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こんな出会いだったよね?

 挿絵(By みてみん)

 

 宙に舞った桃色の花弁が空に透ける。

 優しい風に乗ったそれはゆらゆらと目の前を流れ、そっと私のブレザーの肩口に着地する。

 私は額の前にかざした手の平からあふれ出る春のあたたかな日差しに目を細める。

 3年間歩き続けた通学路に別れを告げ、この春からは新しい道を辿ることになる。見慣れた十字路を直進。目の前にそびえ立つ長い長い坂を見上げる。これからはこの馬鹿馬鹿しいほどに長い坂を3年間上る羽目になるのだ。

 そんなことは入学案内や学校説明会では話されておらず、県外から来る子は初日にこの坂の洗礼を受けることになる。先生たちが職員室でほくそ笑んでいるのかと思うとこぶしを握らずにはいられない。

 

 ――お前は三年間、この坂道を上り続けることができるのか?

 

 そんな意地悪なささやきが今にも聞こえてきそう。音を上げてしまいたくなるほどに急だ。

 今から、夏を想像するだけで汗が噴き出してきそうだし、冬を想像すると下まで滑り落ちていけそうな気がする。

 私は生まれてこの方、ずーっと県内で過ごしてきたからこの坂のことも知っていた。知っていたけど、この学校を――いや、しか受験できなかった。選択の余地などなかった。

 そしてかろうじて受かった。

 ……はんっ、他の子は滑り止めとか言っていたけどね。

 すごく腹が立った……。

 イライラした……っ。

 ほんの少しむくれたっつーのっ!

 お陰で頬の皮も少し伸びたっ!!

 この学校を受験すると言ったときに鼻で笑われた進路相談の日を、私は……私はずぇぇぇぇぇぇぇっったいに忘れないっ。

 ああ……なによ、もう、入学早々泣きたくなってきたじゃんか……。


 ……てへっ☆ 

 なーんて、ちょっとセンチ入っちゃったかな。

 いけないいけない。入学早々困難じゃダメだぞっ!

 そう言って(もちろん脳内でだ。こんなこと現実に口に出したらそれだけで退学モノだ)私はげんこつを作ってコツンと頭をたたく。もちろんウインクとペロリと舌を出すことを忘れない。

 これから始まる新しい高校生活のことを考えただけで涙なんか吹き飛んじゃうよねっ!?

 胸躍る学校生活、新しい出会い、そして燃える様な恋……、ああっ、想像しただけで――


「――ぃだっ!!」


 ようやく、校門の前に到達し意気揚々と校内に入っていこうとしたときだった。

 後頭部に感じたその鈍い痛みに思わずはしたない声が漏れてしまう。

 後ろを振り向いて気づく。どうやら私は学校指定の手提げカバンでどかーんとやられたらしい。


「おぃーっす、小春ぅー」

 

 聞き慣れたその声は、凛としていて、そしてこれからの学校生活への期待が込められていた。

 

「い、痛いなぁ……、夏耶ぁ」

 

「ふははっ、悪い悪い。だってさぁ、まぁた鼻の穴広げて目を瞑って自分の世界に浸ってんだもん。

 優しい、優しい友人としてはちょっと注意してあげなきゃいかんなー、と思ってさ。

 どうせ、現実の自分とは似ても似つかない知的キャラ設定にしようとしたけど、ドツボにはまってキャラチェンジしようとしてたんだろ?」

 

「――なっ……」


 なぜっ!

 鼻の穴を広げていた私を見ただけでどうしてそこまでわかるの!

 私の中の人なのっ!?

  

「どうしてわかったって顔してるなー、くふふ」


 小学校からの長い長い付き合いである彼女はそういって少し下品に笑う。


「むぅー……ったく、お嬢様なのにそんな笑い方してるからお見合いもうまくいかないんだよっ」


「だっ、よ、余計なお世話だっ!

 大体、親が勝手に話を持ちかけてくるだけで私にその気はないっ!

 断じてないんだからなっ!」


 今度は夏耶があわてる番だった。顔を赤らめてむきになって否定している。

 私だって、夏耶の弱みくらいは握っているのだよ?

 何年の付き合いだと思っているのだ、まったく。


「私はなぁっ、そもそも四畳半に住んでいるような極貧の美少年とのサクセス&ラブストーリーがご所望なんだぁああああぁぁ!」


 い、いかん、この人入学初日からネジが緩みまくっている。

 いや、ぶっ飛んでいる。 


「か、夏耶……、ここどこだかわかってる? もう校門だよ?

 今日入学する新入生が所望しているラブストーリーとかどうでもいいし、

 それにいくらホントの事だからって、はっ、恥ずかしすぎるから……」


 私達の、もとい、私とその生い立ちから皮肉にしか聞こえない夢物語を理想とする私の友人の傍らを、クスクス、あるいはゲラゲラと笑いながら生徒たちが通り過ぎていく。

 周りの反応に気づいた夏耶は「ひいぃっ」とかなんとか驚きの声を上げたと思ったら、真っ赤に顔を染めて俯いてしまう。微小に肩が振動しているようにも見えるんだけど。

 も、もしかして泣いている……?

 でもね、入学早々、通学路で自らの理想とするラブストーリーを絶叫したその勇気には大変恐れ入る。

 まあ、尊敬は出来ませんけれども。

 

 ――さて、そういえば私達の紹介が遅れていたよね。

 まずは僭越ながら私から。

 私の名前は種蒔小春たねまきこはる

 ながーいツインテールがトレードマーク。眉目秀麗を絵に描いたようなこれからの物語を語る上で無くてはならない超重要な美少女だから、しっかりと覚えておくように。

 可憐な花が自ら根っこを引きちぎって逃げたくなるような雨留和しい用紙(もちろん子顔)に、よく通る済んだ声、スラッとしたスレンダーなボディ。

 ……なんだか、頭に浮かんだ言葉と文字が一致しないような気もするけど――と、とにかくそういうこと。

 周りの誰も言ってくれないから、完全なる自称だけれどねっ。

 異性にそうと認められたことなんかこれっぽっちもないけどねっ!

 ……はぁ……なんだか頬を何かが伝うような感触があるなぁ、これ、なんだろうなぁ。

 しょっぱいなぁ……。

 

 ……そ、そして私の左隣にいる彼女の名前は蒼深夏耶あおみかや

 いつもサラサラでキレイなロングヘアーをたなびかせていて、スタイルも抜群にいい。

 私が唯一持ち合わせていないふくよかなお椀を彼女は胸に二つも装着している。

 誰もが振り返る美人とは彼女のことを言うのだろう。

 夏耶を前にすると美人で通っている私も霞んでしまうものね、ふふっ。

 ……。

 わ、わかったよ、言い直すよっ!

 夏耶を前にすると自称・美人で通っている私も霞んでしまうもの。

 これで満足か、こんちくしょうっ。

 ……私は今日何回涙を流さなければいけないのだろう。

 神様、今日は入学式のはずですよね? 涙を流すような日ではないですよね? 希望に打ち震える日ですよね?

 うう……。


 ……夏耶は人見知りな子だったけど最初からとてもウマが合った。小学校からずーっと同じクラスで、今ではなんとなくお互いの考えていることや言いたいことがわかる。

 故にさっきみたいな私のモノローグすらズバリと言い当てるときがある。

 ああいうのは、ほんとにビックリするし、恥ずかしすぎるから出来ればやめてもらいたいものだけれど……。

 すごーく長い付き合いになるような、そんな予感が出会った当時からあった。そしてそれは事実になりつつあるのだから、いやぁ、私ってすごいね。(誰もほめてくれないからね!)

 夏耶には男勝りな言動や行動とは裏腹に、とても女の子らしい一面を見せるときがある。非常に照れ屋さんなのだ。

 そんなギャップに私は内心ですこぶる萌えているのです。

 

 そして、彼女の家はとてもお金持ちだ。

 いわゆるひとつのお嬢様、というやつ。

 だというのに、この言動・行動。御両親もさぞや頭を抱えていることでしょうよ。

 だから、なのかはわからないけどよくお見合いをしているという話をされる。

 御両親としては彼氏でも作れば少しは女の子らしくなるはず、という淡い希望を託しているのかもしれないけど、この年齢の女の子に無理矢理お見合いさせるのは正直なんだかなぁ、と思ってしまう。

 その点に関してはすごく同情している。

 だって、花の高校生活が始まるんだよっ?

 新しい出会い、燃えるような恋――


「どむっ!」


「まーた鼻の穴が広がってるぞ」


 今度は手の甲で軽く鼻の頭を小突かれ、バズーカを担いだどこぞのモノアイロボットの名前を髣髴とさせるうめきをもらす私。

 だってすごく痛いポイントにヒットしたんだもん。

 あ……、また涙が出てきた……。

 だから入学初日から何回泣かすんだっ!

 ああもうっ、神は死んだっ! プレゼンテッドバイニーチェっ!


「うぅ、痛いってば……夏耶ぁ」

 

「ぷふっ……ふふ、ふふふ」


 聞きなれない静かな笑い声が私達のやり取りのすき間に優しく入り込んできた。

 控えめでだけどとても女の子らしいその声に二人して振り向く。

 すこし赤みのかかった髪をポニーテールにした女の子――び、美人だぁ!――が手で口元を押さえて笑っている。

 襟元にはわたし達と同じ色のリボンがつけられていて、同じ新入生であることを示していた。


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