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9、国民感情

最終話まで毎日17時に更新します。全18話。

 目の前の女性は、手元にあったテーブルランプをつかむと、俺に向かって投げつけてきた。

 俺はその場に、棒立ちのままだった。

 ランプは俺の顔に当たり、床へ向かって落ちる。

 だが、落下する寸前で俺はそれを手で掴み、近くのテーブルの上にそっと置いた。

 ダメージはない。

 ただ、顔に当たった衝撃でランプの一部が欠けてしまったが、それも一瞬で元の形に戻る。

 女性は目を見開き、ランプと俺を何度も交互に見た。

 俺は彼女の動揺を意に介さず、口を開こうとした――その瞬間。

 女性は、そのわずかな間を隙と捉え、今度は手近にあったタブレットを俺に投げつけると、一目散にドアへと走った。 

 飛んできたタブレットをテーブルに置き、俺は必死でドアノブを回す女性に視線を向ける。

「開かない! なんで?!」

 女性は焦った声を上げ、ドアノブを強くひねり、体当たりまでした。

 彼女は何度かそれを繰り返し、やがてそれが無意味だと悟ると、今度はこちらを睨み、怒鳴りつけた。

「誰だ! お前は! ここから出ていけ!」

 俺は、その過剰な攻撃性に同調することなく、静かに答えた。

「俺はログアウター。おまえに、自分の罪を償わせるために来た」

 次の瞬間、女性の顔が、瞬く間に怒りから恐怖へと塗り変わった。

 そして全身の力が抜け、その場にへたり込む。

「本当に……いたの……私……ログアウト……」


 以前から俺は、「ログアウター」という名前を周知させるべく、常にそれを名乗ってきた。

 俺にログアウトされなかった人間が増えるほど、この名は不確かな証言とともに広まっていく。

 SNSの力で、いまや海外にまでログアウターという存在が、半ば日本の都市伝説として知られるようになっていた。


 俺は、淡々と続けた。

「アイドルグループ『P@stA』のピンピン。お前の言動により、10万人を超える日本人が憤りを覚えた。ゆえに日本国内に滞在する限りにおいて、常時、頭痛と吐き気に苦しめられるという制限を課す」

 その言葉に、ピンピンは驚いた顔で俺を見上げた。

「……ログアウトは……されないの……?」

 俺は頷く。

「ログアウトに値するほどではない。そしてこれは忠告というよりアドバイスだが、日本のことに限らず、他者への中傷や、あざけるような言動は、自分の運のパラメータを下げるだけだ。謹め」

 だが彼女は、「ログアウトされない」という一点のみに安堵したようで、俺の言葉は耳に届いていないようだった。

 俺はそれ以上何も言わず、制限開始のカウントダウンを発動する。

「え……なに、これ……?」

 ドアの前に座り込んだまま、彼女は頭を抱えた。

 視界の隅には、本人にしか見えない10という数字が浮かんでいるはずだ。

 そして1秒毎に、数字は減っていく。

「……9……8……なに? どうなるの?」

 動揺した彼女は立ち上がると、俺の胸ぐらを掴んだ。

「5……4……3……いやぁぁぁ!」

 ピンピンは胸ぐらを掴んだまま叫ぶ。

「1……0……」

 カウントダウンが終わると、彼女は力尽きたように胸ぐらから手を離し、よろよろとベッドへ倒れ込んだ。

 彼女は止まない頭痛と吐き気の中で、苦しげにうめき声を上げ、もはや俺を見る余裕すらなかった。 

 ここはピンピンが滞在している日本のホテルの一室で、隣の部屋には同じグループの他のメンバーがいる。

 だが、ここでのやり取りの声は、彼女たちには届いていない。

 実際に声は聞こえているが、意識はできないように操作している。


 この目の前で苦しんでいるピンピンは、外国人アイドルグループ「P@stA」のメンバーの一人だ。

 P@stAは、4人の外国人女性で構成されたアイドルグループで、最近、日本では悪い意味で注目を集めている。

 以前から反日的とも取れる歌詞や、メンバーの言動により、一部の日本人からは嫌悪感を持たれていた。

 そして現在、そのピンピンがネット上で多くの日本人の反感を買い、大炎上している。

 だが、今回の騒動がここまで拡大した理由は、グループ単体だけの問題ではなかった。


 発端となったのは、日本のテレビ局――

 JNB(Japan National Broadcast:日本放送局)主催の音楽祭、「JNBサマーフェス」だった。

 この音楽祭は、日本を代表するJNBが主催することもあり、もはや毎年の”国の行事”といっても過言ではない。

 そして今年の開催日は、8月9日。

 奇しくも、長崎に原子爆弾が投下された日だ。

 運営側が発表したP@stAの出演時刻は、午前11時。

 さらに、それと同時に当日のセットリストがネット上に流出する。

 その中で、P@stAの1曲目として予定されていた楽曲名が、「JoltBlast」。

 意味は、「刺激的な爆発」だ。


 8月9日午前11時2分。

 原子爆弾が投下された時間帯に、反日的と見られているアイドルグループが、爆発を想起させかねない楽曲を披露する。

 しかも、それを主催するのは、日本を代表するテレビ局――。

 

 このニュースを目にした多くの日本人が、首をかしげた。

「まさか、あのJNBが……」

「さすがにJNBでも、そこまでは……」

 そんな疑問の声が、各所で上がった。


 ほどなくして、P@stAの過去の投稿が一般のSNSユーザーにより掘り起こされ始める。

 日本人の感情を逆撫でするようなP@stAの投稿が次々と転載される中、特に強い反感を招いたのが、ピンピンの2年前の投稿だった。

 それは、原爆のきのこ雲がプリントされたバッグを、「最近のお気に入り」として紹介しているものだ。

 当時、さほど注目されなかったこの投稿も、「JNBサマーフェス」と結びついた瞬時、意味を大きく変えた。

 瞬く間に拡散され、出演取り消しの署名はあっという間に10万人を超えた。

 動画投稿サイトには、出演日時、楽曲名、そして過去の投稿を1つにまとめた検証動画が次々とアップされ、騒動はグループの枠を超えJNBそのものへと飛び火していく。

 だが、JNBは出演に変更なしとあらためて表明した。

 それが決定的な燃料となり、事態は元々興味のなかった層までをも巻き込み社会問題となる。

 そしてネット上の炎上は、現実社会における大規模な反対デモへとその姿を変えていった。

 

 俺としては、このアイドルグループやピンピンに興味は湧かなかった。

 反日的な言動をする外国人など、これまで数え切れないほど見てきたし、そうした連中が日本人に直接危害を加えることは、それほど多くはない。

 もちろん危害を加え、国民の怒りが巻き起これば、俺は管理者として行動を起こす。

 

 今回のことは、数多くの日本国民が不快に感じている以上、看過するわけにはいかない。

 そのため見せしめの要素も含め、あえて軽めだが苦しみを伴う制裁とした。

 しかも、これは日本国内に滞在している時のみ発動するという制限付きの、かなり甘い措置だ。


 なお、運のパラメーターが下がるという話は、俺が決めた制裁ではない。

 この世界に、元から存在する隠れたルールの1つであり、あくまでも親切心から教えただけだった。

 この炎上が彼女一人に押し付けられている構造に、俺の中に残るわずかな同情心が反応したのかもしれない。

 

 俺はSNSで「ログアウター」が、ログアウトする人間としない人間の違いについて語られているのを見た。

 ここまで国民の反感を買ったピンピンはログアウトだろう、というコメントも散見された。

 確かに、数字だけならそうかもしれない。

 だが、人間のときにはわからなかった、いや見えなかった世界の仕組みを理解した。

 そのため人間からすれば、ひどく気まぐれに、ログアウトする人間としない人間を選んでいるように見えるだろう。

 だが実際には、日本全体の歪みや流れを読み取りつつ、その時点で最も影響の少ない方を選択している。  

 理由はいくつもあるが、そのうちの1つを挙げてみる。

 確かにログアウトすることは容易だが、それでは犯罪の抑止力にならないこともある。

 すべての悪人を一律に消し去ってしまえば、恐怖を語る者が残らない。

 時にはログアウトするよりも、恐怖を刻み込んだ人間を世に放つほうが、大きな意味を持つこともある。

 それに気づくまで、俺はかなりの人間を制裁することになった。

「悪いことをすると、ログアウターが来る」

 そんな幼稚な都市伝説でも構わない。

 それによって少しでも秩序が保たれるなら、俺の狙い通りということだ。

 

 ピンピンは、ベッドの上で苦しみながら、床に置かれたバッグに手を突っ込み、中を必死で探った。

「薬は効かない」

 俺は静かに言ったつもりだが、彼女には冷酷に響いただろう。

 バッグの中の手を止めると、彼女は洗面台へよろよろと向かう。

「吐いても、何も変わらない」

 俺は淡々と、そう言った。

 それが聞こえていたのか、どうかはわからない。

 彼女は洗面台に顔を突っ込むと、激しくえずき始めた。

 俺は最後の一言を放つと、その部屋を後にした。

「何の罪もない日本人を散々貶めた結果が、こうして返ってきてると思えばいい」


 ――さて次は、JNBだな。

 自室に戻った俺は、まずはJNBの重役たちの顔と名前を調べることにした。


特定の国や放送局を批判する意図はありません。

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