10、レストランの玄関
最終話まで毎日17時に更新します。全18話。
JNB会長、中比良邦蔵。
この人物が、今回のP@stA大炎上に深く関わっていることは確かだった。
70年前、志を高く開局されたJNBだが、今ではそのころの面影は微かにも残ってはいない。
だが、この中比良が会長に就任したのは5年前のことだ。
さすがに全ての元凶が、この男でないのは明白だった。
そこで、俺はいつ頃からJNBの方向性が変わっていったのかを調べた。
日本のシステムにアクセスし、会長、副会長、理事など重役全てのアーカイブを閲覧する。
そしてそれだけでなく、歴代の重役全員。
さらに、その3親等以内の家族のアーカイブまで閲覧した。
生死は関係ない。
記憶は、すべて残っている。
その結果――
「こうなるのも仕方ないな」
率直な感想だった。
全てが理解できた。
なにゆえある時点から、JNBが日本人を貶めるような放送内容に偏っていったのか。
なにゆえ特定の国の、外国人犯罪を取り上げないのか。
なにゆえ多数の帰化人や外国人を率先して、職員として抱えるようになったのか。
一言で言えば、20年ほど前から、JNBは明確に外国勢力の影響下に置かれていた。
つまり特定の国に有利になるように、日本国民を誘導する放送を行っている。
そして、その放送局の意図を隠すため、時折日本を賛美するような番組を放送し、国民の目を欺くという方針をとっていた。
重役のほぼ全てとその家族が、何らかの形で長年にわたり外国勢力との利害関係にある。
こうなってくるともはや、関係を切る切らないではなく外国勢力そのものと言っても過言ではなかった。
だが俺は、今回の「JNBサマーフェス炎上」において、1つ疑問があった。
P@stAの出演を10万人を超える日本人が反対しているにも関わらず、出演を強行しようとしているのは、なぜなのかということだ。
かねてからJNBは、表向きの顔を保ったまま、巧妙にその役割を果たしてきた。
そのかいあって、テレビしか見ない高齢層は今回の炎上までJNBの放送内容に疑問を持っていなかった。
いや、ネットで情報をとれる層の中ですらJNBを養護する層も少なからずいた。
この炎上を抑えるためには、初期の段階で、国民に謝罪し出演の取り消しを発表することが最善だったはずだ。
P@stAが日本で人気があるのなら話は別だが、反日的な要素以外で特段注目されるグループでもない。
なぜそんな簡単な判断ができなかったのか。
「直接会いに行くか」
俺はそうつぶやき、スマホを机の上に置くと自室のイスから立ち上がる。
朝から始めた調査も、気づけば午後9時を少し回っていた。
かつての俺なら背伸びの1つでもして、「疲れた。また明日にしよう」とでも言っていたのだろうが、今の俺には疲労感どころか睡眠も必要ない。
目を閉じ、中比良会長の現在地を探る。
すると頭の中には、豪華なレストランの個室で、複数人で会食を行っている映像が浮かぶ。
大きな回転テーブル付きの円卓には、会長のほか、数名のJNBの重役とプロデューサーの姿がある。
不可解なのは、個人情報を一切参照できない男が5名、同席していることだ。
そして、会食の中心は中比良会長ではなく、その参照できない5名だった。
入口から一番遠い位置――つまり上座に、どっしりと居座るその男たちは、JNB側の人間より明らかに上位の存在であることが、その立ち振る舞いだけで伝わってきた。
俺はすぐ、その店の近くへと飛んだ。
目を開けると、少し離れた場所に高級感漂う立派な店構えが見える。
入口の自動ドア付近には、黒いスーツのアジア風の男たちが複数立っていた。
全員がサングラスをかけており、明るい街灯の下にもかかわらず、その表情は読み取れない。
俺は彼ら全員に目を走らせたが、誰一人として個人情報が参照できなかった。
そしていずれも黒いスーツの内側に、特殊警棒と軍用ナイフを隠し持ち、その立ち振舞いや体格からして、明らかに訓練を受けた者たちだった。
「こんなに護衛が必要となると、よほど重要な人物らしいな」
俺はそうつぶやくと、正面から堂々と入口に向かって歩いていった。
するとそれに気づいた黒いスーツの一人が、スッと俺の前に立ちはだかる。
サングラス越しで目は見えないが、明らかにこちらを威嚇していた。
「本日は貸し切りですので、一般のお客様の立ち入りはご遠慮下さい」
この店は調べた限り、普段から完全予約制で、一見が入れるような店ではない。
さらにもう一人の黒いスーツの男がやってきて、わざと距離を詰めると、俺を見下ろすように冷たく言い放った。
『ここはお前みたいな貧乏人が来る場所じゃない。死にたくなかったら、あっちに行ってろ』
外国語だったが、相手の意識をある程度読める俺には、何を言っているのかは理解できている。
たしかに、外見は自由に変えられるとはいえ、俺は今、オリジナルの守谷庄司の姿のままだ。
つまり、身長160センチの40代、貧乏くさい格好のしがない小さいおっさんだ。
この男が、そう言いたくなるのは理解できる。
俺は経験から、こういう場面でどうするべきかを知っている。
以前、日本国内で人身売買を行っていた外国人グループがいた。
その場にいた全員の個人情報が参照できなかったため、俺は手っ取り早く、全員をログアウトしようとした。
だがその瞬間、彼らの国の管理者が現れ、「もう一度よく考えてほしい」と言われた。
それは命乞いというより、どちらかといえば俺への助言のように聞こえた。
俺は少し考えた末、ログアウトはせず、まず全員の視力と言葉を奪った。
すると彼らは、その場で暴れ出した。
手近なものを掴んでは振り回し、石を投げ、声にならない叫びで、神を冒涜するような言葉を吐き続けた。
それを見て俺はこれだけでは足りないのだと痛感し、動くたび全身の関節に激しい痛みが走るようにした。
鎮痛剤も麻酔も、意味を成さない。
全員がその場に崩れ落ち、身動き一つ取れなくなった。
仲間に「殺してくれ」と伝えることすらできない。
さらに、国外に出てもその効果は一生続く。
俺はその痛みとともに、彼らが被害者の痛みを理解できるよう、願いを込めた。
何も考えず片っ端からログアウトしていったのでは、俺はログアウターではなく、ただのジェノサイダーになる。
日本を管理する以上、人間たちの”魂の成長”まで考慮しろ――
あの国の管理者が言いたかったのは、そういうことだったのだと、俺は勝手に解釈している。
だが今でも、これに明確な答えは出せていない。
それどころか、そもそもこの世界にそんな答えなど存在せず、判断そのものが、各管理者に委ねられているのかもしれない。
俺は、目の前に立つ2人の黒いスーツの男たちに言った。
「君らの仕事もわかるんだが、俺は会長に用があって来たんだ」
それを聞いた男は、サングラス越しではあったが、一瞬だけ動揺を見せた。
だが、さきほど外国語で俺をあざけったほうの男が、最初の男に目配せをすると、
「では確認いたしますので、お名前を頂戴できますか?」
先ほどとは打って変わって、流暢な日本語で問いかけてきた。
最初の男は一歩後ろに下がり、耳元のインカムに指を触れ、どこかに確認を取っている。
『会長にお会いしたいという男性が1名、正面に来られております…………はい……はい……左様ですか。承知いたしました』
俺が名前を告げずにいると、男はインカムから指を離し、距離を保ったまま言った。
「確認したところ、本日の来客予定はないとのことです。何かの勘違いかと存じますので、どうぞお引き取りください」
その丁寧な言葉づかいとは裏腹に、左手はいつでもナイフを抜ける位置にあった。
そして気づけば、周辺の護衛たちの半数がここに集結している。
ざっと10人ほどだ。
残りは店の裏と、周囲の警戒に当たっていた。
一気に全員を集めないところに、チンピラとは違う練度がうかがえた。
つまり、チームで行動していた場合、俺をおとりにした陽動の可能性もあるからだ。
だが俺は管理者で、一つの存在だ。
陽動も何も無い。
俺がこの人数を前にしても、まったく怯む様子を見せず動かないでいると、さきほど俺をあざけったほうの男が、ニヤニヤと嫌な笑顔で言った。
「おっさん、頭おかしいのか? 大人しく帰らないと、この前のやつみたいに、俺たちに”ログアウト”されるぞ」
その言葉に、男たちはどっと笑い声を上げた。
俺は間髪入れず、その男に問いかける。
「その”この前のやつ”っていうのは、日本人か」
まさかの質問に、男たちは一瞬きょとんとしたが、次の瞬間、またどっと笑った。
ひとしきり笑ったあと、後ろにいた別の男が俺に言う。
「そうだ、って言ったって、お前に何ができる? 日本の警察も、俺たちには手出しできないぞ」
それを聞いて、男はわずかに焦った素振りを見せた。
そして振り返ると、そいつに低い声で言う。
『おい、余計なことを言うな。こいつが記者だったら、また面倒が増える』
そして俺の方を向き、わざと大げさに笑顔を作り、その嘘くさい笑顔のまま告げた。
「冗談だ。だが、これ以上余計なことに首を突っ込むと、冗談が冗談じゃなくなるかもしれんぞ」
言い終わると、まるで犬でも追い払うようにシッシッと手を振った。
それを見て、後ろの連中がまた下品な笑い声を上げる。
だが俺は、表情ひとつ変えずに言った。
「それは、俺が”ログアウター”でもか」
本当は、もっと短くする予定でしたが、黒いスーツとのやり取りがおもしろくなって、こんなに長くなってしまいました。




