いかれたリチュアル 2 ~石橋を叩いて割った~
ぐるぐるといたたまれない夏耶を救う案を模索する。
その間も教室中のざわめきは大きくなっていく。
小石で出来た小さな小さな波紋が、大きく広がりを見せていくようだった。
「ちょ、ちょっとみんな、蒼深さんも一番最初で緊張しているんだからっ――」
美織先生はそんな風にクラスの皆をなだめようとする。
「でもっ、夏耶は白身は嫌いだって言ってたじゃないっ!!」
とんだトンでも発言だった。
わかっている。わかっているよ。皆まで言うな。
私はフォローどころか共倒れを覚悟で叫んだ。
「……は、はぁ?」
そんな風に呟いたのは、さっきまで俯いていた夏耶だった。
目にはうっすらと涙を浮かべているようにも見える。
涙を浮かべてマグロとは、全くこの子は本当に照れ屋なのだろうか……。
いつもの夏耶ならいざ知らず、今の彼女ではこの寸劇についてくることは出来ないだろう。
「あの時、私に突き返したじゃないっ、こんな、こんな淡白なもの食えるわけ無いだろっ……て……」
だから、私は自らの席を離れ先生が制止する声も振り切って夏耶に近づいていく。
教室中が今、私達を、もといっ、私を突如現れた変態でも見るような目つきで凝視しているのがわかる。
さいっこーに恥ずかしいっっっ!
「だから、だから私……、赤身なら……赤身なら夏耶が食べてくれるんじゃないかってそう思ったの!」
言っていて、何が何やら意味がわからない。わかるわけがない。
収束させる為の方法などわからない。いや、わかるわけがない。
だけど、とりあえず夏耶のすぐ隣にまで来ることはできた。
(夏耶っ、何あんた勝手に人の心読んでワケのわかんないこと言ってんのよっ……!)
私と夏耶の小声でのやり取りが始まる。
(なっ、お前が私のこと赤深とかワケわかんないこと言うからだろっ!)
(言ってないっ、思っただけ! だから皆は余計にこんがらがってんだけど……っ!
つか、あんたね、いくら動転してるからって皆は話の流れがわからないんだからいきなりマグロとか言ったらビックリするでしょうがっ!
一つ間違ったら大事故な発言だよっ!?)
というか、すでに事故っているような気もするけれど。
話の流れがわかっている私ですら一瞬面食らったのだ、周りのみんなの反応は推して知るべしだった。
(だ、大事故って、マグロぐらいでなにをそん、な、に――)
自分で言っていて気づいたらしい。
私ですら口にするのを憚ったその先にあるものを想像してしまったのだ。
「ひぁぁぁぁ……」
裏返った夏耶の情けないうめき声が教室中に響き渡り、クラスのみんなが一斉にビクッと肩を震わせた。全員が宇宙人にラジコンで操られているかのようだった。
秋帆ちゃんもポカンとしているし、……だが、なぜか未冬ちゃんはとても焦っていた。明らかに挙動不審。まぁ、あんたの上官のピンチだからね……キョロキョロ、オタオタ具合がサイコーに可愛いから許しますけれども。
と、そんなことよりも――
(勝手に想像して恥ずかしがってる場合かっ!
あんた、一番目なんだからねっ! とりあえず適当に私の発言に付いてきてよ?
うやむやにしちゃうから)
(う……うぅ、た、助けてよぉ、小春……こはるぅ……)
状況が状況だからか、いつもの夏耶の姿は見る影も無い。
瞳をぐしゃぐしゃに歪めて、赤らめた顔でもって私にすがり付いてくるその様は――。
無茶苦茶に可愛かったっ。
最高ですねっ! 親友よっ! ええ、助けてやろうじゃない!
でもっ、共倒れてもうらまないでねっ!
「でも、じゃあどうしたら良いのよっ!
赤身も白身もダメ……。
八方塞りだわ。蛸も真っ青じゃないの」
必要の無いシャレだった。いつもの茶目っ気が出ちゃったっ、てへっ☆
「い、いいえっ、まだ一つだけ……一つだけ残されているわ。
ほ、方法はある……」
言葉に若干躓きながらも付いてくる夏耶。っていうか、そんな言い方するとオチは夏耶が用意しなくてはならないのだけれど大丈夫なのかな。
「え? 本当っ!? おしえてっ、その第三の方法ってなんなのっ?
私、夏耶に魚を食べさせたい!」
どれだけ私が熱意をこめて教えを請うようなフリをしたって――クラスの皆はぽかーんだ。
そりゃそうだろう。
なんなのだ、この食べられない魚を食べさせてあげたいストーリィ。
私はクラス中の冷ややかな視線を浴びながら、ゆっくりと自分の席へと足を向け、椅子のすぐそばに移動する。
「それはな、――」
夏耶がオチに至る為の道筋を整える。
さあ、何でも来い。
受けてやろうじゃないの。
準備は万端。どんな内容でも、どれだけ馬鹿げたことを言ったとしても――
全てを受けきってあんたを助けてあげるから!
「クジラの肉だっ」
ふ、ふぉぉぉぉぅ……。
か、夏耶よりによってなんてオチを……。
と言うかオチてない。
「か、夏耶っ……それは、ほ、哺乳類だよっ……?」
「……」
当たり前のことを、当たり前のようにツッ込んだ。
刹那、教室中に広がる沈黙。
意味もわからずに聞いていたクラスメイトたちの”?”は静かな殺気に変わっていく。
背筋を這い登ってくる冷たい空気。
長年付き合ってきた私だからわかる。
夏耶も同じようにこの感覚を味わっているはずだ。
こんな風に目立つつもりは無かったのだ。
緊張していてもいい。夏耶が自らの名前を言ってそしてゆっくり席についていれば……。
そんな、今となっては夢のような場面が私の頭の中をよぎる。
ふふっ、そうだ。
すべては現実であり、そして夢だったのだ。
目を付けられることなく、自然な形でクラスに馴染む、そんな身に余る夢。
私達は申し合わせたように深々と頭を垂れ――音も無く席に着いたのでした。
とりあえず、ストック放出はここまでです。少し間が空いたりするかもしれませんが、続けていく所存です。
よろしくお願いします。