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第1章・裏 婚約者との再会②


 ギルベアトがミュリエルと婚約を交わしたのは、まだ13歳くらいの少年だった。

 父が手柄を上げて公爵となり、さらに褒美に王女との婚約まで取り付けてきた。これには母も大喜びで、「ギルベアトの将来は安泰ね」などと言ってくる。

 

 正直、まだ赤ちゃんの女の子と結婚とか言われてもピンとこない。

 実際に会ってみたが、口からヨダレを垂らしまくって「あー」とか「うー」とか喃語を喋っている。

 そのうちに「ギルさま」と名前を呼んでくれるようになり、一緒に散歩をしたり人形で遊んでやるものの、完全に親戚の妹だ。可愛いけれど、決して将来のお嫁さんではない。


 ちょうど思春期真っ只中のギルベアトの周りにいる人も、また思春期真っ只中の男子たち。

 当然性にも興味が出てくる年頃で、そういう話になると必ずギルベアトは、友達からからかわれた。

 

「お前のお嫁さんはまだ小さくて可愛いおチビさんだもんなぁ」

「おままごとして、夜には一緒におネンネか?」

「となると一人寂しく自分を慰めるしかないよな」


 下世話で品のない会話。

 大人になった今でこそそう思うが、当時のギルベアトはそれが恥ずかしくて仕方がなかった。


 そして何よりギルベアトが恥じていたのが、王女と婚約した理由だ。

 褒美という形で王女と婚約を結んだギルベアトは「いいよなぁ」と羨ましがられていたが、裏では嘲笑されているのではないかと不安だった。いや、自分自身が思っていたのだ。

 

 『親の手柄でとか、クソだせぇ』と。


 そうやって思うのも、自分に自信がないからだと考えたギルベアトは、成人してから遊学に出た。

 例え親の手柄などなかったとしても、ギルベアトは王女を迎え入れる程の力量を持った人物だと言われるように。


 各国を回って得られるだけの知識を得、見聞を広めたことで、得意だった魔法はギルベアトにとって確固たる武器となった。

 魔塔から誘いを受けてからは同じように魔法を得意とする者たちに囲まれて更に精進を重ねた結果、今や魔法の研究と開発における第一人者とまで言われるほどの実力を得たのだ。

 ギルベアトの考案した魔道具や魔法式は人々の生活にも役立てられ、これならば英雄と称される父にも劣らないとようやく思えるようになってきた頃に、あの緊急要請。


 婚約者と15年ぶりの再会を果たしたギルベアトはこう思う。


 ――俺、やばくないか?


 ミュリエルと親しげにしていたあの王子。彼は自分の魅力をよく分かっているようで、人懐っこさと笑顔を武器に女性たちを虜にしている。

 彼だけじゃない。他の男子学生もそう。

 若さとエネルギーに溢れており、それらを失いつつあるギルベアトからすると眩しいくらいの輝きを放っている。

 普段から鍛えているだけあって、身体が男らしく締まっている彼らに比べ自分はどうだ?

 昔は公爵家の息子として武闘の稽古にも力を入れてトレーニングしていたが、魔塔に籠るようになってからは研究一辺倒。改めて自分の身体を見ると、腹回りにぷにぷにとした贅肉がつき始めている。


 ミュリエルが大人の階段を駆け上がっていた一方で、自分はオジサンと言われる領域に片足を突っ込んでいるではないか。

 

 キラキラしい彼女の横に、だらしない男は似合わない。 

 途端に自分の見なりが気になってきた。

 オヤジ臭でもするんじゃないかと自分の匂いを嗅ぎ確認。

 ……香水を買った方がいいかもしれない。トレーニングも今日から始めよう。

 それから服だ。服が無い!

 帰国する途中で適当な服を店員に見繕ってもらい数枚買っただけで、オシャレかどうかすら分からない。もはやオシャレが何かすらも分からない。

 そんな人間が一人で服を買いに行ったところで、ろくな事にならないのは目に見えている。協力者が必要だ。


 そうして頭に思い浮かんだのが今ギルベアトの目の前にいる人、アースティン教諭だった。


「よお、アースティン。久しぶりだな」

「あらシュヴァイニッツ! やーっとあたしに話しかけてくれたのね」


 語尾にハートマークをつけて応えたアースティンは、胸元にある2つのメロンを揺らしながらギルベアトの近くへと寄ってきた。

 実はアースティンとは、魔塔で一緒に働いていた時期がある。ギルベアトのように急ではなかったが、アースティンも4、5年前に学院から依頼があったのだ。ミュリエル以外では、学院で唯一の知り合い。


「依頼の手紙が届いたその日に魔塔を出たんだぞ? ギリギリすぎるだろ! おかげでこちはドタバタだ」

「前任者の妊娠発覚も急だったけど、つわりがかなり酷いらしくってねぇ。学院長があたしに魔法学も兼任しろなんて無茶振りしてきたけど、超めんどくさいじゃない? 貴方を呼べばって紹介したのよん」

「原因はお前かよ!」

 

 急な指名が入ったのはアースティンのせいだったのか!


「だってぇ、シュヴァイニッツがこの国の出身だって思い出したからさ。確かそろそろ魔塔から帰る予定じゃなかった?」

「まあそうだが……」

「ちょうどいいじゃない!って学院長と盛り上がっちゃったわよ。それで王にお願いして帰国させたって訳。王の頼みなら断れないでしょ?」


 アースティンはうっふふー、と笑っている。

 相変わらず自分勝手なやつだ。


「ねぇねぇそんなことより、気にならない?」

「……なにが」

「またぁ、そんなすっとぼけないでよ」


 アースティンがなんのことを言っているのか、およそ察しはついている。でも聞かない。


「ほーら、よく見て。 あたしのむ・ね!」

「んなもん誰が見るか」

「ひっどーい! 気になるでしょ、普通」

「気にならねぇよ!!」

「そんな痩せ我慢しないでさ!」


 わざわざご丁寧に、アースティンは両手で自分の胸を寄せてアピールしてくる。


「この完璧なボリュームとフォルム! 垂れないで丸くかつ、大きくするのってホント大変なんだから」

「あっそ」

「触り心地なんてフワッフワよぉ。ほら、触ってみて」


 アースティンはギルベアトの手を掴むと、無理やり胸に押し付けた。全身の毛がぶわっと逆立つ。


「アースティンお前……」

「どう? 最高じゃない?!」

「いい加減にしないと握りつぶすぞ」

「痛たたたっ!! やっ、やめ! やめろ!!」


 胸を握らされた手に力を入れると、アースティンが悲鳴を上げてギブアップした。

 涙目になって訴えてくる。


「てめぇ何すんだ! オレの最高傑作を!」

「さっきから気持ち悪いんだよ! ()()の胸なんか触って最高も何もあるか!!」


 野郎。つまり、男。

 アースティンは男だ。

 こんな胸をくっ付けているが、間違いなく男だ。なんならこいつの股間に、男にしかないブツが付いているのだって見たことがある。

 それならば何故女性のように胸に膨らみがあるのかと言えば、アースティンが豊胸魔法薬研究をしていて、自分の体で実験しているから。

 魔塔時代からずっとこの研究をしており、塗り薬やら飲み薬やらを試作しては自分に使っていた。当時は少なくとも男のナリをしていたが、今では完全に女性になりきっている。

 豊胸魔法薬の研究を続ける事を条件に教鞭を執ったらしいので、女性として振舞っていた方が何かと都合がいいからとか、そんなところだろう。胸だけボインなのに男の格好だと、説明が色々と面倒なのはギルベアトにも理解できる。


「あらひっどーい。あたしこれでも『年齢不詳の美魔女』って言われてるんだからぁ」

「はぁ? 女の胸部に執着している変態の間違いだろ、このおっパイ野郎」

「そんなこと言ってるけどなぁ、胸で悩む女性は多いんだぞ? 俺はすべての女性の胸を愛している。小さくても離れていても構わない。でも当の本人たちが悩んでいるというのなら、解決してやりたいじゃないか! オレはおっパイをこよなく愛する健全な男だ!!」

「…………」


 世捨て人のようになっていた自分が言うのもなんだが、変人、変態、奇人……魔塔ではこんな奴ばっかりだった。だから魔塔にいる人間の既婚率が、異様に低いのかもしれない。


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