16、無駄な抵抗
最終話まで毎日17時に更新します。全18話。
……ガラン
ロケット弾は起爆することなく、屋上のアスファルトの上を転がった。
こいつらは、俺が黒いスーツの男2人の視界から情報を得ていることを知らない。
もっとも、百歩譲ってロケット弾が直撃したところで、何が起こるわけでもないが。
続けざまに、俺は兵士たちから弾丸を浴びせかけられる。
前方の2名がリロードのため、銃からマガジンを落下させた瞬間、それを追うように、2人はその場に倒れて動かなくなった。
兵士たちの背後には、彼らに守られるようにして立つ、3名の中年男性がいる。
彼らは、信じられないという表情で、目の前の光景を見つめていた。
そのとき俺は気づく。
こいつらが、中比良会長らとあのレストランで会食していた、参照できない5名のうちの3名だと。
するとそのうちの1人が、残りの2人の影に隠れるように、さらに一歩後ろへ下がった。
なるほど……。
下がったこいつが、トップか。
俺は、弾丸の雨を受けながら、その男に向かって歩き出した。
視界の隅で、新しいロケットランチャーを担ごうとした兵士が、その場に崩れ落ちる。
そして、俺に向かってサブマシンガンを撃ち続けていた、スタンガンの男と目が合った。
次の瞬間、その目から急速に光が失われ、銃が手から滑り落ちると、膝をつきそのまま前に倒れた。
トップと思わしき男は、指揮官の背中を押し、
『なんとかしろ! あいつを殺さない限り、二度と本国に帰れないと思え!』
と、必死で叫んでいた。
だがヘリコプターの轟音が、その声をかき消した。
屋上はテニスコート2面分ほどの広さで、そこにあるヘリポートへ向け、機体は荒々しく降下しようとしていた。
指揮官の男は、大きく息を吸い、
『撃ち方やめ!』
ヘリコプターの音を、打ち消すような大声で命令を発した。
部下の兵士たちは即座に射撃を中止し、銃口を下げる。
指揮官の男は兵士たちより一歩前に出ると、余裕のある表情で俺に問いかけた。
『貴様が、あのログアウターだな』
俺は立ち止まったが、それには答えなかった。
これだけの力を見せてなお、この態度を取れるのか。
メッセンジャーとして使える可能性はある。
俺はそう思った。
すると指揮官の男は、肩にかけていたアサルトライフルを部下に渡すと、両手を上げ、まっすぐ俺に向かって歩いてきた。
『そうだな、答えるまでもないな。弱者の世迷い言と思い、鼻にもかけていなかったが、実際お目にかかると、なんともはや……』
男はつぶやきながら、外傷もなく死亡している部下たちの抜け殻を見回す。
そして俺の前に来ると、にこりと笑い、右手を差し出してきた。
『ログアウター。俺と組め。そうすれば世界すら、この手の中だ』
俺は迷うことなくその手を握り、男の目を見据えた。
『後ろのボスの時間稼ぎのため、ログアウトされていった部下たちに、何か言うことはあるか』
言い終わる直前だった。
男の表情が一変する。
左手を腰に回すと、ナイフをすばやく抜き、手を握ったままの姿勢で、俺の空いた右脇腹へそれを突き立ててきた。
18センチの刃が、根元近くまで一気に突き刺さる。
さらに男は俺の目を見ながら、その刃を捻った。
『特にないな。駒が減るのは、戦場の常だ』
そう言うと、握った右手を引き抜こうとする。
だが、その手は離れない。
次に、ナイフの柄から左手を離そうとするが、それも動かなかった。
『くっ……! 貴様!』
焦った男は、俺の股間へ膝蹴りを放とうとする。
だが、その足も床から離れなかった。
このやり取りの途中で参照を終え、俺はこの男をメッセンジャーとして不適格と判断した。
『やめろ! やめてくれ!』
『この子だけは!』
『お父さん!』
無数の悲痛な叫びが、俺の頭に流れ込んできた。
記憶によれば、こいつの率いる部隊は数年前、隣国へ侵攻した際、数多くの現地の民間人を蹂躙している。
さらにこいつは派兵されたすべての地域で、同様のことを繰り返していて、その犠牲者の中には、行方不明とされている日本人も含まれていた
四肢を固定された状態で、できることといえば頭突きと噛みつきぐらいだった。
必死の形相でそれを繰り返す姿からは、もはや歴戦の猛者の仮面は剥がれ落ち、俺にはただの虐殺者の断末魔のようにしか見えなかった。
俺は、背後で銃口を下げたままの部下たちへ視点を向ける。
次の瞬間、男は部下に向かって叫んだ。
『撃て! こいつを殺せ!』
しかし、その言葉を発した直後、男の目から光が消え、四肢を固定されたまま全身の力が抜けた。
そして、体をくの字に折り曲げたまま動かなくなった。
固定を解くと、男はそのままコンクリートの床に顔面をこすりつけ、まるで泥酔したように尻を突き出した格好で崩れ落ちた。
部下たちはこちらを見ることもなく、一斉に着陸寸前のヘリコプターへ向かって逃げ出した。
だが、ヘリポート付近にいた指揮官直属の兵士2名と助手席の男によって、彼らは次々と射殺されていく。
これで、屋上に残ったのは6名だけだ。
俺が脇腹に刺さったナイフを引き抜くと同時に、ヘリコプターが強引に着陸した。
引き抜いたナイフには、恨みや恐怖――犠牲者たちのネガティブな思いが、べったりとこびりついている。
俺は、その思いごとナイフを地球に還元した。
もちろん、ナイフは演出のために、わざと受けただけで、俺にダメージは一切ない。
それから俺は、トップの男へ向かって、ふたたびゆっくりと歩き出した。
すると助手席の男が、トップの男以外の2名をおもむろに俺の方へ突き飛ばす。
そして自分は、トップの男をかばうようにしてヘリコプターへ乗り込んだ。
突然の裏切りに、護衛の2名が一瞬だけ戸惑いを見せる。
だがすぐに何かを察し、突き飛ばされて倒れた重要人物をかばうように、前へと進み出た。
護衛の1人が、ヘリコプターに向かって怒鳴る。
『早く行け!』
2名の重要人物は、なんとかヘリコプターに乗り込もうと、床の上でもがいた。
だが日頃の運動不足と極度の恐怖のせいで足がもつれ、立ち上がることすらできない。
その醜態を背に、護衛の2名は覚悟を決めた顔で横並びになる。
そして3点バーストを刻みながら、俺との距離を一歩ずつ詰めてきた。
誰かを守るために死ぬ覚悟を決めるのは、なかなかできるものではない。
俺は、少しだけ感心した。
次の瞬間――
10メートルほどの距離を一瞬で詰め、護衛2人の肩を軽く叩く。
2人は表情を変える暇すらなく、その場に崩れ落ち、二度と動くことはなかった。
俺は、この2名にもわずかに期待していた。
だが読み取った記憶は、指揮官のものと大差なく、民間人を娯楽として虐殺してきたものばかりだった。
『早く、飛べ!』
ヘリコプターの中では、助手席の男がシートを叩きながら、パイロットを怒鳴りつけていた。
だがパイロットは、ひどく焦った様子でそれに答える。
『駄目です! 上昇できません! まるで地面に貼り付いているみたいだ!』
足元で腰を抜かしている2名の重要人物が、俺の脚にすがりついてきた。
『助けてくれ! 助けてくれたら、なんでもお前の思いどおりにする!』
『そうだ! 金も、女も、権力も……』
言い終わらないうちに、2人は動かなくなった。
『くそ……!』
助手席の男は、俺にサブマシンガンの銃口を向け、引き金に指をかけた。
憎悪と恐怖の入り混じった目で俺を睨み、泣き言のように叫ぶ。
『俺たちが、ここまでされるほどのことをお前にしたのかよ! お前に、何の関係があるんだ!』
次の瞬間、マガジンの中の銃弾は、俺の体に向かってすべてばらまかれた。
だが弾頭の形を変えることなく、弾丸は次々と床に落ちていった。
男は目から涙をあふれさせながら、弾の尽きた銃の引き金を何度も引く。
俺は男のサブマシンガンを掴み、体ごとヘリコプターから引きずり下ろす。
そして、恐怖に震える男を見下ろし、静かに言った。
『それは、被害者たちのセリフだ』
その言葉に男の目が一瞬で怒りに満ち、俺を睨みつけながら、呪詛を吐くように声を荒げた。
『絶対に仲間が、お前を殺す! こんな真似は、許さない。ログアウター!』
「安心しろ、仲間も、すぐだ」
俺の言葉が終わるのと同時に、助手席の男は、引き金に指をかけたまま床に倒れた。
機内からトップの男とパイロットの2人が、怯えきった目で俺を凝視している。
ここまででも十分だが、さらにもう1つ見せることにした。
俺は両方の手のひらを上に向け、胸の高さまで上げた。
そして、両手を一気に握りしめる。
次の瞬間――
背後に転がっていたすべての死体が、装備ごと跡形もなく消え去った。
床に撒き散らされていた薬莢も、1個たりとも残っていない。
光の粒に変換だとか、薄く光る膜に包まれてだとか、そういった親切な演出は、今回はなしだ。
本来、手を握る動作すら必要ない。
だが、これぐらいはしないと錯覚だと勘違いされかねない。
想定どおり、目の前の出来事にトップの男は目を見開いたまま、呼吸をすることすらも忘れている。
俺はヘリコプターに乗り込み、男の肩に手を置く。
「公使か」
この男が何者なのかが判明した。
大使館のナンバー2だった。
ナンバー1である特命全権大使は顔が知られているため、派手な行動は取りにくい。
そのため、ナンバー2のこいつが実質的に組織を仕切り、日本での工作活動の中枢にいたというわけだ。
俺は肩に手を置いたまま、公使の目を見据え、ゆっくりと、噛んで含めるように告げる。
『いいか、よく聞け』
公使は固まったまま、口を動かすことすらできなかったが、構わず続ける。
『この出来事を、今見たすべてを、国に帰って、お前の上司、部下、家族、あらゆる人間に伝えろ』
伝え終わると、俺は公使の視界の隅に「24」という数字を表示した。
これは、こいつにしか見えない。
『お前とパイロットは、逃がしてやる。だが、その数字がゼロになるまでに、誰にも伝えなかった場合、お前はどこにいようがログアウトされる』
最後にそう言うと俺は、ヘリコプターから降り機体の拘束を解いた。
自由になったヘリコプターは、一目散に上空へと舞い上がった。
遠ざかるヘリコプターの音と入れ替わるように、無数のサイレンが聞こえ始める。
ほどなくして、このビルを取り囲むほどの台数の装甲車とパトカーが到着し、周辺地域はすみやかに封鎖された。
ビル内の銃声はともかく、屋上での激しい銃声は隠しようがないだろう。
周辺のからの通報が相次いだのは、想像に難くない。
周囲を見回すと、建物を直接包囲しているのは、銃器対策部隊とSATだった。
さらに周囲のビルにも、スナイパーライフルを装備した隊員が多数配置されている。
俺は出入り口の防犯シャッターを解除し、すべての扉を解錠した。
何度も書き直して、結構苦労しました。そして、文字数が多くなってしまいました。




