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6、加害者

最終話まで毎日17時に更新します。全18話。

 俺は日本に来て4年ほど経っているが、来る前に母国で聞いていた日本の姿とは、ずいぶん違って見える。

 日本人は親切なやつか、無関心なやつが大半で、騙したり嘘をついたり、危害を加えたりするやつはほとんどいなかった。

 こっちが声を荒げ服を掴むと、だいたい謝ってくる。

 先に謝ったほうが負けということを、日本人は知らないらしい。

 だから俺は、こいつらを弱い惨めな奴らだと思っている。

 この前も代金を踏み倒してやった。

「金ほしい? なら、もっとましなサービスしろ!」

 日本語でそう怒鳴り、刃物をチラつかせると大抵の日本人はそれ以上何もしてこない。

 母国では刃物を見せる時は使う時で、脅しに使うもんじゃなかった。

 そういう意味では、俺のような優れた人間には住みやすい国だ、とつくづく思う。

 あとは、母国で覚えた日本語が、こんな風に役に立つとは思ってもみなかった。

 最初は、戦犯国の国民どもに我が国の怒りや悲しみを、直接ぶつけるために努力した。

 こんなクソみたいな言語を習得するのに俺の大事な時間をたくさん費やしたんだ、これからどんどん元を取っていかないと損だ。

「警察? アホ! おまえ!」

 日本の警察なんて、そもそも追ってもこないし、ネットで見る限り日本語がわからないふりをすれば、不起訴か書類送検されたあと、檻にも入らず、強制送還もなく”無罪放免”だ。

 仮にここで前科がついたって、母国に帰ればノーカンだ。

「なんだ! うるさい! おまえ! 死にたいか!」 

 俺はいつものように、ポケットから折りたたみナイフを取り出し、刃先をチラつかせていた。

 目の前の女は、顔を恐怖で引きつらせながら、警察を呼ぶなどと戯言を抜かしている。

 恐怖が眉に、目に、頬に、口に、そして全身に一気に広がっていったのを俺は見た。

 ちょろいもんだ。

 固まって小刻みに震える女から、スマートフォンを取り上げる。

 確かにこの女は良くしてくれた。この部屋の掃除もきれいにしてくれて、同胞なら料金以外にチップを渡したいほどだった。

 だけど、お前は戦犯の子孫だろうが。

 俺たちが受けた悲しみをわからせるために、ここはあえて、この俺が母国の数多くの被害者の方たちにかわって復讐しないといけない。

 いや、これはむしろ教育だ。逆にありがたいと思ってほしいぐらいだ。

 俺は刃物を向けながら、使命感で胸の奥が熱くなる。


 ……だがよ、こいつは俺に許しを乞うどころか、逃げやがった。

 震えながら、玄関のドアに向かってネズミのように走った。

 だから、刺すしかなかった。

 反射ってやつだ。

 もちろん俺だって、刺したくはなかった。

 だけどよ、しかたないだろ。

 逃げるってことは、俺を馬鹿にしてるんだ。

 だったら、刺されて当然だろうが。

 俺はこの女……あーなんだっけ? 名前は?

 とにかく俺は目の前の戦犯の背中にナイフを突き立てた。

 それでも女は必死でドアノブに手をかけ、ガチャガチャと回している。

 俺はその無様な様を見て、つい笑ってしまった。

 女の髪を後ろから無造作に掴むと、そのまま床に引き倒した。

 ひぃ!

 小さな悲鳴が聞こえ、血で床が汚れた。

 俺は腹がたった。

「おまえ! 汚すな! このあほ!」

 女は自分の顔をかばうように、両腕を突き出していた。

 だが俺はその腕をかいくぐり、腹にナイフを突き立てようとした、次の瞬間。

 


 ――腕が、動かない……。

 ぼとっ……。

 ぼとっ?

 何かが落ちる音がしたあと、視界からナイフを持った腕が消えた。

 そして瞬きをしたわずかな間に、俺はなぜか自分の部屋のソファに座り玄関の方を向いていた。

 玄関には、こちらに背中を向けている男性と、血を流して倒れているあの女が見える。

 だれだこいつは?

 いつここに入った?

 いやそんなことは今は、どうでもいい。

 この戦犯の仲間を、生きてこの部屋から出すわけにはいかない。

 俺は反射的にソファから立ち上がろうと、手をついた。


 ……?

 すさまじい違和感を覚え、あわてて自分の両肩を見た。

 ……どういうことだ?

 そこには何も無かった。


 腕が、ない……?

 右も左も、両肩から先が無く、痛みはないが両腕の感覚がまったく無かった。

 俺はその状況を信じられず、肩の真っ黒な断面を何度も覗き込んだ。

 正確には、全てを吸い込んでしまいそうな暗黒がそこにあった。

 その現状を認識した途端、突然恐怖が襲いかかってきて、体中の震えが止まらない。

 だが俺は、状況を把握するために、震える頭や首を動かして、玄関の方になんとか視線を向ける。

 すると男の足元には、見覚えのあるナイフを握った腕が転がっていた。

 そしてその横には、もう1本の――腕。

 間違いない……俺の腕だ。

 

 あああああああ!!!!

 無我夢中で叫び、ソファから再び立ち上がろうとしたが、動けなかった。

 そして声も出ず、俺は口を大きく開けたまま、アゴを微かに震わせることしかできなかった。

 そのとき、男がふいに振り向く。

『落ち着け』

 目が合うのと同時に男の低い声が、直接頭の中に響いてくる。

 顔はなぜだか全く見えないが、口が動いていなかったのだけはわかった。

 それから、そいつはまた前を向くと、倒れている女の手をとり、立ち上がらせた。

 次の瞬間、女の服や床から血が消えた。

 そして本来ならついているはずの、背中の服の切れ目も完全に塞がっている。

 俺は何が起きているのか、まったくわからなかった。


「ありがとうございました。こんなにきれいに掃除してくれて、助かりました。これ少ないですけど、お支払いとは別に感謝の気持ちです」

 何を言っているんだ?

 男はその女に何度も頭を下げ、何かの封筒を渡していた。

 さらに女は、俺のことなど視界にも入っていないように、男に笑顔を向けていた。

 先ほどまで確かに恐怖に怯えていたのにもかかわらずだ。

 俺にはそれが、まるで女の記憶が書き換えられたように見えた。

「すみません。こんなにたくさんいただいて、ありがとうございます。喜んでいただけて、私も嬉しいです。また、ご用命の際はよろしくおねがいします」

 女はそう言って深々と頭を下げ、何事もなかったように笑顔で部屋から出ていった。



加害者側の視点で書いてみました。


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