4、管理者初日
最終話まで毎日17時に更新します。全18話。
電車の4人がけの席を2人で占領している欧米人風の外国人が、俺の目の前で腹痛に苦しんでいる。
次の駅で降りるだろうな。
俺は確信している。
――さかのぼること5分前。
久しぶりに電車に乗ってみることにした俺は、最寄りの駅で、ちょうど到着した電車に乗った。
乗ってすぐ視界に入ってきたのは、4人がけの席に欧米人風の男女2人が並んで座り、向かいの席に荷物を置いている光景だった。
ふと視線をずらすと、その近くに、おばあさんに連れられた小さな男の子が立っていた。
他に空いている席はない。
俺は、初めて個人照会をかけてみることにした。
ゲームのようにプロフィールが羅列されるわけではないが、詳細なデータ、つまり今までの人生の履歴が、頭の中に流れ込んでくる。
本人以上にその人のことがわかるというのも、少しだけ面白いと思った。
おばあさんは鈴木さん、76歳。
隣の男の子は初孫のユウ君、5歳。
今日はユウ君の誕生日で、これから商業エリアに好きなものを買いに行くところだ。
ユウ君は足が疲れたと思っているが、おばあちゃんにわがままを言わないように、一生懸命、電車の揺れに耐えている。
次に、その欧米人風の男女を参照する。
――何も見えない。
俺には、その2人の個人情報を見る権限がない。
つまり、正真正銘の外国人ということだ。
鈴木さんと、ユウ君はあと5駅ほど立ち続けなければならなかった。
もちろん他の日本人を強制的に移動させることはできるが、ここは日本だ。
まずは元気な外国人に、移動してもらおう。
俺は外国人2人に、何をして席から退かそうかと考えた。
閲覧権限がないというだけで、ここは日本国内だ。
領海の内側で起こる事象については、俺に権限が与えられている。
とはいえ、まさか席を荷物で占領しているだけで、国外へ強制退去、というのもやり過ぎだ。
……強制退去?
我ながら、悪くない考えだと思った。
一瞬だけ口の端がわずかに緩んだことは、自覚している。
俺は、再びその外国人2人を見た。
英語で楽しそうに会話をしているが、鈴木さんに席を譲る気配はなく、そもそも視界にすら入っていないようだった。
この個体からアウトプットの強制はできないが、インプットはできる。
前管理者から教わったわけではないが、それは管理者としての確信だった。
理由はわからないが、なぜ息をするのかいうぐらい自然な感覚だ。
俺は、この2つの個体の腹部のパラメータをわずかに調整し、大腸の活動を3倍にしてやった。
――そして、現在。
目の前の2名の個体は、そろって腹痛に苦しみ、顔を歪めていた。
その時電車内に、到着間際のアナウンスが流れる。
2人は、そろって腹部を押さえながらおもむろに立ち上がり、席に置いた荷物を手に取るとドアの前に移動した。
おそらく本来の目的地はここではないだろう。
もしここなら、申し訳ないという気持ちが微かに湧いてきたが、
「すまんね。俺には閲覧権限がないんだ」
とだけつぶやくと、微かな罪悪感も消えてなくなった。
俺は鈴木さんとユウ君が、その席に腰を下ろしたのを見届けると、流れる窓の外の景色に視線を移した。
しばらくして目的の駅に到着すると、ユウ君は鈴木さんに手を引かれながらホームに降りた。
俺も何の気なしに、その後に続く。
ここは商業施設が集合している、街の中心部の1つだ。
電車に乗っているほとんどの人が、この駅で降りていた。
俺も乗り換え以外で、この駅で降りるのは久しぶりだったので、何か買って帰ろうと思った。
鈴木さんとユウ君の背中を視界のすみに入れながら、俺は後について行く。
ユウ君の背中越しにワクワクした気持ちが伝わってきて、少しだけ懐かしい気持ちになった。
駅から出て、すぐ目の前に広がるのは、様々な商業施設とその広告だった。
実際、望めばこの辺り一帯のものが手に入る今となっては、あれだけ欲しかったいろいろな物が、虚しく目に映った。
全ての不安が消えたのと同時に、ささやかな幸せも失った。
そういうことなのだろう。
念の為、鈴木さんとユウ君に見えない白い印をつけると、視界から外し、俺は近くの服屋に入った。
そこで上下の服を手に取ると、試着室に向かう。
管理者の権限で、身長体重はもちろん、顔や年齢まで変えられるので、試着室から出てきた時に全くの別人になり店員を驚かしてみようかとも考えた。
だがすぐに、バカらしくなり思いとどまった。
ただ、もし若い頃に管理者になっていたとしたら確実にやっていただろう。
会計をすませ、店員にタグを取ってもらった新しい服に身を包む。
決して高い服ではないが、何年かぶりの新品はとてもいい感じだった。
古い服をショップの袋に入れると、次は靴屋に向かい、新しいスニーカーに履き替える。
クレジットカードや電子マネーは実質使い放題だったが、俺のどこかにまだ遠慮という気持ちが残っているらしく豪遊する気にはなれなかった。
それからトイレの個室に入ると、今まで着ていた古い服と靴を目の前で跡形もなく消した。
元素に分解し、感謝の念とともに地球に還したのだ。
俺がトイレの個室から出ると、手洗い場で何かをブツブツ言っている男がいた。
アジア系のように見えたが、何語かわからなかったので、試しに参照してみる。
――何も見えなかった。
結局、外国人であるということ以外わからなかったが、俺はその男が気になった。
だが、特段危険な感じもしなかったので、念のため赤い印をつけ、その場を立ち去ることにした。
商業エリアをあてもなく、ただブラブラと歩いて回る。
ちょっとしたパトロール気分だったが、意外に何のトラブルもなく平和だった。
これだけ多くの人が集まっているのに、さすが日本人だ、と管理者として妙に感心した。
監視しているわけではないが、この視点で行き交う人々を見ていると、容姿と心に随分と差のある人が多いことに現代の闇を感じる。
この差を埋めるのも、管理者としての役目なのかもしれないと思ったが、具体的なアイデアは浮かばなかった。
そんなことを考えていると、前から白い印が見えてきた。
鈴木さんとユウ君だ。
もちろん印は、本人はおろか周りの人にも見えていない。
ユウ君は大きな箱を両手で抱え、顔は隠れていたが、その弾むような足取りで今どんな気持ちなのかは、管理者でなくとも容易に想像できた。
だが、俺はあえて鈴木さんとユウ君のアーカイブを参照してみる。
どうやら、前からほしかったブロックのおもちゃを買ってもらったようだ。
それは有名なロジブロックというおもちゃで、俺も子供の頃よく遊んだことを思い出した。
おもちゃ屋の店員は、鈴木さんとユウ君に、
「家への配送もできますが、いかがなされますか?」
とたずねていたが、ユウ君は元気よく、
「持って帰ります!」
と答えたため、大きな箱を一生懸命抱えて歩いているのだった。
俺は2人とすれ違ったが、もちろん向こうは俺に視線を向けることもなく通り過ぎる。
俺はこのような子が、大きくなり日本を支える1つの柱となってくれることを願いながら、白い印を外した。
それにより、俺の視界の中でも、鈴木さんとユウ君はその他の通行人と区別がつかなくなった。
管理者のインフレを緩やかにしていきたい。です。




