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第1章・裏 婚約者との再会③


「そんなことよりぃ、あんた、こうしてちゃんとした格好するとやっぱりいい男ね。魔塔に来たばっかりの頃を思い出すわ」

「そりゃどうも」

「シュヴァイニッツ先生かっこいい〜! って女性たちから人気なの知ってるぅ? 大人の男性だって! ぷくくくくっ」


 完全に馬鹿にしてやがる。首に手を回して固定し、反対の手でグリグリとゲンコツをお見舞いしてやると、再びギブアップした。


「痛たたたっ! もー、シュヴァイニッツ先生乱暴なんだから。あたしは本当のこと言っただけなのにぃ」

「みんな目がおかしいんじゃないか? それとも俺がかっこよく見える呪いにでもかかっているとか」

「なによそれ」


 アースティンの言う通り、この学校に来てからやたらと女性に褒められるし近付かれる。

 ギルベアトだって遊学中は多少言い寄られたりすることもあったが、あれはまだ若かったから。若くて身分のある男性なら、大抵の男は好意的に見られるものだ。

 そして魔塔に行ってからは世捨て人のようだったギルベアトがモテるはずもなく。そもそもみんな自分の研究に没頭していて、男女のあれこれとはかけ離れた生活を送っていた。

 どうしてわざわざこんな男に、女性がきゃあきゃあ騒ぐのか全く理解出来ない。目の前にあんなに爽やかでエネルギッシュな若い男たちがいるのに、君たちの目は節穴なのか? と言いたいくらいだ。


「分かってないないわねぇ。若い子は年上の男性に憧れるものなのよ。ほらあんた、落ち着いて見えるじゃない?」

「そこが大きな間違いだ。落ち着いてるんじゃない。ただ話し下手なだけだ」


 ギルベアトはそんなに社交的な性格でもないし、話し上手な方でもない。だから久方ぶりに会ったミュリエルに、気の利いた会話のひとつも出来なかったワケで。

 大人の男性というのは、もっとスマートな立ち振る舞いが出来るやつのことを言う。無口をミステリアスと解釈するなんてどうかしている。


「あっはは! 知ってるぅ。でも騙されちゃうのが若い子ってものよ。それにシュヴァイニッツは魔法の話になると饒舌になるでしょ? だから授業中の様子を見ていると、話し下手なようには見えないってわけ」

「はぁ……。とんだ勘違いをされているな……」

「いいじゃない、モテてるんだから」


 最も好かれたい人に好かれずして、何がモテだ。このままだとミュリエルに、『魔法しか出来ないオジサン』認定されてしまうというのに。

 

「そんなことはどうでもいい。アースティン、頼みがある」

「あら、なぁに?」

「今度一緒に買い物に行って、俺を本当にオシャレな男に見えるよう、服を選んでコーディネートしてくれ」


 おっパイ野郎にこんな事をお願いするのはかなり気が引けるが、他に適任者が思いつかない。ミュリエルを除けば他に知り合いがいないというのもあるし、なによりアースティンはかなりのオシャレ上級者だ。

 女っぽい身体になっているアースティンは、自分の魅力を最大限に引き立てる服とアクセサリーを身につけ、さらにメイクまで完璧に施している。長く伸ばした髪の毛まで器用にアレンジしてあるところからしても、少なくともギルベアトよりはオシャレが何たるかを心得ているに違いない。


「なにそれ面白そう! いいわよ。火竜のウロコ、一枚ね」

「ぼったくるな」

「じゃあやんない」

「はぁ……、わかった。やるから付き合ってくれ」


 父が火竜を倒した時、そのウロコを全て剥ぎ取って持ち帰ってきた。竜のウロコは武器の一部に加工したり、魔法薬の材料として使われる大変貴重なものだ。その他にも目玉や牙、肉なども同様に貴重な材料として扱われ、火竜による被害は凄まじい反面、得られるものもまた大きかったりする。

 そんな火竜由来の材料をギルベアトがいくつも持っていることを、アースティンはもちろん知っている。魔塔に初めて行った時、ギルベアトが英雄の息子だと聞いた魔塔のやつらが、寄ってたかって火竜由来の材料を持っていないかと詰め寄ってきたのだから。


「きーまりっ! じゃあ今度の休日にね〜」


 アースティンは魔法調薬室から出ていくギルベアトに、ご丁寧に投げキッスまでしてきた。

 ため息混じりに部屋を出ると、一人の女学生が待ち構えていたように近づいてくる。

 金色のストレートヘアと翡翠色の瞳。授業で一通りの生徒と会ったが、全員の顔と名前をまだ全然覚えきれていない。


「ええと、君は……」

「5年生のイヴォンヌ・エスタリと申します。何度か昼食の時間ご一緒したのですが」

 

 しゅんと項垂れてしまった。

 教員も学生達が使っている食堂やカフェで昼食を取っており、ギルベアトもそうしている。一人で座ると必ず女性教員や女学生が『隣いいですか?』と座ってきて一緒に食事を取ることになってしまう。

 その内の一人にイヴォンヌがいたみたいだが、ギルベアトにとってミュリエル以外の生徒を覚えるのは一苦労で、はっきりと記憶に残っていなかった。

 

「すまない、学院に来たばかりでなかなか覚えられなくてな。それでエスタリ、何か用でも?それともアースティン先生にか?」

「いいえ、シュヴァイニッツ先生をお待ちしておりました。今日授業でお話しされていた魔法式について、もっと詳しくお聞きしたいと思いまして」

 

 5年生用の魔法学の教科書を片手に、にっこりと笑いかけられた。


「あの魔法式のことなら確か、イグナーツ・ディートリヒが詳しく書いた本を出していたはずだ」

 

 学院の図書館にもあると思うと付け加えると、イヴォンヌは上目遣いに「でも」と迫ってくる。


「先生からお話を聞きたいんです。だって先生、つい先日まで魔塔で働いてらっしゃたでしょう?そんなすごい方から直接お話を聞ける機会なんてそうないですから。……ダメですか?」

 

 正直面倒だが、教師として生徒には自分の知識を教える義務がある。

 仕方なく了承するとイヴォンヌは「嬉しいです」と言って、ギルベアトの手を握ってきた。

 何もそこまで喜ばなくても、と思うものの意欲的に学ぼうとするのはいいことだ。自分だって気になることは教師にしつこく聞いて困らせていた。

 ギルベアトは授業がない時は、魔法学で使っている教室の隣にある準備室で普段過ごしていることが多い。こちらの部屋へイヴォンヌを通してやってから、詳しく聞きたいという魔法式について説明をしていく。

 あれやこれやと説明をしている間、イヴォンヌは相槌をうって聞いているのだが、如何せん視線が気になる。相手の目を見て話すのは基本だとしても、ちょっとこちらを見過ぎじゃないだろうか?

 ……いや、自意識過剰だな。妙な指摘をしようものなら『やだぁ、先生。なに意識しちゃってるんですか。これだからおじさんは』と気持ち悪がられるのがオチだ。説明を聞くのに真隣の席に座ったのも気にするのはやめよう。

 一通り説明し終えたギルベアトはイヴォンヌに聞く。


「ここまでで何か質問は」

「いいえ、とても分かりやすくてびっくりしました。先生も少しお疲れではないですか?わたくし、お茶を入れますね」

「あ……あぁ、ありがとう」


 質問、ないんだ……。

 わざわざ自分が出てくるのを待ち構えていたくらいだったからもっと質問攻めにされるか、議論するのかと思っていた。何時間でも付きあってやるぞ!と構えていた身としては拍子抜けしてしまう。

 そんなギルベアトの心情など知らないイヴォンヌは、準備室に置いてある茶器で魔法を使ってお湯を沸かし始めた。魔法の腕は悪くなく、茶を入れるのにちょうど良い温度まで水を湯に変えている。

 魔法学は実習と講義が半々くらい。そのうちミュリエルの魔法の腕前も見れるだろう。ちょっとした物を浮かせる程度にしか出来なかった少女が、どこまで上達しているのか。そんなことを考えているうちに、ギルベアトの前にティーカップが置かれた。その中へ飴色の茶がコポコポと注がれていく。


「どうぞ」


 勧められて茶を口に含むと、またも視線を……というか圧を感じる。いかにも何かを待ち構えている雰囲気で。

 そうか、褒めて欲しいのか!

 今後の為にも、ミュリエルと同じ年頃の子と会話をして慣れておこう。


「美味しいよ、ありがとう。湯を沸かすのも上手だし、魔法が得意なようだね」

「はい、実技にも自信がありますの。実習が楽しみです。補助にはアースティン先生が入るのですか?」

「そうだ」


 実習は一人では見きれない。これまでもアースティンが補助に入って授業していたらしいので、今年度も同じ方針でいる。

 

「アースティン先生と仲が良いように見えましたが、先生のタイプなのですか?」

「げほっ、げほっ!」

「大丈夫ですか?」


 男がタイプかと聞かれて、思わず取り乱してしまった。

 何を考えているんだこの子は?!

 あ、そうだ。アースティンは女として振舞っているのだったと思い出して、これを否定する。


「いいや、そういう事じゃないよ。彼女とは魔塔で一緒だった時期があって、知り合いなんだ」

「まあ、そうだったんですね!なら先生はどんな女性がタイプなんですか?」

「タイプ?さぁ……」


 自分がどういう人が好みかなんて、全く考えたことがなかった。好みが決まってくるであろう少年時代に婚約をし、ミュリエル以外の女性を意識する必要も見る必要もないしで、そういうことにはめっぽう疎い。


「なんでもいいです。可愛い系が好きとか、お淑やかな子がいいとか」

「そうだな……」

 

 容姿についてはギルベアトがとやかく言える立場にない。つい最近まで髪の毛は適当に伸ばしっぱなし、髭ははやしっぱなしで、トレーニングを再開したとは言えまだ圧倒的に筋肉が足りない。そんな自分が女性の容姿に何かを求めるのはおかしな話である。

 

 となると中身はどうだろう?

 昔母が、夫婦とは足りないものを補い合い、支え合うものだと言っていた。

 そう考えるとギルベアトは足りないものだらけだ。魔法に関することと仕事以外は、ほとんどできないと言ってもいい。

 領地を運営しながら家を回す。優れた人材を見出し適した場所に配置するのは多分、問題なくできる。魔塔の中でもやってきたし、ギルベアトは自分の功績で得た領地を小さいながらも既に持っており、こちらの運営はうまくいっている。

 ただ父の爵位を継いでとなると、なかなかに規模が大きい。

 これまでは社交場に出なくともよかったが、魔塔から戻ったらそうはいかなくなる。男だけが集まる場なら大抵、政治や経済などビジネス的な話で済むからいいが、パーティーとなると口下手のギルベアトは役立たずに成り下がる。相手の好みに合わせて話題を提供し盛り上げるとか無理だ。

 さらに家の中を円滑に回すというのも、また骨の折れる作業に違いない。

 使用人たちだって感情のある人間。適材適所に配置できたとしても、多くの人が集まると必ず摩擦が起きてしまう。

 人と人との間に入り潤滑油となるような女性がパートナーとなってくれたら、これ以上心強いものはないだろう。


 思わずドキドキして意識しちゃうような女性がどんな人なのか聞きたかっただけのイヴォンヌの質問に、感覚という曖昧なもので応えることの出来ないギルベアトは、自分の将来とを照らし合わせて真剣に考えた。そして出した答えが……。


「多才な人、かな」

「多才……ですか」

「俺は魔法しかできないから」

「ああ、そういう事ですか! わたくし、学年ではトップクラスの成績なのですよ。座学や魔法も得意ですけれど、お裁縫や音楽それから絵画にダンスと、どれも自信がありますわ!」


 胸を張って自分アピールをするイヴォンヌ。しかしギルベアトには全く伝わっていない。なぜならギルベアトの中では、将来の妻はミュリエルに固定されていて他の女性は対象外だから。『イヴォンヌ→結婚相手候補』とは思考回路が繋がらない。

 また褒めて欲しいのかと勘違いしたギルベアトは、イヴォンヌをこれまた勘違いさせる。

 

「へぇ、自分で言うほどだからエスタリは優秀なんだろうな。それならチーム別対抗競技会で君の活躍を見るのが楽しみだよ」


 チーム別対抗競技会というのが学院では毎年行われていて、全生徒がいくつかのチームに分かれて競技を行う。男女混合のチームで、男性なら主に剣や弓などの武術、女性なら音楽や裁縫などの芸事を種目として競い合うのだ。

 ギルベアトが王立学院に通っていた時にもあった行事で、一年で一番この時が盛り上がる。


「ええ、楽しみにしていてください。わたくしが入っているチームは毎年優勝するので、勝利の女神なんて恥ずかしいあだ名を付けられてますのよ」

「勝利の女神か。それは縁起のいい二つ名だ。楽器は特に何が得意なんだい?」

「ピアノも出来ますけれど、ハープが特に好きですわ」

「君がハープを弾いたら絵になるだろうね」

「先生ったらそんな……。何の曲がお好きですか?先生のために練習してきます」

「俺の好きなのは――――」


 ギルベアトはイヴォンヌで雑談の練習。イヴォンヌは自分を売り込む絶好のチャンス!と、それぞれの思惑の中、二人は紅茶が冷めるまでその日はお喋りをしたのだった。

 

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