百合の花の咲く丘で 3 ~Knockin'on Heaven's Door~
「君の言葉が真実であることの証として……」
焦ってはいけない。
ゆっくりと、そして確実に最高潮の空気を作り上げるのだ。
「は、はい……」
秋帆ちゃんの表情はどこか不安そうだった。しかし、瞳の奥では答えを待っている。
今なら、今なら彼女に告げることが出来るかもしれない。
「君の唇を私にくれないか?」
私の異常とも言える欲望を――っ!
「――っ」
秋帆ちゃんの表情が、意識が一瞬凍る。
しかし、彼女は強い意志で自らの意識を取り戻す。
「……わかりました」
はははははー!
なんちゃって、なんちゃってー。
可愛い女の子は好きですけれども、スキンシップも嫌いではありませんが、いやいや、大好物ですけれどもね。さすがにさすがに唇と唇は――って!
……は?
え? いいの?
「……ん」
秋帆ちゃんは、そんな静かな声を漏らして瞳を閉じた――。
不安そうに胸の前で両手を組み、遠慮がちに唇をすぼめる。
「ん……、え……?」
私の台本に狂いが生じる。
さすがの秋帆ちゃんもここまでやれば、冗談だったと気づいてくれると思っていたのだ。
「もう、やだぁー、やめてくださいー」とか言いながら。
だがこの状況はどうだろう。
意味不明だ。
私も不安になって、夏耶、未冬ちゃんの方に目をやるが、二人も顔を赤らめて私達の一挙一動を見守っていた。いや、これは凝視、だな。
くそっ! お前らも免疫がないのかっ!
ウブかっ! ウブなのかっ! 当事者の私はどうすればいいんだ!
私は秋帆ちゃんの方に顔を戻す。
微かに震えた彼女がそこにいる。
閉じられたまぶたにぎゅっと力を込め、頬を染めているのは不安に駆られているからなのか、それとも――。
すぼめられた唇は、リップをつけているわけでもないのに艶かしい光を放っていて、見るものの目を奪い、離さない。
離すことを許可しない。
「た、隊長……、敵は、敵はあまりにも強大です……っ」
見守って、もとい、凝視しているだけの二人からの返答など求むべくもなかった。
そして――何故かはわからない。
私は秋帆ちゃんの唇から目を離す事ができないまま、少しずつ自分の唇を近づけていく。
近くで見るほどに、花弁のようにしっとりと瑞々しく、適度にふっくらとした唇が余計に私の意識を惑わす。そして、鼻を優しく撫でる香水の香り。私の意識が溶けていく。
は、……はぁぁぁっぁっ!
も、もう、……だ、だめっ――。
自分の体だというのに、それは全く言うことを聞いてくれない。
必然、私の唇と、秋帆ちゃんのそれはゆっくりと近づいていき――
「っ、こらぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
がばぁっと、寸でのところで夏耶が私と秋帆ちゃんの間に体を入れてきた。
夏耶は渦巻きのように目をぐるぐる回していた。
そんな様子を見て私は唇の呪縛から解かれる。
「はっ……、わ、私、いま、なにを……」
「ば、馬鹿かお前らはっ! 冗談にしてもやりすぎだ!」
うはははは。
なぜか、顔を真っ赤にして凝視していた夏耶の方が慌てていて妙に笑えた。
「なに、笑ってんだ! ことの重大さがわかっているのかっ! お前らは今っ、おっ、おっ、女同士で……き、きっ、キ…ス…を……」
夏耶の照れ屋スキルが発動していた。
”キス”と、自分で言って自分で照れているのだ。
全く可愛い子ですなぁ。
しかし、さっきの出来事は何だったのだろう。
まるで魔法にでもかけられたように私は秋帆ちゃんの唇から目を離せなくなってしまった。
恐るべし、魔性の唇。
「え、えへへー、ごめんねふざけすぎちゃ……った?」
秋帆ちゃんの様子がなんだか変だ。
赤く染まった頬に両手を当てて、瞳は大きく見開かれていた。
「は、は、はぅ……」
そんな言葉普通に話す人いたんだ?
秋帆ちゃんにしか使えないし、似合わないよ。そんな、はぅ……、とか。
私の内側、脊髄のもっともっと中のほうからじわじわとせり上がってくる熱い感情がある。
なんて、なんて――可愛いんだろおかっ!
「もう無理ぃぃぃぃぃーーーーーーーーー!」
「きゃぁっ!」
そう言って、居ても立ってもいられなくなった私は秋帆ちゃんに抱きついた。だって、可愛すぎます子のこのしぐさ。反則です。
そうそう、スキンシップといえばこれだ。
キスなんて、キスなんて……思い出すだけで恥ずかしい。
ぐりぐりと頬ずりするたびに、秋帆ちゃんの香水の香りが私を包んでいく。
ああっ、まさに至福のとき。
うひょーーーーーーーーーー。
「あっ、ちょっ……、とっ、……やっ、種っ、薪、さん……たらっ、んっ……」
私のぐりぐりの勢いに押されて、秋帆ちゃんの漏らすうめき声は途切れ途切れになる。
な、なんだか異様にエロくないですか?
お、おじさん、おかしくなってしまいますぞ。
「や、やめろってのっ、こ、こらぁ!」
怒っている風だけど、明らかに秋帆ちゃんの言動に照れている夏耶。
全く、夏耶も好きですなぁ。思春期ですなぁ。
顔真っ赤じゃないか。
あれ、そういえば、未冬ちゃんは――
おお……、真っ赤になった顔を天井に向けて床にぶっ倒れていた。
(゜△゜)←こんな感じだ。
沸騰した頭からは煙が立ち上っている。
未冬ちゃん……、そんなあなたも可愛いぜ。
あとで抱きしめてあげよう。
――そんなこんなで。
あの後、夏耶に無理矢理に引き離されて、渋々秋帆ちゃんとくっつくのを諦めた。
もう、私の至福のときを返してくれよ!
仰向けに倒れていた未冬ちゃんも息を吹き返したものの、未だになんだかもじもじしている。
「ったく、さっきも言ったけど、やりすぎだ! 悪ふざけが過ぎる! 見ろっ、み、皆見てるだろ!?」
そ、そういえば、さっきからえらく周りの視線が痛い。
「ははは、なんだか止まらなくなっちゃって……」
「……小春は変態なんだよね」
「なっ、何その前から知ってた、みたいな言い方ムカつくっ!」
「……小春は変態である」
「妙な言い切り方しないでぇっ!」
未冬ちゃんとのやり取りは息が切れる。
彼女の途切れそうな声で切り込まれると、何故か声を大きく荒げてツッコミたくなるのだ。
ぜーぜー、息を吐きながら未冬ちゃんをジトリと眺めていたんだけど――。
「え……えへへぇ。……ああいうの、いいかも、です。」
なんだか恥ずかしそうに、そしてうっとりとした目つきで秋帆ちゃんはそう呟く。
直後、がたーんと椅子が、机がが倒れる音。
夏耶大佐と未冬二等兵。
二人の顔はまさに血が通っていることを証明するかのように真っ赤に染め上げられ、私はというとどんどん血の気が引いて青ざめていくのがわかった。
この日、月白秋帆は開けてはいけない大人の扉を少しだけ開けてしまった……。