14、死屍累々
最終話まで毎日17時に更新します。全18話。
俺が部屋の外に出た瞬間、乾いた爆発音とともに50口径の弾丸が頭部へと迫ってきた。
その12.7ミリの塊は、俺に触れることなく床に落ち、赤い絨毯を焦がす。
続けざまに2発、3発、4発と2方向から連続して撃ち込まれたが、結果は同じだった。
落ちた弾丸の熱が絨毯に火をつけ、炎と煙が俺の視界を塞ごうとする。
だが次の瞬間、すべての煙と炎を消し、そこには焦げ跡だけが残った。
俺は向かってくる対物ライフルの弾を止めながら、あの液晶パネルしかないエレベーターの方へ向く。
分厚いコンクリートの壁を背にすれば、人間の目には背水の陣のように見えるかもしれない。
通路の幅は約3メートル、ここからエレベーターまでは、40メートルほどある。
エレベーター前には、通路の横幅いっぱいに、腰の高さほどの簡易バリケードが設置されていた。
男の記憶によれば、これは防弾性能を持つジェルを充填した、強化プラスチックとケプラー素材の複合材でできた板で、即座に展開可能なものだ。
バリケードの後ろには、対物ライフルを構える兵士が2名。
さらにその後方には、ボディアーマーに身を包んだ兵士が10名、アサルトライフルやグレネードランチャーをこちらに向けていた。
その中に、逃げ出したスタンガンの男と助手席の男が混ざっているのが見える。
彼らは黒いスーツの上からボディアーマーとヘルメットを装着し、手にはサブマシンガンを持っていた。
それ以外にも、俺へ意識を向ける者たちがいる。
通路に沿いの各部屋に潜む男たちだ。
彼らは入口付近に身を隠し、いつでも攻撃できるよう武器を携えている。
俺は、それらすべての攻撃的な意識を持つ人間を参照しようとした。
だが、全員が外国人だったため、誰一人として見えなかった。
代わりに、各部屋の奥に、参照可能な人間が多数存在することに気づく。
中には、すでにログアウトまでのカウントダウンが始まっている者もいた。
――連れてこられた被害者たちだ。
ここまでわずか2秒。
俺は、このフロアの全体の状況を把握していた。
間髪入れず、スモークグレネードが4つ、俺の足元へ投げ込まれ、煙を周辺に撒き散らそうとした。
だが、その煙も一瞬で消え、絨毯の上に4つの新品が転がってるだけだった。
本来なら、煙幕に紛れて突入するはずだったのだろう。
エレベーター横の非常階段の扉から、武装した兵士たちが次々とこのフロアになだれ込んでくる。
しかし、発煙していない異常な光景を見て、彼らの隊長が叫んだ。
『セカンドを投げろ!』
だが、フロアを仕切る指揮官は、俺の足元を指さし、無言で首を横に振る。
これで、このフロアの敵の総数は52人となった。
1人ずつオンラインにして参照することもできたが、もうその必要はない。
俺の率直な感想は、「日本国内で、よくもここまで好き勝手してくれたな」それだけだった。
次の瞬間、射撃音とともに、12.7ミリの弾丸が俺に届く。
――ログアウト
対物ライフルの射手の片方を、即座に処理する。
彼の放った弾丸は俺の体に触れることなく落ち、ふたたび赤い絨毯を焦がした。
知らなかったとはいえ、管理者に対してここまで明確な殺意を向けてくる人間をログアウトしたところで、彼の国の管理者も、文句は言えないだろう。
そんな事を考えている間にも、棒立ちの俺に向けて、7.62ミリと5.56ミリの銃弾が次々と降り注いだ。
どうやら逃げた2人は、俺のことを詳しく説明する時間がなかったらしい。
あれだけわかりやすく、デモンストレーションをしたというのに。
俺は、元いた部屋の3列目の男の方へ視線を向ける。
男は物陰に身を潜めながらも、その目にこの光景を焼き付けていた。
それを確認すると、俺はエレベーターに向かって、ゆっくりと歩き出す。
――ログアウト
正面で対物ライフルを撃ち続けていた、もう1人の射手が、引き金に指をかけたまま崩れ落ちた。
――ログアウト
バリケードの後方から、グレネードを撃ち込んできた兵士が倒れる。
グレネードは起爆せず、床に転がった。
さらに前へ出て、隣の部屋のドアに差し掛かった瞬間。
ドアが勢いよく開き、真横から散弾を浴びせられた。
すべて返そうとしたが、撃ってきた男の背後に、拘束され片足をもがれた女性と、血まみれのノコギリを持つ男の姿が見えた。
――ログアウト
2人の男は、ショットガンとノコギリを手にしたまま床に崩れ、空中の散弾はぱらぱらと絨毯に落ちる。
俺は女性の足を元通りに修復し、痛みを消した。
――ログアウト
横を向いた俺のこめかみを正確に狙ってきたアサルトライフルの兵士は、引き金を引いた姿勢のまま倒れた。
――ログアウト
それとは対照的に、恐怖によりフルオートで引き金から指を離せなかった兵士が崩れ落ちる。
制御を失ったアサルトライフルは、マガジンが空になるまで周囲に弾をばら撒いた。
その結果、3名が負傷し、2名が即死した。
負傷した3名は後方に退避しようとしたが、隊長によって射殺される。
――ログアウト
増援部隊の隊長も、その場で崩れ落ちた。
彼が最後に撃ったのは、俺ではなく、味方だった。
一歩、また一歩と、エレベーターに向かって確実に歩みを進めていく。
俺が進むたびに、対象は倒れ、二度と動かなくなる。
通過する両側の部屋のドアを、離れた位置から開き、一部屋ずつ目視する。
すべての部屋に監禁されているわけではないが、人間の感覚では「おぞましい」としか表現できない惨状も散見された。
だが今は、目の前の障害物の処理を優先するため、被害者の傷を修復するだけに留めた。
ちょうど半分、10の部屋を通過した時、兵士と黒いスーツの数も、ほぼ半数になっていた。
――死屍累々。
今、目の前に広がっているこの光景こそが、それだ。
この惨状にも関わらず、兵士たちは俺に向かって弾を撃ち続けている。
一発も有効打が無いにもかかわらず。
しかも、逃走を図った兵士は、味方の手で撃ち殺されていた。
なぜ撤退命令が出ないのかを知っているが、こいつらに同情するつもりはなかった。
通路の両脇や、部隊が突入してきたエレベーター脇の扉の周辺に、残骸が積み重ねられていく。
――ログアウト
残骸の足を引きずり、扉の外に運び出そうとしていた兵士も、同じように残骸となって床に転がった。
――ログアウト
絨毯の上に設置された軽機関銃を握りながら、伏せ撃ちの姿勢のまま、ひとりの兵士が眠るように力尽きる。
その背後では、この現場を指揮していた指揮官が、無線越しに何らかの指示を受け取ったらしく、短く応答していた。
そして、スタンガンの男と助手席の男を含む4名を引き連れ、背後のエレベーターへと乗り込む。
取り残された兵士たちは、戸惑いを隠せないまま、それでもなお俺に向けて、途切れぬ殺意と恐怖を向け続けていた。
そのとき、管理者になったばかりの頃を思い出す。
当時は、注意すべき人物に赤い印をつけていた。
だが、それもすぐに使わなくなった。
最初に気になった時点で、その人物は例外なく、制裁対象となる行為を行っていたからだ。
今回のように制裁対象が多いとなると、久しぶりに使ってみる気になる。
そしてこのフロアで、俺に向かうすべての殺意に対し、赤い印をつけた。
まるで、ゲーム画面の多重ロックのように、視界が赤い印で埋まる。
次の瞬間。
《ログアウト》
このフロアから、すべての殺意が消えた。
無数の残骸と引き換えに、目の前の赤い印が一斉に消失した。
ついさきほどまで、凄まじい銃声が支配していたこのフロアは、嘘のように静まり返っている。
聞こえてくるのは、全開で回り続ける排気ファンの羽音だけだ。
「たしかに、44階は縁起が悪かったな。もっとも、俺にとってではなかったが」
誰に言うでもなく、俺はそうつぶやいた。
銃撃シーンは描写が難しいですね。




