12、出られない部屋
最終話まで毎日17時に更新します。全18話。
やはり、こいつらの言語で突然話したことで、警戒されたのだろう。
少し遊んだだけだったが、さすが訓練を受けているだけあって、不測の事態への対処は早かった。
意識を失ったふりをした俺は、一番奥の部屋へと運ばれ、両手の拘束を解かれた。
そして今度は、金属製の重厚なベッドに寝かされる。
それは手術台のような造りで、ところどころに小さな排水口が設けられている。
仰向けに寝かされた俺は、首、上腕、手首、大腿、足首。
それぞれを革製の太いベルトで、ベッドにきつく固定された。
これだと、屈強な男が力任せに暴れたとしても、どうにもならないだろう。
いきなり、顔に冷たい水が大量に浴びせられた。
俺はゆっくり目を開ける。
そこには、ニタニタといやらしい笑みを浮かべる、あざけっていた男がいた。
名前はわかってるが、俺はそれには興味がない。
男は俺の顔を覗き込みながら、大きな声を出した。
『起きたか! 日本人!』
テンション高く叫んだこいつは、俺のことを人間だと思っている。
そして、嬉々とした表情のまま、言葉を続けた。
『どうだ、今の気分は? 何か言いたいことがあったら、口がついているうちに聞いておくぞ』
俺はこの男の目を見ると、淡々と言った。
『ありがとう』
男は一瞬、面食らったような顔になり、周囲を見回した。
周りの男たちも同じように表情が固まっていたが、スタンガンの男が吹き出したのをきっかけに、3列目の男を除いた全員が爆笑した。
『なんだそりゃ!』
『こいつ大丈夫か?』
『…………』
『やっぱりお前は、殺すにはおしいくらい面白いな』
あざけっていた男はそう言うと、壁に手を伸ばし、マチェーテを取った。
壁には、たくさんの武器や刃物がずらりとかけられている。
マチェーテ、ノコギリ、グルカ刀、青竜刀、日本刀、ハンマー。
そして、拳銃やショットガンといった銃火器まであった。
拷問器具らしいものは見当たらないが、これだけ揃っていれば、人間を痛めつけるには十分すぎる。
さらに、今の体勢では直接見えないが、部屋の隅のキャビネットの中には、プラスチックの容器に入った「大量の水酸化ナトリウム」が保管されていた。
こいつらの手によって、ここで苦しみながら死んでいき、死体すら出なかった被害者たちのことを思うと、ほんのわずかだが胸の奥が重くなった。
男は、マチェーテの長い刃を見せつけると、その刃先をわざと俺の眼球すれすれまで寄せくる。
そして、耳元でささやいた。
『お前が何者で、何を嗅ぎ回っていたのかは知らねぇ。だがな、何か俺たちの役に立つようなことを教えてくれたら、わりと楽に、”ログアウト”させてやるよ』
こいつは、悪い意味で繰り返し「ログアウト」という言葉を使っている。
それは、俺が世間に浸透させようとしてきた「ログアウター」、そして「ログアウト」という概念の歪んだ使われ方――いわば、”負の側面”だった。
いずれ、悪用できないように何らかの対策を講じる必要がある。
男は邪悪な笑みを俺に向けたまま、マチェーテを上下逆さに持ち替えると、そのまま俺の腹部めがけて刃先を勢いよく振り下ろした。
だが俺は、こいつが今はまだ刺さないことを知っている。
案の定、刃先は腹部に到達する5ミリ手前で、ぴたりと止まった。
男の顔から、すっと笑みが消える。
俺がおびえるどころか、まったく動じていない様子を見て、こいつは少し考え込むようにうつむき、独り言のようにつぶやいた。
『何者だ……こいつ? まるで動じねぇ……何かがおかしい……まさか……どこかのエージェントか?』
すると、横で黙って見ていたスタンガンの男が口を挟む。
『でもよ、顔認証にも引っかからなかったからな。こいつ、ビビりすぎてそれどころじゃないだけだろ?』
男は一瞬考え、マチェーテを戻すと、代わりに刃渡り10センチほどのナイフを手に取った。
そして視線を、俺の左手の指へ移す。
『おっさん。今から、その短い指を1本ずつ、その手のひらから、これで外していくからな』
そう言って、俺の目の前にナイフをかざして見せた。
ブレードと柄が黒一色で、無駄のないデザインだった。
刃に十分な厚みがあり、指程度なら、すぐに切り離せそうな洗練されたフォルムをしている。
それに何の反応もしないでいると、男はナイフの刃を、俺の左手の小指に軽く当てながら言った。
『楽に死にたきゃ、お前が何者で、何の目的で会長に会いに来たのか、喋ったほうがいいぞ。まぁ、俺たちはどっちでもいいんだがな』
今、こいつの中に渦巻いているのは、圧倒的強者の優越感と、底の抜けたサディズムだった。
それを無理やり言葉にするなら――
泣け!
叫べ!
苦しむ顔を見せろ!
小便垂れ流して、許しを乞え!
俺が支配者だ。
お前の生命は俺次第だ。
だいたい、そんな感じだ。
正直、かなりめんどくさくなってきた。
俺の指にかかった刃が、じわじわと重くなっていく。
男は、叫びに近いうわずったような声を上げた。
『ほらおっさん! 1本目!』
「ログアウターだ」
俺は天井の照明を見つめたまま、静かに言葉を放つ。
そして、指に押し当てられたナイフが、乾いた音とともに真っ二つに折れた。
男は、折れたナイフをまじまじと見つめ、信じられないという表情を浮かべる。
『は? なんだこりゃ? 誰だ? ナイフの手入れ一つできないやつは。ここのメンテナンスの連中も、後で教育が必要だな』
俺の言葉が、まるで耳に入っていないかのように男はそう吐き捨てると、一度壁に戻したマチェーテをふたたび手に取った。
そして今度は何も言わず、俺の左足首めがけて、何の躊躇もなく刃を振り下ろす。
だがマチェーテは、俺の足首に触れた瞬間、まるで鉄パイプにでも打ち付けたかのような音を立て、刃が欠け、ぐにゃりと曲がってしまった。
『なにっ!?』
男たちは、俺と曲がったマチェーテを、交互に見比べた。
俺はこいつらの動揺を無視し、体を拘束している革製のベルトを、空間に溶け込ませるように消しながら、上半身を起こす。
「だから……レストランの入口の時から、”ログアウター”だと言っている」
抑揚なく発した俺の言葉が終わらないうちに、あざけっていた男を除く3人が、部屋のドアへ殺到した。
「その状況判断と行動の早さは、さすがだ」
必死に逃げようとする3人に、俺は賛辞を送った。
もちろん、ドアは俺がロックしているので開かない。
誰も聞いていないようなので、こいつらの言語でもう一度、繰り返した。
『その状況判断と行動の早さは、さすがだ』
どうやら、この声すら耳に入らないほど、追い詰められているようだ。
3人がかりで取っ手を引き、蹴り、体当たりをしても、開く気配どころか、ドアは1ミリたりとも動かなかった。
男は、曲がったマチェーテを床に放り投げると、即座に壁にかけられているショットガンを掴む。
焦りからか、チャンバーの確認もせず、フォアエンドを荒くスライドさせた。
「無駄だ」
俺は、静かに言った。
だが男は、上半身を起こした俺へ、迷うことなく引き金を引いた。
銃口から放たれたすべての散弾は、俺に触れる寸前、まるで時間が止まったかのように、完全に静止する。
それを見てもなお男は、理性を失ったかのように、何発も、俺に向けて引き金を引き続けた。
水酸化ナトリウムをなぜ大量に保管しているのかは、あえて書きませんでした。




