第1話:放課後の幽霊
高校二年の秋、放課後の教室はいつも夕焼け色に染まっている。
僕、阿久津 湊は、クラスで最も影が薄い自負がある。目立つグループに属するわけでもなく、かといって不良でもない。その他大勢のピースとして、毎日をただやり過ごしていた。
その日も、忘れたノートを取りに誰もいない教室へ戻った。
自分の席に近付き、引き出しの奥に手を伸ばす。指先に触れたのは、自分のノートではなかった。
使い古された、一冊の大学ノート。
表紙には何も書かれていない。
「誰かの忘れ物か?」
普段なら教師に届けるか、そのままにしておくはずだった。しかし、なぜかその時は吸い寄せられるようにページをめくってしまった。
最初のページ。そこには、驚くほど綺麗な、だけど少し震えた文字で、こう書かれていた。
『あと100日で、私はこの街から消えます。
誰にも言えない秘密。もしこれを読んだ人がいたら、どうか1つだけウソをついてくれませんか?』
心臓が、ドクンと跳ねた。
悪質なイタズラか、それとも流行りの怪談か。普通なら無視するべき不気味な書き置き。けれど、その文字から滲む圧倒的な孤独感が、僕の足を止めさせた。
「ウソ、か……」
僕はポケットからシャープペンシルを取り出した。
自分の本当の名前や、冴えない日常を教えるつもりはなかった。どうせ誰かも分からない相手だ。文字通り、ウソで塗り固めた自分を演じてやろう。
僕は、そのメッセージのすぐ下に文字を書き込んだ。
『僕は世界中を旅している冒険家です。今はたまたま、この退屈な学校に潜入しています。君が消える前に、僕の旅の話を聞かせましょう。ただし、1日1ページだけ』
ノートを引き出しの奥へと戻す。
妙な高揚感と、少しの罪悪感を胸に、僕は逃げるように教室を後にした。
これが、すべての始まりだった。
100日後に消える「君」と、冴えない僕の、ウソつきな交換日記。
この時の僕はまだ知らなかった。日記の向こう側にいるのが、明日から僕の前に現れる、あの輝かしい美少女だということも。そして、彼女の言う「消える」という言葉の、本当の意味も。
カウントダウンは、すでに始まっていた。
残り100日。




