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15/18

15、逃がすわけがない

最終話まで毎日17時に更新します。全18話。

 俺はログアウトした兵士たちの記憶を参照し、このビルに点在する残りの兵士を探し出す。

 そして見つけ次第、赤い印を付与した。

 彼らはいずれも、このフロアのカメラ映像で状況を把握していた。

 そのため、全員が一刻も早く、このビルから逃げ出そうとしている。


『やばいぞ! 早く下りろ!』

『隊長! 我々は上の階へ!』

『ダメだ。上の階へは、行けない』

『あれがログアウターか?!』

『お前も見ただろ。攻撃が通じてない』

『くそ! これも好き放題やってたツケか……』


 目を閉じると、兵士たちの恐怖が流れ込んでくる。

 視点を下げると、階下の複数の出入り口へ向かって、少なくない数の赤い印が散らばるように移動していくのが見えた。


『早く下りろ! 出口はすぐそこだ!』

『急げ! 1階まで下りれば、俺たちの勝ちだ』

『そうだ! 非常口から出るぞ!』


 兵士たちは、小さなグループに分かれ、あるものは非常口へ、あるものは非常階段へ、またあるものは別のエレベーターで1階の正面エントランスへと向かっていた。


「逃がすわけがないだろう」

 俺はそうつぶやき、ビルのすべての非常口をロックし、外部との通信も完全に途絶させる。

 続けて、防犯シャッターを強制的に作動させ、入口を完全に封鎖した。

 このビルには、主に外国企業が入っている。

 その大半が、多少なりとも表に出せない事情を抱えていた。

 だから、問題になることはない。


『隊長! 非常口が開きません!』

『なんだこれは?! 勝手にシャッターが閉まるぞ!』

『だめです! 電話がつながらない!』


 非常口前の兵士たちは、動かない扉の鍵にショットガンを斜めに当て、弾を撃ち込んだ。

 ブリーチング弾が、鍵穴周辺を破壊したが、扉は開くどころかびくともしない。

 一方、1階では兵士たちが、突然下りてきた防犯シャッターを持ち上げようとした。

 だが、屈強な男たちが顔を真っ赤にして踏ん張っても、1ミリも上がらなかった。



 俺の目の前には、ログアウトされた抜け殻が47体、床に転がっている。

 そして部屋の中には、拘束されたままの被害者たちが、静かに時が過ぎるのを待っていた。

 まず俺は、このフロアに積み上がった47の残骸と、その装備、簡易バリケードを含む設備を、すべて消去する。

 次に、被害者を拘束していたベルトを消し、被害者の意識に直接、指示を送った。

「集合」

 各部屋から、被害者たちが不安そうに周囲を見回しながら、自分の足で俺の元に集まってくる。

 全員が、一様に状況を把握できていないようだった。

 それも当然だ。

 つい先ほどまで激しい銃声が飛び交っていたこの通路から、兵士の死体どころか、一切の戦闘の痕跡が消し去られていたからだ。


 拷問による傷でログアウトされかけていた老人も元の姿に戻り、カウントダウンの数字も消えている。

 18の部屋で行われていた虐殺ショーの犠牲者22名は、全員元の姿でここにいた。

 そのほとんどが日本人だった。

 残りの2部屋は、組織内の制裁だったため、俺はドアを固く閉ざしたまま、2名を速やかにログアウトした。


「良い経験をしたな」

 喋ることすらできなくなっている被害者たちの視線が、一斉に俺へ集まる中、そう静かに言った。

 返事はなく、彼らの中に、ただ動揺だけが走る。

 怒りを向けられても不思議ではなかったが、あるのは無言の困惑だけだった。

 それも無理はなく、目の前に立っているのが、この惨状そのものを、一瞬で無かったことにした存在だと、察しているからだ。


 被害者のほとんどが、目を背けたくなるような損傷を負っていた。

 俺は、そのすべてを何事もなかったかのように修復した。

 ついでに持病も治し、歯も再生し、視力も本来の状態に戻している。

 なおさら文句を言える者など、いるはずもなかった。

 

 だが、被害者たちの心の傷は深かった。

 今の状況がもはや切迫したものではないと理解した瞬間、数人の女性がその場に泣き崩れた。

 そしてその涙は、伝染するように被害者たちに広がっていく。

 床にへたり込み泣き崩れる者、うつむいたまま一点を見つめ続ける者。

 そこに安堵の表情を浮かべる者は、1人もいなかった。

 どれほど過酷な状況だったのかは、記憶を覗かずとも理解できる。

 確かに善人ばかりではない。

 それでも、ここまでの仕打ちを受けるほどの悪人もいなかった。

 

 俺は彼らに問いかける。

「ここでの記憶を消してほしい者はいるか」

 22名、全員が手を上げた。

 俺は彼らの記憶を改ざんする。

 拷問、死の恐怖、激しい苦痛、喪失感――そのすべてを、一瞬で消去した。


 もっとも、それは被害者の記憶から消えただけで、この世界には残されたままだ。

 俺が「良い経験」と言ったのは、皮肉ではない。

 それぞれが寿命を迎えたとき、いずれ理解するだろう。


 ――


「あれ? なんで?」

「どこだ……ここ?」

「誰ですか? あなたは?」

「なんで泣いてんだ、俺?」

 さきほどまで苦しんでいた被害者たちは、怪訝そうな表情を浮かべ、口々に疑問を漏らす。

 その中で、先ほどまでログアウト寸前だった老人が、俺を見上げて言う。

「あんた……なんか知らんか?」

 その一言で、全員の視線がふたたび俺に向いた。

 俺は、はっきりと告げる。

「大人しく待て。もうすぐ警察が来る」

 被害者たちはどよめいた。

「あんた誰だ?」

「なんで俺たちはここにいる?」

 問いが一斉に向く。

「あとは警察に聞け」

 俺がそれだけ言うと、被害者たちは不自然なほど急速に静かになった。


 被害者たちが静まったのを確認し、俺は端の部屋から身を小さくしてこちらを見ている、3列目の男のもとへ歩み寄った。

 この男だけは、記憶を消していない。

 男は、おびえた目で俺を見上げる。

「名前は」

 問いかけると、震える声で答えた。

「グァン……グァンです」

 俺は部屋の一角を指さす。

「それで、あの者たちを守れ」

 グァンが、はっとして振り向く。

 そこには、今まで影も形もなかったはずのアサルトライフルと、マガジンが1本、床に置かれていた。

「立て」

 俺はグァンの肩をつかみ、無理やり立ち上がらせる。

「用が済むまでだ」

 そう言うと、このフロアの出入り口をすべてロックし、1階下へ飛んだ。

 

 俺は43階の通路に立ち、左右に並ぶ部屋のドアを視界に入れる。

 室内には、参照できる者と、できない者が入り混じっていた。 

 ここは、1フロアまるごと人間を監禁する牢獄のような場所だった。

 俺は直接44階に連れて行かれたが、ほとんどの人間は、この43階で一旦監禁され、尋問を受ける。

 牢獄のような場所といっても、鉄格子の扉があるわけではない。

 内装は、ホテルの一角のように整えられている。

 それが微かに漂う血の臭いと相まって、異様な雰囲気を醸し出していた。


 部屋の中には、44階で拷問を受け、その際に負った傷を治療されている者もいた。

 ただこれは、善意からではない。

 情報を引き出すため、そして娯楽としての拷問の時間を延ばすためだ。

 俺は、そうして傷を負った人間を、元通りに修復した。


 部屋の総数は、40部屋。

 44階の倍だ。

 監視室が2つ設けられていたが、どちらももぬけの殻で、ずらりと並ぶモニターの前には誰もいない。

 画面には、現在監禁されている10名の様子が映っていた。

 その中には、JNB会長・中比良邦蔵の孫娘――中比良佳奈がいる。

 彼女は表向きには海外で生活していることになっているが、実際にはここに監禁されていた。

 いわゆる人質だ。

 過去に監禁された経験のあるJNB重役の親族たちは、現在全員が海外に渡航している。

 そのため俺には、実状を自分の目で、確かめる必要があった。

 見る限り、佳奈は特別待遇を受けている様子はない。

 6畳ほどの簡素な部屋に、他の者と同じように閉じ込められている。


 佳奈は、邦蔵の任期が終わるまで、ここからは出られない。

 スマホなどの通信機器は取り上げられ、外部との接触は完全に遮断されている。

 月に一度、家族との面会が許されているが、JNBが外国に不利な報道を行えば、懲罰としてそれも中止になる。

 その結果、JNBは日本の放送局でありながら、反日的な放送を強いられていた。


 天井を見上げると、肉眼にはただの照明が映っているだけだが、それに重なるようにビルの屋上へ赤い印が集まっているのが見えた。

 視線をエレベーターへ移すと、階下から人が昇ってきていて、赤い印が、階段とエレベーターに分かれて上へ移動している。

 さらに下の階では、エレベーターに乗れなかった者たちが、階段を下りていくのも、印の動きで見て取れた。


 すべての出入り口を封鎖したが、こいつらの専用エレベーター1基と、屋上への扉は解放している。

 おびき寄せられていることには、すぐ気づくだろう。

 だが、気づいたところで、俺が強化した防犯シャッターはロケットランチャーでも破壊できない。

 逃げ場は、屋上に出るか、どこかの部屋で隠れてやり過ごすか――その二択しかない。

 だが、俺にマークされた時点で隠れられる場所などなかった。


 そのとき、遠くからヘリコプターの音が近づいてくる。

 俺は、屋上にいるスタンガンの男と助手席の男が見ているものを確認した。

 そこには、明らかに兵士ではないスーツ姿の中年男性が3名いた。

 そして彼らの周囲には武装した兵士6名が銃を構え、いつでも撃てる態勢を取っていた。

 この3名の中年男性が何者なのかはわからない。

 しかし、この中の誰かが組織の長であることは、兵士たちの様子から容易に察せられた。

 

 俺は専用エレベーターを呼び、それに乗り込むと、入ってきたドアの方へ向き直った。

 このエレベーターは、専用のICチップがなければ起動しない。

 黒いスーツの男が手をかざしていたのも、手にチップが埋め込まれていたからだ。

 もっとも、俺には関係のない話だが。


 液晶パネルに明かりが灯り、エレベーターは上昇し始める。

 表示が、43、47、50……と変わり、

 「RF」

 屋上に到着し、ドアが静かに開く。

 次の瞬間、目に飛び込んできたのは――

 こちらに向かって飛来する、ロケット弾の先端だった。

 

今回は区切りを見失い、少し長くなってしまいました。

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