こんな出会いだったよね? 5 ~クラスチェンジ~
単刀直入に言おう。
私は入学式を欠席した。
ビシッ!(←親指を立てているの)
……はは。
学校を目の前にしてあのまま気絶してしまった私は、保健室に運び込まれてそのまま寝かされていたのだ。
あんなに意気揚々と学校に乗り込んできたというのに、そのスタートラインにたつことができなかったなんて……。
なんて滑稽なんだろう。
つい先ほど目が覚めて見慣れない天井を見たときは声が出ないほど驚いたけれど、よくよく考えて今の事態に納得した。そしてとてつもない自責の念に駆られた。
入学早々赤面、入学早々鼻血、入学早々赤面、入学早々鼻血……。
嫌なループだった。
カララ、と静かにカーテンが開かれる。
ぼんやりと、そちらに目を向ける。
そこにいたのは、親友の夏耶。
――そして、今朝出会ったポニーちゃんとおチビちゃんだった。
夏耶の釣り目は先ほどとは打って変わって角度を失っていた。
これはどうやら、本当に心配してくれているらしい。
ぶん殴った当事者、と言う自覚はあるようだった。
ぶん殴らせた本人、と言う自覚を私も持たなければいけないようだった。
ポニーちゃんはもちろんのこと、あの表情に乏しいおチビちゃんまでどことなく不安そうな空気をまとっていた。
「だ、大丈夫か?」
心配そうに夏耶が聞く。
殴り倒したという事実が余計に彼女を不安に駆り立てているみたいだった。
「あのあと、ピクリともしなかったから、心配しました……」
おろおろしながらも、なお一層優しげな目を垂れさせていたのはポニーちゃんだった。
しかし、戸惑っていても気品は損なわれていない。
一体、御両親はどんな教育を施したというのだろう。
ねぇ? 夏耶?
そんな心の声と私の嫌味な目線がシンクロして夏耶に向けられる。
病み上がりのうつろな視線とは明らかに違うそれを感じ取ったのか、
「ん……?」
と、夏耶は明らかに怪訝そうな顔をしている。
ま、まずい……。
「……大丈夫、なの?」
そんな私を救ってくれたのはおチビちゃんだった。
小さな声だったけど、明らかに私を心配してくれているのがわかる。
な、なんか、意地悪してごめんね……。
「う、うん……、わざわざありがと、みんな」
みんなの言葉を聞いて、私は体を起こす。
あきらかに私の異常な行動が発端となって起きた事件だったので、心配されればされるほどになんだか悪い気がしてしまう。
「わ、わたしはほら、見てのとおり大丈夫だからっ」
ぐいっと右腕をまげて、ありもしない力こぶしをアピールする。
もちろん鼻息も混ぜるさ!
ふんっ!
――と吹いたときだった。
何かが私の鼻で弾けた!
そんな気がした。
そしてポトリ、と私の太ももの上に血に塗れたガーゼが落ちる。
どうやら鼻血対策ということで鼻につめられていたらしい。
「お……?」
あまりに意外な展開にそれしか言葉が出ない。
「ぷ……」
最初に吹き出したのは誰だったか。
そんなことはすぐにわからなくなった。
とたんに笑い声が弾けたからだった。
凛とした夏耶の声、朗らかなポニーちゃんの声、少し控えめだけど可愛いおチビちゃんの声。
――そして、その場の空気を引き締める透き通った私の、笑いご――
「んでっ!!」
夏耶の手刀が私の後頭部に落ちてきた。
「何でこのタイミングで叩くの? ……ま、また鼻血でたらどうするの!?」
「おかしな顔してたからまた良からぬ事考えてたんだろうなと、思ったんだけどな」
「くっ、こんな時くらいその無駄に鋭い洞察力を鞘に納めたらどう?」
「正義の味方はいついかなるときも休まないものなんだよ」
「悪っ? 私悪なの?」
「ああ、自覚なかったのか?」
「ひどぉぉぉいーーっ!!」
拳を握り胸の前でぶんぶん振って、怒りをアピールする。
しかしどうだろう、みんなの笑い声は余計に大きくなる。
な、なんで? いや、確かにボケとツッコミって感じのやり取りではあった。
でもなんか違うのだ。
それによってもたらされた笑いじゃない。私のお笑いセンサーは敏感だった。
ポニーちゃんやおチビちゃんが笑うならまだしも、夏耶もゲラゲラ笑っていた。
「ふふ、あはは、種蒔さん、ぷふふ、そ、それ……」
「……く、くふふ、ひ、卑怯なんだよぉ……」
どうしたというの、二人とも。
たしかに口元を上品に押さえたり、お腹を抱えたりしているさまは可愛いですけども。
「おい、ははは……っ、小春、あのな……、鼻血の拭き残りが、まだ、ついてて…あはは、だめだっ……」
そう言って、夏耶は盛大に笑い出す。
どうやら、鼻血の拭き残りがまだ付いていたらしく、鼻血を垂れながらも両腕を振り回し戦い続ける勇敢な戦女神アフロディーテを髣髴と――
「っいだっ!!」
刹那のツッコミ。
夏耶……、またお前モノローグを読んだな……。
しかし、これは遺憾だ! 遺憾の意を示す!
しどいよ……、だって――
「ふ、不可抗力じゃんかっ!」
涙ながらにそう抗議する。
神は三人とも去った!
やっぱり無神論者でいることにする!
「そ、そうですよね……ふふっ、ごめんなさい」
まだ、笑いは収まらないながらもポニーちゃんは謝まりながら、ティッシュでその血を拭き取ってくれる。おまけに芳しい香りまで嗅がせてくれた。ありがとうごちそうさまポニーちゃん。
「……自業自得と言うんだよ」
猫みたいに口をωに変えておチビちゃんが言い放った。
「ははっ、全くその通りだな」
なんだかいつの間にかおチビちゃんと夏耶が結託している。
人見知りのはずの夏耶がこんな短時間で、私以外の人と仲良くなれるなんて……。
や、別に悔しいわけではないけどさ……。
同意を得られたおチビちゃんは頬を赤らめて嬉しそうにしている。
「なかなか鋭い、いいツッコミだぞ、……ミ、ミト」
しかも呼び捨て。
本当に信じられない。
そして悔しくなんてない、春。
若干照れているところが、可愛いぜちくしょーめ!
そして――
「……はい、……ありがとうございます……!」
けいごっ!
そんな日常系マンガが始まりそうなくらいに驚いた。
同学年なのに敬語使うのっ? いつの間に師弟関係を結んだのだろう。
すごい得意気だし、おチビちゃん……。
「なんだか、みんな仲良さそうだね……」
何度も繰り返すようで申し訳ないけれど嫉妬したわけではない。
決して、私が一人で寝ている間にみんなが少しだけ仲を深めた事を羨んでいるわけじゃないんだ。
……じゃあ、何なのかと言われると――まあ、困ってしまうわけだけど。
「全く、なぁーに妬いてんだよ?」
「そっ、そんなんじゃないもん……」
全く、こういうときに幼馴染は困る。
的確に私の内面を洞察するからだ。
うまく反応できずにむくれてそっぽを向くしか出来なかった。
「かわいいやつめ」
そういって、夏耶は私の頭をなでてくる。
「や、やめてよ……、子供じゃないんだから」
「はは、悪かったよ」
そう言って、夏耶は苦笑しながら私の頭から手を離す。
本当に恥ずかしい。きっと私の顔は盛大に赤くなっているに違いない。
え? 倒れる前までの反応の方が恥ずかしい?
そんな事はないっ。よく聞け世の紳士淑女達よ。可愛い女の子にああいう反応を示してあげるのはマナーなんだからね。
「実はな、私達みんな同じクラスになったんだよ」
「え?」
寝耳に水とはまさにこのことだ。
そこまで偶然が重なるものかと。
「だから、お前だけ仲間はずれってわけじゃないんだよ。な? 良かったろ?」
また、私をからかうような顔で夏耶は笑いながら言う。
「そ、そうなんだ……」
それは嬉しいことだ。
だけど、それに反応できない。
あまりに突然の出来事で。
「驚くのも無理ないですよね。私達も教室で会ってすごく驚きましたもん」
そんな風ににこにこ話すのはポニーちゃん。
今日からこの可憐な少女と毎日会えるというのですか。
「だから、よろしくお願いします種蒔さん。私、月白秋帆といいます」
「う、うん……よろしく」
いまだ驚きから開放されないまま曖昧な返事を返す。
「……アタシ、轍未冬。……よろしく」
無表情ながら薄く頬を染めて挨拶してくるのはおチビちゃん。
夏耶以上に人見知りっぽい雰囲気を醸し出している。
今日からこの可愛い小動物のような少女と毎日会えるというのですか。
やっと、やっと私の瞳に光が戻る。
気品にあふれた秋帆ちゃんと、愛くるしい保護欲を掻き立てる未冬ちゃん。
この二人が――
……ああ、あと恥ずかしがり屋で男勝りでお嬢様で意味不明なラブストーリー願望を持ってる私の親友が――
私に、生気を吹き込んでくれた。
悶えるような可愛さに囲まれる毎日がやってくるのだと思うと、それだけでまた鼻血が吹き出そう。
「よろしくね、みんな。
私は――種蒔小春!」
こうして、私達は出会った。
決して最高の出会いとはいえなかったし、なんだか私だけが異常に恥をかいたような気もするけど――
そんなことを吹き飛ばすような、楽しい毎日が始まりそうな気がする。
だって、私達は今日から高校生にクラスチェンジしたのだから。
はぁ……。長かった。とりあえず主要なキャラの人物紹介がやっとこの話で終わります。
他サイトからの引越しだったのですが、多少書き直しなども含めやっとこさ終わりました。長さがバラバラで読みにくかったかもしれませんが、どうか御容赦を。
それではこれからも続きますのでよろしくお願いします。