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第1章・裏 婚約者との再会①


 その連絡は唐突だった。


 ギルベアトがいつものように魔塔で研究に励んでいると、魔塔主様がお呼びだと同僚から伝えられた。

 魔塔主直々にとは一体何の用だろうと部屋へと入ると、小柄な老人が「おお、来たか」と顔をほころばせた。

 顔はしわくちゃで見た目こそひょろひょろのお爺さんだが、さすが魔塔主の座につくだけはある。魔法にかけては右に出るものは居らず、ギルベアトも魔塔主を尊敬しているうちの一人だ。


「なにか御用でしょうか?」

「まあまあ、座っとくれ」


 促されて椅子に座ると、向かいに座った魔塔主が話を切り出した。


「シュヴァイニッツ君、君は魔塔でようやってくれている。君のおかげでいくつもの新たな魔法式や魔道具が開発され、人々の生活の役に立っている」

「恐れ入ります。これも魔塔主様をはじめ、多くの仲間に支えられての功績です。私一人の力では成し遂げられなかったでしょう」

「ふむ、真面目な奴じゃの。まあその話はいいとして、君が魔塔にいる時間も残り僅か。そうじゃな?」

「はい。来年の今頃には国へ帰るつもりです」


 魔塔は大陸のちょうど中心、巨大な湖に浮かぶ島の中にある。どこの国にも属さない特殊な空間で、魔塔主に見出された人間だけがここへの立ち入りを許可されるのだ。

 そんな魔塔にスカウトされてからもう10年くらいは経つだろうか。婚約者が学院を卒業し結婚するまでは、という期限付きでギルベアトは働いている。

 確か4年前の今頃に王女ミュリエルが王立学院に入学するとの報せを受けたので、今年で最終学年になるはず。一年後には国へ帰り、婚姻の話を進めなければならない。

 だからギルベアトは、残されたこの一年が、自分の魔塔での総まとめだと位置づけている。


「それなんじゃがなぁ、ついさっきユガール王国の国王から使者が来て手紙を持ってきた」

「手紙……ということは、重要な内容なのですね」


 魔力を使って連絡を取れる通信具もあるが、より丁寧で改まった内容の時は手紙で伝えるのが一般的。通信具で連絡を取り会う前に、手紙で先に内容に触れておくのだ。


「うむ。それがだな、君をすぐに帰国させて欲しいと言うんじゃよ」

「え? なんでまた」

「何でも王立学院の教員として働いて欲しいとの事だぞ。魔法学を教える教員に急に空きが出来てしまったから、是非君にお願いしたいと、王直々のご指名が入った。シュヴァイニッツが魔塔で数々の功績を挙げていることは、王の耳にも入っとったということじゃな!」


 わっはっはっと笑った魔塔主はさらに続ける。

 

「一年早く君を手放す事になって惜しいがのぉ、大国ユガールの王の頼みじゃて、仕方なかろう」

「……承知致しました。それで何時までに戻れば良いのか、何か指示はあったのでしょうか」

「君宛ての手紙も預かっておる。読んでみなさい」


 渡された手紙は、王立学園の紋章が描かれた封蝋で閉じられていた。

 開けて中の手紙を読んだギルベアトは絶句した。


「なっ……」

「なんじゃ? どうした?」

「遅くとも、新学期が始まる3日前までと……」

「とすると、それはいつじゃ」

「む、6日後です……」

「ぶわっはっはっ!!こりゃまた急じゃのぉ!今すぐにでも出ないと間に合わんじゃないか」


 国境をいくつも超えなければならない旅路で、馬や馬車ではとてもじゃないが間に合わない。転移ゲートを使って移動していくにしても、各国で手続きしなくてはならないので時間がかかるのだ。

 魔塔主の言う通り、どんなに遅くても今日には出なければならない計算になる。

  

「なに、魔塔(こっち)のことは気にするな。皆優秀なのは君も知っとるじゃろ。すぐに荷物をまとめて準備せい」

「はい、それでは失礼致します! 大変お世話になりました!」

「達者でな。落ち着いたら連絡するんじゃぞ」

「はい!」


 挨拶もそこそこに同僚に急いで事情を説明し荷物をまとめ、ギルベアトが魔塔を出発しようとしたところで、同僚の一人から待ったがかかった。


「おいっ、シュヴァイニッツ!」

「え? なんだ? 別れの挨拶なら、向こうで落ち着いたらまた連絡を……」

「いやいや、そうじゃない」

「じゃあなんだよ」

「お前、そのナリをどうにかしてから帰った方がいいと思うぞ」


 同僚に親指でクイッと姿見鏡を指さされた。

 そこに映る自分の姿にシュヴァイニッツは「あ゛……」と声を漏らした。


 ボサボサの髪とヨレヨレのシャツ。靴も履き古しているし、髭も前回いつ剃ったのか分からないという有り様。

 確かにこれはまずい。


「助言ありがとう!」

「ああ、元気でな!!連絡しろよ!」


 同僚の有難い助言に従い、途中に立ち寄った国で髪を切り髭を剃って整えてもらい、更に服を数点買い足して着替えた。

 久しぶりに身綺麗にすると少し気分がシャキッとして、自然と背筋も伸びるというもの。

 これで見た目に関しては何とかなるだろうと安堵する。


 魔塔でのギルベアトは、なにかに取りつかれたかのように研究に没頭した。それこそ寝食を惜しみ、自分の見た目になどかまけている暇は無いと、持っている服も洗い替えに必要な3着だけ。

 衛生面を考えて定期的に風呂には入ったが、理容師に髪を切ってもらうのも面倒で伸ばしっぱなしにし、あまりにも邪魔になったら適当にハサミを入れて切るだけという生活。

 世捨て人のようなギルベアトだったが、魔塔という特殊な空間が彼を孤立させなかった。

 なぜなら魔塔にいる人間は、世間一般でいうところの『変人』の集まりで、ギルベアトのような人が普通だから。

 完全に感覚が麻痺していたと、ギルベアトは自分を叱咤する。

 あのままの姿で学院へ行っていたら、間違いなく追い出されていただろう。


 いくつもの転移ゲートを使いようやく故国へと帰ってきたギルベアトは、父親の公爵に挨拶しに行く暇もなく学院へと向かった。

 前任の魔法学教諭からの引き継ぎ資料やら何やらを大量に渡され、その中には学院に通う生徒の名前と出自の説明書きも入っていた。


『ミュリエル・ラインハルト』


 パラパラと捲って眺めていた中にその名を見つけたギルベアトは、ここでようやく気が付いた。ミュリエルが王立学院に通っていることを。

 まさかこんな形で彼女と会うことになるとは。

 自分を「ギル様!」と呼んで足元にまとわりついついてきていたあの女の子も、もう立派な大人の女性になっているだろうと思うと、感慨深いものがある。

 かと言ってのんびりと思いを馳せている場合では無い。

 あと数日の間に、この学校で出来る事と出来ない事を把握して授業計画を立て、さらに並行して自分の居住空間も整えなければならないのだから。

 幸い住む場所については学院内にある教員用の宿舎が用意されていたので、問題は無い。

 私物のほとんどが魔法に関する本や貴重な材料、それから魔道具といったもので、その他の物は必要最低限しか持っていない。

 とりあえず適当にそれらを棚に並べて部屋は何とかなった。

 新学期が始まる数日間は授業計画書を作成するために時間を割き、そして迎えた始業式の日。

 学院長に呼ばれ壇上に上がったギルベアトは、すぐにミュリエルの姿を見つけることが出来た。

 鮮やかなオレンジ色の髪と、若葉のように爽やかな翡翠の瞳。

 遠くて良くは見えないが、間違いない。ミュリエルだ。


 挨拶を済ませ始業式を終えたギルベアトはミュリエルを探すが、どこにも見当たらない。

 仕方なく明日から始まる授業の準備をする事にし、その帰りがけに学生寮の前を通ると、もう一度あの鮮やかなオレンジ色が目に入ってきた。


 昔のように『ミュリエル王女』と声を掛けるべきか、それとも教師らしく『ラインハルト』と呼ぶべきか、そんなくだらない事で迷っていると、寮へ入りかけた青年がミュリエルの方へと駆け寄っていく。


 ――?


 何をするのだろうとそのまま見ていると、ミュリエルの頬にキスをして微笑んでいるではないか。

 まるでミュリエルのボーイフレンドかのような振る舞いをした青年が再び寮へと入っていくその瞬間、ほんの一瞬だけこちらを見た気がした。それも不敵な笑みを浮かべて。


 見間違いかと目を瞬かせていると、ミュリエルがギルベアトに気が付いた。


「ギル……シュヴァイニッツ先生、ごきげんよう」


 ミュリエルから『先生』などと呼ばれると妙な気分だ。咄嗟にさっきの青年が誰なのかを聞くと、ネミラス王国の王子だと言う。

 ネミラスではスキンシップが多い情熱的な国だと聞くし、実際、魔塔にいたネミラス出身の奴はやたらとボディタッチが多かった。だからか、と納得して改めてミュリエルを見たギルベアトはまたも目を瞬いた。


 この女性が、あのミュリエル王女……?


 ギルベアトとて想像はしていた。

 当然背はぐんと伸びただろうし、子供らしい顔の丸みは取れてスっとしているかもしれない。だが想像していたそれは、小さな子供のミュリエルを縦方向に引き伸ばしただけ。

 目の前にいる人は、確かに大人の女性だった。


 丁寧に編み込まれ整えられた髪の毛と、磨かれた肌。顔立ちを引き立てる控えめなメイクに、パーソナルカラーによく合う小ぶりなアクセサリー。そして体付きは女性らしくなり、立ち振る舞いも淑女そのもの。

 キラッキラ女子に変貌を遂げたミュリエルを見て呆気に取られてしまったが、そうだ、大切な事は伝えなければならない。


 ミュリエルから先生と呼ばれたように、ギルベアトもここは一歩引いて「ラインハルト」と呼ぶ。

 

「学院内では教師と生徒だ」

「……はい」

「だから、婚約しているからといって君を特別扱いは出来ない」


 贔屓されていると見られれば、ミュリエルがやりにくくなってしまう。学院生活最後の年に嫌な思いをさせたくはない。一見冷たいように接してしまうかもしれないが、始めに特別扱いはしないとひとこと言っておけば良いだろうと思い伝えたのだが……。

 

「分かっております」


 返ってきたミュリエルの声音は、ひどく冷たかった。


 ――やってしまった。


 美しい女性になったミュリエルに気を取られ、大切な事は言わなければと焦るあまり、色々とすっ飛ばしてしまった。

 そもそもギルベアトは仕事以外で女性と話す機会など殆どなかったため、気の利いた話など急に出来るはずもなく。要件だけがつい、口から出てきていた。


「それでは先生、失礼致します」


 挽回しようと口を開くよりも早く、ミュリエルに先を越されてしまったギルベアトは、ただただ己の不甲斐なさに立ち尽くした。

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