百合の花の咲く丘で 1 ~奏明女子高、お礼参り編~
「何こっち見てんだよ……?」
そう言って英吉はその目だけで人を射殺せそうな、強烈な殺気を放つ――。
「あん? 何か文句あんのかよ?」
そう言って、龍二はきつく拳を握り締めた。
今にも爆発しそうな”何か”が彼の体を包んでいる――。
「オラァッッ、……どうした? 立ってみろよ? あ?」
強烈な蹴りを放った冴島が、うずくまっている鎌田をしげしげと見下ろす。
鎌田も鎌田でやられっぱなしではいられないと、顔を上げて冴島をきつく睨む。
「……は、はぁ? こんなもんで、……くっ、俺をやれるとか思ったわけ……?」
鎌田とて、一高の看板を背負っている。
そう易々とやられてしまうわけにはいかなかった――。
日本には古来からかの者たちのような不良、と呼ばれる方々がいらっしゃる。
彼らは鋭い目つきで相手を射抜いて、全てを破壊してしまうかのごとく強烈に暴れまわる。
普段は恐れられている彼らだけれど、自ら社会のルールからはみ出して気ままに生きているように見える彼らにどこか憧れを持ってしまう。
昨日から晴れて私立奏明女子高等学校の1年生として入学した私は、DNAに刻まれた宿命がそうさせたのか天性の悪っぷりを発揮し、早々に入学式を欠席した。
といっても、別にハクをつけたかったわけではないし、教師をビビらせたかったわけでもない。
ましてや盗んだバイクで走り出して校内を走り回ったり、金属バットで廊下中の窓ガラスを割りたかったわけでもない。
そもそもそんな度胸がない。
……出血多量で保健室へ直行したのだ。
ん? 相手? 何の話だろうか……。
私が一人で勝手に鼻血を出してぶっ倒れた、ただそれだけのことだった。
美しい容姿をまとった女子による、身悶えを起こすほどの愛くるしい所作が私を天国へ召したのだ。
ん、……ああ、神はいないんだったっけ。
もとい、私を桃源郷へと誘ったのだった。
それは確かに私のDNAに深く刻まれた宿命だった。
いいじゃんか。
可愛い女の子、大好きなんだもん。
や、別にそっち系ってワケじゃないんだよ?
そりゃあ確かに、可愛い女の子と可愛い女の子がくんずほぐれつあんなことやこんなこと――
……なんだか前にもこうやって醜態をさらした気がする。
その上理不尽に殴られた気もするので、この辺で自粛しておこうと思う。
何はともあれ、私はそんな風にこの学校でのデビューをある意味最も華々しく飾ったのだった。
そんなわけで、教室に入ってすぐに中の空気が変わってしまうほどに私への注目が集まるのも当然だった。
こんな形で、目立ちたくなかったよ……。
「あの子でしょ? 入学式をばっくれたって子」
「怖くない? ヤンキーだったりするのかな?」
意識せずとも周囲のヒソヒソ話は私の耳に入ってくる。
私のすぐ後ろでは、腐れ縁で親友の夏耶が笑いを堪えている。
「どっかのチームに入ってるって聞いたけど……」
「へ? 親分さんの隠し子じゃないの?」
おいおい……。
「あれ、パイロットで何とかチルドレンじゃないの?」
……。
「でも結構可愛くない?」
「宇宙人だからじゃない?」
なっ、おい、今なんで持ち上げた!
その結論に至るだけだったら持ち上げる必要ねいよ!全然ねいよぉっ!
そもそも何、宇宙人て。
人じゃねーし……。
「はぁ……」
一人一人誤解を解いて回ろうという気も失せてしまい、ため息を吐くのが精一杯だった。
「ったく、わかってないよなあいつら。
昨日はあの時間UFOに戻らなきゃいけなかったんだよな?」
そういって、夏耶は私の肩に手を回してくる。
ニヤニヤと……く、くそぉ。
「……夏耶が何の加減もなく私の顔をカバンで殴るからじゃん……」
紛れもない事実を突きつけて、これでもかというくらいにジト目で夏耶を睨みつけてやる。
「あーれぇ? そうだったっけなぁ……」
気持ちいい位、綺麗に私の視線をスルーしてあさっての方向を向きやがった。
おまけに吹けもしない口笛を吹いているし。
その音はガス漏れしているコンロのようだったよ、このヘタクソぉ!
ばーか、ばーか!
……。
「ふふふっ、おはよう、種蒔さん、蒼深さん」
私達のギスギスした空気を完全に忘れさせてくれたのは、私の癒しの女神ポニテイルこと、月白秋帆ちゃんだった。その可憐で柔らかい笑顔――何よりそれと同時に細められた目が私のハートを完全に打ち抜いた。
だが、体を打ち抜かれたはずの私のHPはMAXまで回復する。
「……あんなことしたんだよ? やっぱり自業自得だよ」
そう言って、昨日も聞いた胸が痛くなるようなツッコミを再度入れてくる小柄な女の子――轍未冬ちゃん――が、机をはさんで秋帆ちゃんの目の前に座っている。
なんとも表情の乏しい女の子なんだけれど、体からにじみ出ている空気がとても愛らしい、憎みきれない子だ。というより、保護したい。――否、捕獲したいです。
その時だった。
何かが風を切るような音が聞こえ――
「わぶっ」
夏耶の手刀がごつり、と私のおでこにヒットする。
「いでぇよぉ……夏耶ぁ……」
”て”を”で”に変えることで痛さをアピールしたかった――無駄だった。無視された。
こんなことを小学校から続けているわけだけれど、いやぁ友情って不思議だとつくづく思う。
はたから見たら、じゃれ合っているように見えるレベルではないもん。
「その鼻の穴をや・め・ろ」
私は可愛い女の子を脳内にスカウトして妄想を始めてしまうと鼻の穴が広がるらしい。
私のような才色兼備を体現したような女に、そんな欠点などあるわけないのに。
怒っちゃうぞ? ぷんぷんっ!
……なんて事を言っていたら、飽きられてTVで見なくなったタレントさんがいたなぁ。
私も、これを機にやめることにしよう。
「むぅー……。おはよ、二人とも」
「おー、おはよ」
態度に違いこそあれど、私達は向かい合って座る二人と挨拶を交わす。
昨日知り合ったばかりの、新しい友達。
「ほんとに二人のやり取りは面白いですね。お笑いさんみたい」
「……同感」
秋帆ちゃんは柔らかく握った掌を口元に沿え(←ここ大事だよ!テストに出すよ!)、クスクス笑いながら私達の様子をそんな風に表現する。
そして、ボソリと未冬ちゃんも同意を示す。
「えー? そんなことないよー。夏耶はともかく、私みたいなのはお笑いに向かないって」
「このクラスには相対的にお前より向いていそうなやつは、まず見当たらないぞ」
私と夏耶の刃が音を立てて再度ぶつかる。
「相対性理論なんて時代遅れの代物使ってるから見つけられないんだよ?」
今のは決まったでしょ?
知性溢れる切り返しだよね?
「……」
ほら見てよ!?
夏耶ったらぐうの音も出ないじゃんか!?
…………。
ん、あれ? 何かがおかしい。
――秋帆ちゃんも未冬ちゃんもぽかんとしている。
未冬ちゃんに至っては、無表情な瞳の奥には大きな哀れみの情が垣間見える。
「あ、あれ……? どうしたの? みんな……」
ナニカガ、ナニカガオカシイ……。
すると秋帆ちゃんがグイと制服の裾を引っ張って私を引き寄せる。
「あ、あのね、相対的、ですよ。他の人たちと比べてってことですよ……?」
耳元で放たれた声は体を波打たせたくなるような優しい声と吐息。
私の体はクネクネ踊った。
――。
夏耶に殴られた。
「そ、それに相対性理論は今の物理学の基本なのですから、否定してしまったらこの世界がひっくり返ります!」
なにやら、私が軽い気持ちで口走った言葉はなかなかに酷く、かつとても恥ずかしいものだったらしい。
でも――、今更、後には引けない。
私は完全にトラックの逆方向にロケットスタートをかましていたからだ。
「へ、へぇ……。な、なかなか痛快じゃない」
誰かにここで”何が?”と問いかけられた時点で詰みだ。
完膚なきまでに論破される。
「お前の脳内は相当に愉快だな」
「なっ――」
私にだって今のはわかる。
夏耶は完全に馬鹿にしている。”何が?”よりも、鋭く、そして皮肉がたっぷりと塗りこめられた刃。しかも韻を踏むなんて高等なテクニックまで使っている。
私も何か言い返さないと……このままじゃ――やられっぱなしのままじゃ、種蒔家の名誉に関わる。
「皮肉を言いながら韻を踏むなんてなかなか腕を上げた――」
「……そしてクサイ」
…………。
私の言葉を遮る様に未冬ちゃんが悪ノリしてきた。しかも言うに事欠いて――
「く、クサイって、無理矢理韻踏みたいがために言っただけじゃんっ。
私クサくなんかないわーーーっ!
オリエンタルなの! フローラルなの! ブルーハワイなのぉ!」
最後のはカキ氷だったけど。
「……かつ、ウルサイ」
理不尽です。理不尽すぎます。
「むきゃーーーーーっ!」
口では怒ってるけどさ、私半泣きだよ。言われもないことばかりじゃんか。
「……おまけに、切ない」
「なっ、なにそれ、私は見るからに切なそうってこと?
それとも見てると切なくなってくるって事?」
「……後者だよ」
「私可哀想なんかじゃなーいーーーっ」
「……だったら、村井」
「誰じゃそいつぁーーーーーー!!
せめて形容詞を並べてよ!!
村井さんっておっさんじゃん、意味がわからんじゃんか!」
そもそも、苗字だけで性別・年齢など判断できるわけはないのだけれど、深くは追求しないで欲しい。世の中には放っておいた方がよいものもたくさんあるのだから――。