすごく。

「はぁ、人の言うことを聞かない捻じ曲がりばっかりね。たぶん、どっか大切なもの抜け落ちてるのよ。さっさと起きなさい。働かざるもの食うべからず。動かざるものこの炬燵で休むべからず。」

 暇人、と言いたいけれど、こっちも暇人だ。ただ、攻撃力の差が歴然としていて、象と蟻ぐらいある。角砂糖一つで得られる幸福感は小さい方がより高いはずだけど、角砂糖がなければ意味がない。圧倒的なまでの差、まさに歯牙にもかけないと言うレベルである。けれど、よくよく考えると、小指一本程度で相手はしてもらえるのだから、蟻の側としては、もしプライドとかそんな感じの曖昧でよく暴走するための種にもなるものを考慮すれば、うれしいはずである。全然、まったくこれっぽっちも蟻ほどにもうれしくはないが。

「さっさと起きろ!」

 エクスクラメーションマークの登場だ。感嘆符とも言う。結構危なくなってきたらしい。けれど、出たくない。動きたくない。でも、痛い。なんか、痛い。

 しばらく、攻防が続いた。もちろん、攻撃する側と防御する側が入れ替わることはない。問題なのは、このコタツという空間の所有者をはっきりさせることだ。ここで引けば、次もまたやられる。耐える事で勝ち取ることができるものもある。特に、短気な人に対しては。

「暑い」

 攻撃が止んだ。コタツで暴れるという暴挙はさしもの象でもこたえるらしい。これで少しは大丈夫かと思い、コタツでゆっくりするという明るい未来を夢見始めた。が、すぐにこの期待は斬って捨てられる。夢というほどの夢ではないというのに、滅多切りだった。

 ばさっ、と布団が舞う。いや、舞ったのは埃だ。テーブルクロスのように布団は一瞬で抜き取られ、舞う暇などもらえずに、そのままくるくるとまるめられて隅の方に投げられた。そして、丁寧に布団に包んであったコタツの中の熱というものが、一目散に逃げ去った。ああ、そうだった。熱というものに自分ほどの忍耐強さなどあるはずもない。何かをするたびに、色々な場所から色々な方面へとすぐに逃げたがる彼らにとって、外気にさらされたコタツというのは、もはやいる意味がない。なんと、甘えたがりな彼らだろうか。しかし、恨むべきはこの暴挙に出た怪物の方である。決して、決して、もっと自重せよとか、少しは耐えろとか思ったりはしない。

「どうだ!!さっさと出ろ!!」

 どうだといわんばかりの顔でどうだと言ってくれた生真面目さには感服致します。熱の逃げたコタツ。これは本当にもう意味がないのかと言われれば、少しはある。コタツの天板だとか、足だとかには、逃げずに残った、いや逃げ遅れたに違いない熱たちがいる。こいつらをどうにか・・・。

「ぶぎゃっ」

 踏まれた。同じ地を這う動物とは思えないほどの違い。なんせ、向こうは二足歩行で、こっちは四足歩行だ。何が違うって、視点が違う。いつも見下ろされる側なのだから。しかも、無言で。弟君はいつもこの暴君にしてやられているみたいだが、ここは狩猟本能という遠い先祖の威光を、コップの底に残った砂糖を狙う気分で奮い立たせよう。はて、共感できない?いつもいつも贅沢な高質で大量の糖分をとりすぎじゃないですか?高質で贅沢な大量の?大量の贅沢な高質で?日本語レッスンお願いします。我流なもので。

「ふーーーーっ!!」

 さっと体制を整えて、息を吐いた。頭のてっぺんからつま先まで、力をゆっくりと巡らせる。徐々にその力を強めていき、時を計る。狙うは足元。思いっきり飛び込めば、この小さな体でも一矢報えるかもしれない。そのあとは一気に離脱して逃走する。ヒット&アウェイだ。英語レッスンも希望。

 ガタタッと、引き戸の開く音が合図となった。標的に向かって一気に飛び出す。我ながら見事なスタートだった。が、やはり鬼は鬼だった。すっと右足が動いたと思ったときには、その足が自分の腹部を捉えていた。さながら、サッカーボールであったのだろう。渾身の力のすべてを別の方向に向けられた先には、かの弟君である。

「ぐふぅっ」

 腹を蹴られた自分が、腹に突撃した結果である。

「あーあ。ごめんごめん。その猫あげるわ。なんか殺気だってたし。ふてぶてしいし。可愛くないし」

 別に鬼の飼い猫をやりたくてやっているんじゃない。それに、メインの飼い主は母君だ。とはいうものの、力なく崩れ落ちる一匹と一人。

 弟、無言である。何も言うことがないのを確認した暴君は、さっさと部屋を出て行ってしまった。これがヒット&アウェイか・・・。

 クッションがあったおかげで本来よりもダメージの少なかった体を、そろそろとコタツの場所へと戻す。弟君は動かない。物音でも聞いたのだろうか。母君がきた。「あらあら」と言いながら、コタツを元に戻していく。もちろん自分は定位置だ。

 疲れた体をゆっくりと休める。どうも、平和というのは存外高くつくらしい。できれば炬燵のようにいらぬ熱が散じないようにしていただければ、こちらとしては幸いだと思う。嵐の過ぎ去った午後のひと時であった。


*一部修正

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