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5、制裁実行

最終話まで毎日17時に更新します。全18話。

 鈴木さんたちから離れ、少し歩いたその時だった。

「キャー!」

 背後から女性の鋭い悲鳴が鳴り響く。

 俺は、静かに振り向いた。

 そこには、地面に血を流し倒れる鈴木さんとユウ君の姿があった。

 そしてそのすぐそばに、赤い印が見えた。

 あの――トイレで照会できなかったアジア系の男だ。

 返り血を浴び、血のついた刃物を握りしめ、倒れた2人にさらに追い打ちをかけようとかがみかけている。

 周りの人は逃げ惑い、その場に残った人も遠くからスマホをかざすだけで、誰一人助けようとはしていなかった。

「それで正解だ」

 その言葉が自然と口をついて出た。

 それから俺は、まるで散歩でもするかのような軽い足取りで、赤い印の男の前に立ちふさがる。

 恐怖心などは微塵もなく、挨拶を交わすような気軽さで男に話しかけた。

「1度だけチャンスをやる」

 それがその男に発した、俺の最初の言葉だった。

 男は鈴木さんたちを刺そうとした手を止め、中腰から立ち上がると、なんとも言えない脆弱かつ醜悪な目で俺を見た。

 だが俺はこの男を責める気にはなれなかった。

 周りの人たちは、固唾を飲んで俺とその男を見ている。

 俺はさらに、その男に語りかける。

「日本語がわからなくても、頭に直接送ってるから、理解できているだろ?」

 俺はこの男がもう少し戸惑うかと思った、というより期待したが、罵声を浴びせながら何の迷いもなく俺に刃物を突き立ててきた。

 俺の左の首元、鎖骨の間辺りにそれは深く突き刺さる。

 女性の悲鳴と、周りの息を飲む音が同じレベルで頭に伝わってきた。

 そして、無接触では読み取れなかった男の情報が、一気に流れ込んでくる。

 刃物を通して、俺とこの男はいわばオンライン状態になったことを感じた。

 

 もちろん血が出るどころか、痛みすらなくあらためて自分が管理者なのだと実感した。

 男は刺した刃物を抜こうとしたが、俺はそれを許可しない。

 必死で刃物の柄の部分を両手で引っ張り、俺を蹴り、怒鳴りつけ、なんとか抜こうとしたが全て徒労に終わった。

 左下に目を向けると、鈴木さんとユウ君の体に数字が浮かび上がっていて、恐ろしい速さでカウントダウンされていた。

 これが日本からログアウトされる残り時間であるということは、直感的に理解した。

 このままだと、あと2分ほどでログアウトされてしまう。

 これも運命、この2人はそういう人生だったのだ、といえばそれまでだが、俺にはそれが許せなかった。


 ――許せない……?

 管理者が善悪や正邪のような概念を持って良いのか?

 ここにきて、突然疑問が湧いてきたが、それも5秒ほどの葛藤で終了した。

 この男の前に立ちふさがった時点で、自覚はなかったが、俺は俺の正義の元にこの国を管理したい。

 言語化すると、たぶんこういうことだ。

 

 俺は目線を上げ、男の目を正面から見据える。

 男の頭の中は怒りで満ちていた。

『日本人が憎い! 日本人が憎い! 日本人が憎い!』

 その言葉がまるで呪いのように、その男の思考を心を、人生さえも侵食していた。

 そして、目の前の弱き者にその怒りの矛先を向けた。

 オンラインとなり、この男の心情が手に取るようにわかった今、俺の中に憐れみの感情が芽生える。

 この男も弱いのだ。

 だから、屈強な日本人には立ち向かわない。

 そして日本人への怒りも、元は別の場所にあったものだ。

 それは理不尽な母国に向けられたもので、真正面から見つめる勇気がなかっただけだった。

 さらに、日本に来て自由なこの国がうらやましかったのだ。

 ただの八つ当たりと言えばそれまでだが、その屈折した歪な感情が合わさり混ざりあった結果、この哀れな男は母国のためという偽りの仮面を被り、歪んだ怒りを燃料とし弱き者へ凶刃を振るった。

 俺は男に、最後の言葉を放つ。

 自分がどんな顔でそれを言ったのかはわからないが、多分憐れむような目をしていたのは確かだろう。


『チャンスはやったぞ。管理者権限により、お前をログアウトする。日本国内につき、お前の母国の管理者の権限はおよばない。さらに追加措置として、再ログイン後の日本への入国、および、日本国へのログインを100年間禁止とする。以上だ。お前のような未熟な魂は、ここに来るには少し早かったようだな』


 俺が宣告する間も、男は汚い言葉で怒鳴り続けていた。

 だが、告げ終わった瞬間、男は糸が切れたように全身の力が一気に抜け、地面に倒れ込むと二度と動くことはなかった。

 俺は、大量の血を流し倒れている鈴木さんとユウ君に、視線を落とした。

 2人ともログアウトまで、残り30秒を切っていた。

 俺はまず、地面に吸い込まれた2人の血液の不純物を取り除き、傷口からそれぞれの体に戻す。

 そして、傷口を元通りに塞いだ。


「さて、ここからだ」

 俺は独り言のようにそうつぶやくと、首元に刺さった刃物を消した。

 これを言葉にするか迷ったが、初めての作業なので、とりあえず言葉として発してみることにした。

 目を閉じ、大きく息を吸う。

「日本のシステムに管理者権限でアクセス。アクセス承認を確認。オーダー1、周囲5キロメートル圏内の全ての電子機器の録画データを改竄。オーダー2、同範囲内での全人類の記憶の改竄。いずれも即時実行指示」


 俺は目を開けると、倒れている2人に心配そうに声をかける。

「大丈夫ですか? おケガはありませんか?」

 鈴木さんとユウ君は、目を開けるとゆっくりとその場から立ち上がったが、何が起きたのかわからず、キョロキョロと周りを見回していた。

 周りでスマホを構えていた人たちも、

「あれ? なんで? スマホ? なんで私撮ってんの?」

などと、自分が何をしていたのかわからないようで、スマホをしまうと足早に立ち去っていった。

 俺は、2人に寄り添いながら近くのベンチに座らせ、ユウ君の横に、買ってもらったプレゼントの箱を置いた。

 そして、なるべく優しい声を出すように気を使った。

「どうやら、立ち眩みのようですね。目の前で突然倒れたので、びっくりしましたよ」

 そう言うと、鈴木さんはユウ君の顔の砂ぼこりをはらい、俺の方を見て立ち上がろうとした。

 俺は、手をかざしそれを制止する。

「もう少し休んだほうがいいですよ」

 すると鈴木さんは、申し訳なさそうな顔で会釈を一度すると、

「ご親切に、どうもありがとう」

と言った。

 俺は作り笑いを浮かべると、立ち上がり、その場から足早に立ち去ろうとした。

 その時、俺の背中にユウ君が声をかけた。

「おじさん! おじさんの名前は?」

 俺はふたたび作り笑いを浮かべると、振り返った。


「おじさんの名前は、管理者だよ」

「管理者?」

 ユウ君は不思議そうにそう言った。

「そう、管理者。またの名を”ログアウター”」

 そう言うと俺は、振り返ることなく歩いた。


 歩きながら俺が思っていたことは、あの詠唱のようなオーダーは、今後言葉にしなくてもいいな、ということと、

 ログアウターか……。即興にしてはいいネーミングだったが、少し喋りすぎたなということだった。

 俺はそれらの思いを胸に、早めの帰途についた。


管理者は神様ではないけど、人間でもないということで、ジャンルは管理者です。

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