17、中比良邸
最終話まで毎日17時に更新します。全18話。
飛び立つヘリコプターを、少しだけ見送った後、俺は44階へ飛んだ。
集まっていた被害者たちは、突然目の前に現れた俺の姿に驚いていたが、警察の突入が目前に迫っている以上、それに構う必要はない。
「警察がここを包囲している。あと少しだけがまんしろ」
それだけを告げると、緊張の面持ちで銃を構えているグァンの元へ歩み寄った。
短い時間だったが、こいつなりに被害者を守ろうとする意思は見えた。
「用は済んだ。行くぞ」
グァンは、何を言われているのか分からず戸惑っていた。
俺に何か言おうとしたが、それに構うことなく、彼をこのビルから少し離れた路地に飛ばした。
彼の装備していた武器を消去し、渡航費用と少々のバイト代をポケットに忍ばせている。
近くの防犯カメラの映像から、彼が信じられないという表情で周りを見回しているのがわかる。
そして周囲の目も気にせず天を仰ぎ、祈るような仕草をみせた。
これで、彼と会うことは2度とないだろう。
視点を戻すと、俺は43階――中比良佳奈の部屋へ直接飛んだ。
監禁されているとはいえ、若い女性の部屋に突然中年の男が現れたことで、彼女は声も上げられず、ひどく怯えた様子で小刻みに震え始めた。
その時、ビルの入口付近に動きがあった。
視線を下に向けると、SATが2階と3階の進入に成功していた。
1階正面からの突入に合わせ、挟撃する形を取るようだ。
ほどなくして、正面のガラスが粉砕され、1階の部隊が突入すると同時に、2階からも部隊がなだれ込んだ。
俺はすべてのSAT隊員の視点を借り、隊員が赤い印を射殺する直前、着弾する瞬間に、赤い印を次々とログアウトしていった。
普通に射殺されるよりも、俺にログアウトされたほうが、ペナルティが重くなるからだ。
突入から3分、1階に集まっていた兵士たちは、ろくな抵抗もできず、表向きSATにより全滅した。
兵士の装備を俺がロックしていたので、1発たりとも撃つことができなかった。
俺は1階が落ち着いたことを確認し、残りの兵士たちは警察の仕事だと判断した。
「今から、家族の元へ帰してやる」
佳奈にそう告げると、怯えていた表情が一瞬和らいだが、すぐに不安そうに眉をひそめる。
「本当……ですか? でも、どうやって? それに私が帰ったら……他の家族が身代わりになるんじゃ……?」
俺は目を閉じ、中比良邦蔵の邸宅の様子を探りながら答えた。
「大丈夫だ。ここは今日、壊滅した。詳しい話は、帰ってから自分で調べろ。それより、帰る準備だ」
佳奈は不安そうなまま、ベッドの上にあったノートとペンを手に取る。
「……準備ができました」
邦蔵の邸宅には、あのレストランの周りにいた護衛の黒いスーツ6名と、参照できなかった5名のうち残りの2名がいた。
邦蔵たちの表情に余裕はなく、護衛も右往左往しているようだった。
俺は目を開け、43階の部屋のすべてのドアを解錠した。
そして、拷問で傷つけられていた者たちを元通りに修復する。
それから、ノートとペンを大事そうに抱えている佳奈に、俺は言った。
「目を閉じろ。飛ぶぞ」
彼女は一瞬戸惑ったが、俺の表情を見て、素直に目を閉じた。
――次の瞬間、俺は邦蔵の邸宅ではなく佳奈の実家に飛んだ。
「目を開けてもいいぞ」
さきほど目を閉じろと言われたばかりの佳奈は、驚いたように肩を震わせ、ゆっくりと目を開ける。
「……え?」
目の前の見慣れた扉に、彼女は呆然と立ち尽くし、やがて俺の顔を見る。
そして、少し震える声で、
「もしかして……ここは……?」
「お前の家だ」
佳奈は口元を手で覆い、堪えきれず涙をこぼした。
「本……当に……家……?」
「そうだ」
それから彼女は、何度も何度も頭を下げ、礼を繰り返した。
「早く家に入れ。両親が中で待っている」
そう言うと俺は背を向け、邦蔵の邸宅に飛ぼうとした。
「あなたの……」
背中越しに、涙まじりの声が聞こえる。
「あなたの名前を、教えてください!」
振り向かず、俺は静かに答えた。
「ログアウターだ」
そして、邦蔵の邸宅前へ飛んだ。
俺は今、高い塀に囲まれた門の前に立っている。
一目で、それとわかるほどの豪邸だった。
正面の重厚な門には、厳重に鍵がかかっていたが、俺は難なくそれを解錠する。
防犯カメラがこちらを向いているが、その映像を見ている人間に、俺の姿は認識できない。
俺は堂々と庭を進み、玄関へ向かってまっすぐ歩いていった。
『おい! 止まれ!』
暗い庭から、突然声をかけられる。
そちらに視線を向けると、それはレストランで最初に声をかけてきた、黒いスーツの男が立っていた。
男は懐中電灯で俺の顔を照らすと、思わず声をもらした。
『お前!? まさか……逃げ出せたのか……』
信じられないという顔で、男は俺を見る。
すると男は、何かを考えるように独り言を言い始めた。
『こいつを連れ去ってから、しばらくして本部が壊滅した。最後の通信は……”ログアウター”……』
男は顔を上げ、俺を見ると、はっとした表情に変わる。
『お前が……いや、そんなはずはない』
俺は、男に言った。
「ログアウターだと、名乗ったはずだ」
次の瞬間、俺の顔に向かってくるナイフの刃先を止めた。
男は、右手にナイフを突き出した姿勢のまま固まっている。
俺は、動くことのできない男の目をまっすぐに見据えた。
「お前は、ログアウトされるほどのことはしていない」
その言葉が終わると同時に、ナイフを握ったまま、男はその場で気絶した。
倒れた男に、それ以上構うことなく、俺は玄関へ向かう。
玄関の扉はスマートロックで施錠されていたが、それも解錠し家の中へ入った。
入ってすぐ、まっすぐに伸びた廊下が見え、その左右に部屋が並んでいる。
右手には2階へ続く階段が見えるが、邦蔵は1階の一番奥の部屋にいた。
俺は土足のまま家に上がる。
足の裏をわずかに浮かしているため、床に汚れはつかず、足音もしない。
数歩進むと、左手にある引き戸が開いているのが見えた。
中を覗くとそこはキッチンで、ダイニングテーブルには邦蔵の妻が、疲れ切った表情で腰掛けていた。
彼女は俺と目が合うと、一瞬その目を大きく見開いたが、座ったままで軽く会釈をした。
どうやら、俺を他国の何者かだと思ったらしい。
それほど、この家には得体のしれない連中が頻繁に出入りしているのだろう。
次の瞬間、彼女はダイニングテーブルに突っ伏し、そのまま深い眠りに落ちた。
そのとき、階段を駆け下りてくる足音が響いた。
最終話前編です。




