12話レッツお料理教室
「ほら、ここが俺の部屋だ。」
リモリからの命令により、氷川とリモリを部屋に泊める事になった成海は二人を自分の部屋の前に連れてきていた。
「俺は特待生に負けた身だ。だから、あまり文句とか言う気は無いが、最低限共同生活のマナーは守ってくれ。これから男女混同で生活するわけだから特に。それと主席、うちの部屋ではグレネード禁止な。」
「…。」
一通りマナーを言い終えた後、成海は部屋の中にリモリと氷川を通す。
「名波、帰ったぞ。」
「お帰り成海君。今日は遅かったね。何かあった…の…。」
現れたのは薄紅色の瞳と長い髪を持つ小柄で可愛らしい容姿をした少女。
覚えているだろうか?
体力テストの際、握力測定で29kg と言う記録を出していたあの華奢な少女 名波七海である。
どうやら、彼女が成海のルームメイトのようだ。
そんな名波は部屋の奥から現れ、帰ってきた成海を笑顔で出迎えようとしていたが、玄関にいるリモリと氷川を見て一気に表情を強ばらせる。
「あっえ?氷川さんと、びっビーユーえm…?何でここに?」
「ちょっと色々あってな…。暫くこいつらをうちに泊める事になった…。」
「そっそんな…。」
成海の言葉に名波は愕然とする。
それもその筈、氷川と成海が少し特殊であるだけで、この養成学校の生徒殆んどがリモリに対して恐怖や敵意を抱いている。
名波七海も例に漏れずリモリを【B.U.M.】として見ており、心の底から怯えているのだ。
「成海、お前女の子と同室だったのか?しかもこんな可愛い子と。羨ましい奴だな。」
怯えられている事など、お構いなしにリモリは成海にそう呑気に質問する。
「あ?何言ってんだ?名波は男だぞ。」
「「え?」」
そう、名波七海と言う少女…いや、少年は…。
女の子だと思われていた彼女は彼だったのだ。
「ウソン…。」
「普通に考えてみろよ。男女二人で部屋を共有するわけないだろ。」
たった今から男女で一つの部屋を共有することを除けば成海の言葉は一般的には正論である。
「まあ、こいつはこんなナリだから勘違いしても仕方ねえよな。…まあ、俺としてはルームメイトが女一人から三人に増えたみたいで良い迷惑だよ。」
「すまんの迷惑掛けて、どっかの主席さんが部屋爆破したから…。」
「…不可抗力でした。」
「嘘だ!嘘つきは泥棒の始まりだぞ!」
「成りませんよ泥棒なんて。」
「じゃあ、スパイ!スパイの始まり!」
「…っ小学生ですか?あなたは。不毛な会話は控えてください。酸素の無駄です。」
先程まで負けた事実を受け止めきれず、放心状態であった氷川であるが、ある程度経過した時間が彼女を癒し、元の調子が戻って来たようだ。
「はあ…取り敢えずこのお馬鹿さんの事は放っておいて…。名波七海さんと言いましたね?」
「はっはい!」
「暫くお世話になります。主に"これ"が迷惑を掛けると思いますが、これからよろしくお願いします。」
そう言って氷川は名波と簡潔に挨拶を交わす。
良くも悪くもいつもの調子の氷川がこの場の空気をかき乱す。
「成海、こう言う自分を棚にあげる女子どう思う?」
「今後の共同生活が不安だ。」
そんなこんなでリモリ達にルームメイトが増えたのであった。
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そして、成海と名波の部屋で一夜開けて早朝。
「起きてください。朝ですよ。起きないとまた爆破しますよ。」
「…う~…。それはやめろ…。」
いつもよりも早い時間にリモリは氷川によって起こされる。
「こんな朝早くになんだよ…。」
「何って昨日あなたが私に命令したでしょう…。」
「はあ?」
「料理ですよ。早速今からしごいてあげます。」
「何もこんなに朝早くじゃなくても…。」と言うリモリの言葉を聞き流し、氷川はリモリを寮の食堂へと連れて行く。
「寮母さんから特別に厨房の使用許可をいただきました。あなたでは絶対に許可が下りる事はないと判断して私が仕方なく許可を貰いに行ったのです。感謝して下さい。」
「あっありがとうございます…。」
「ふんっ!感謝している暇があったらさっさと料理の支度をして下さい。エプロンも着けずに厨房に入るなんて、非常識にも程があります。」
感謝を言わせたのも、リモリにエプロンを着けさせずに厨房に連れ込んだのも全て氷川がしたことなのだが、彼女はその様な事など些事だと言わんばかりに自身を棚に上げる。
これが氷川の平常運転。
彼女は棚上げのエキスパートである。
「早速料理とはなんたるかをあなたにレクチャーして差し上げます。包丁を手に取ってください。」
「え?いや、まだエプロンしてないんだけど…。て言うかエプロン持ってないんだけど…。」
「はあ、仕方ないですね。その様なこともあろうかと、しっかり私の方で用意しています。」
わざとらしいため息をついて、氷川はリモリにエプロンを渡す。
そもそも、リモリがエプロンを持ってないことくらい、知っていたであろうに、何処までも陰湿な奴である。
「気を取り直して、即席の早朝クッキング教室を始めます。気合いを入れていきましょう。」
「よし、準備出来た。それで、何から教えてくれるんだ?」
「そうですね…。あなたご飯は炊けますか?」
「馬鹿にするなよ。ご飯くらい誰でも炊ける。」
「この時代の炊飯器の使い方分かります?」
「…ちょっと自信無いかも。」
試しに、リモリは厨房に置いてある炊飯器を起動してみる。
しかし、普通の炊飯器になら必ずある筈のボタンが見当たらず困惑してしまう。
「…これどうやって使うの?」
「はあ、やはりそうなりましたか…。ボタン操作式の炊飯器は2037年以降には完全に廃れましたよ。今は完全自動AI式です。」
「AI?」
「ヘイSUIちゃん。ご飯の炊き出しお願いします。」
《かしこまりました。》
氷川の言葉に反応して起動した炊飯器はアームを展開してお米を軽量し、釜に入れて研ぎ始める。
「今の時代はAIが搭載されている炊飯器が主流なんです。お米の研ぎから炊き出しまで全てやってくれます。」
「これがジェネレーションギャップか…。最近は何でもAIがやってくれんだね。」
「ご飯以外のおかずはそうはいきません。ここからは完全な自炊です。時にあなたは作りたい品はありますか?」
氷川からの質問に一瞬考える素振りを見せてリモリは答える。
「簡単に作れてお弁当にしても美味しいやつが良い。」
「なら、唐揚げでしょうか?」
「それ、今米炊いてる意味ある?折角なら米を使った物が良いんだけど…。」
「…でしたらオムライスが無難でしょう。」
「オムライスか…。卵上手く包めるかな…。」
「包まない方を教えますから早速始めましょう。」
氷川は冷蔵庫から卵、ケチャップ、鶏モモ肉、牛乳などオムライスを作るのに必要な材料を取り出し台所に並べる。
「まずはチキンライスを作ります。玉ねぎと鳥モモ肉を角切りにして下さい。…角切りは分かりますよね?」
「馬鹿にするなよ!それくらい分かる。」
リモリは包丁を手に取りまず玉ねぎから角切りにする。
「いって~目が…。これどうにかならないの?」
「…失念していました。玉ねぎを切ると涙が出ますね。そんな時は割り箸を口に咥えてください。涙が止まります。」
「…わかった。」
リモリは言われた通りに割り箸を咥える。
すると、不思議な事に、先程まで滝のように流れていた涙が止まった。
何故、割り箸を咥えると涙が止まるのか…。
それは割り箸を咥えることで口の中の唾液腺が刺激され涙よりも唾液の分泌が優先されるからである。
「ふげえ、こえならいへる!」
「真面目にやってください。」
この調子でドンドン料理を進める。
「次はバターを大さじ1、フライパンに入れてください。」
「ほうやっへ?」
「割り箸はもう咥えなくて結構です。」
「大さじなんてどうやって計るんだよ?」
「計量スプーンがあるでしょう。それを使って下さい。」
「あるけど、色々種類あってわかんねえよ!1と1/2って何?どっちが大さじ?」
リモリの目の前には15mL、5ml、1、1/2、1/4と表記された様々な種類の計量スプーンが並んでおり、料理未経験のリモリにはどれを使えば良いかわからない。
「はあ、仕方ありません。バターは私がしきます。あなたはご飯と鶏モモ肉、玉ねぎ、それから胡椒を少々加えてください。」
「え?何?駄洒落?胡椒を少々って…。」
「ひっぱたきますよ。」
「すんません…。」
リモリは言われた通りに氷川がバターをしいた後にご飯、玉ねぎ、鶏モモ肉を入れ、胡椒で味付けをする。
しかし…。
「胡椒少々ってどのくらい?」
「目分量です。」
「目分量って何?目で分量分かったら経済産業省要らねえんだよ!」
経済産業省とはメートルや秒数等の単位の基準を定めた計量法と言う法律を所管する機関である。
「そんな言葉良く知っていましたね。地理は苦手なのに公民は得意なんですか?」
「どうでも良いだろ!そんなこと!それよりも胡椒どのくらい入れるんだ!このままだと塩辛くなるまで入れるぞ!」
胡椒の分量はまたもや氷川が代わりに目分量で入れる。
「次にケチャップを入れればチキンライス完成です。」
「…これも目分量か?」
「いえ、ケチャップは大さじ4です。」
今度はしっかりと分量が指定されている事にホッとし、リモリは最後にケチャップを加えて、チキンライスを完成させる。
「やっとここまで来ましたね。後残るは卵です。」
「包まない奴を作るんだよな?それなら動画で見たことがある。」
リモリは卵を一個割ってボウルの中に入れてかき混ぜる。
まだ使ってないフライパンにバターをしいて、卵を投入し、見よう見まねで数秒かき混ぜた後、半熟になったタイミングでオムレツの様な形に整えようとする。
がしかし…。
「あれ?スクランブルエッグになった…。」
「卵をかき混ぜすぎです。後使う卵は一個ではなく二個です。」
氷川はフライパンをリモリから引ったくり、手慣れた手捌きで卵を焼いていく。
「まず、火加減は中火です。バターを5gしいて、溶いた卵を入れます。卵をかき混ぜるのはあっていますが、箸を動かすのではなく、フライパンを揺らして半熟状態をキープします。そして卵を端に寄せて形を整えれば…完成です。」
見事、氷川の助力により、チキンライスとその上に乗せるオムレツが完成した。
「おー!旨そう!」
「この程度、練習すれば誰でも出来ますよ。…それよりも何故料理を教えて等と命令してきたのですか?あなたの様ながさつな人が料理に興味を持つとはとても思えないのですが…。」
「…海澤さんがさ…いつもカップ麺とかコンビニのおにぎりばかり食うんだよ…。」
「はい?」
「それだと栄養偏るだろ?でも、あの人立場上忙しくて自炊する余裕無いだろうから、俺が弁当作って上げようかなって…。一応色々お世話になったし、これからもお世話になるし…。」
「…成程。」
「笑うなよ?」
「笑いませんよ。とても素晴らしいと思います。あなたのその奉仕精神は。」
意外や意外、馬鹿にするかと思っていた氷川は珍しくリモリの行動を褒める。
「誰だ!お前!俺の知ってる氷川じゃない!」
「…あなたに私の何が分かると言うのですか?」
「鬼畜棚上げ女。人への嫌がらせを生業としている陰湿さのプロ。」
「酷いですね。今ので私の心は傷付きました。海澤先生にお弁当をお作りになるなら、アドバイスをして上げましょうと思ってましたのに…。」
「アドバイス?」
「海澤先生は卵アレルギーですよ。」
「え?」




