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第1章 婚約者との再会⑤


 レイナードが言っていた、あの言葉の意味は何なのかしら……。

『勘違いされても構わない』

『仲良くなりたい』

 そんなことを言われて何も気が付かないほど、ミュリエルは鈍感ではない。

 王女だからと少々遠慮がちにされてきたミュリエルは、ここまで積極的にアプローチされた経験などなく戸惑うばかりだ。


 気持ちがどうにもザワついて仕方がないので、休日の今日は気晴らしに街へと出てきた。

 誰か友達を誘って出掛けようかとも考えたが、昨日の今日で絶対にレイナードのことを聞いてくるだろう。結局一人で出てきたミュリエルは、プラプラとしながらウィンドウショッピングをしている。

 幾つかお店を見ているうちに気に入った香油を見つけた。購入しお店を出ると、通りの向こうに見覚えのある人を見つけたミュリエルは、思わず建物の影に身を隠してしまった。


 今の……ギル様?


 ギルベアトがただいるだけだったら、ミュリエルだって隠れたりはしない。隣に女性がいたのだ。

 もう一度チラリと覗き見ると、やはり女性が隣に。それもミュリエルもよく知る人。魔法薬学を教えているアースティン教諭だった。


「なんでアースティン先生と……?」


 二人はミュリエルに気付くことなく、そのまま紳士服の店へと入っていく。気になったミュリエルはその店の窓から中を見えないかと近づいてみると、2人はギルベアトの服を選んでいるようだ。アースティンが服を手に持ち、ギルベアトの体にあてている。


 なによ、あれ……!


 二人で服を選ぶ様子は、誰がどう見ても恋人か夫婦。ミュリエルという婚約者がいながら他の女性を誘ってショッピングだなんて……。

 浮気現場を目撃したかのような衝撃に、ミュリエルの手は震えた。


 浮気……? いえ、違うわ。ただ買い物をしているだけだもの。

 二人がキスでも交していたならともかく、これだと決定的な現場とは言えない。

 それならばもう少し二人の後をつけて現場を押えてしまった方がいいのかしら、とそんな考えが一瞬頭をよぎったが、そんな勇気は出なかった。

 これ以上見ていたらミュリエルの心が壊れてしまう。

 窓から目を離したミュリエルは先程買った香油の袋を握りしめ、逃げるように寮へと帰って行った。



 週明け。重い体を引きずるように、ミュリエルが登校すると友人たちは驚いている。


「ミュ、ミュリエル様?! 酷いクマですよ!」

「どうなさったのですか?」

「ちょっと勉強を頑張り過ぎたみたい」


 本当は浮気現場のようなものを目撃して眠れなかったのだとは言えない。適当に誤魔化しながら廊下を歩いていると、嫌な光景が目に入ってしまった。

 再びの悪夢。

 ギルベアトとアースティンだ。

 ギルベアトを見かけたアースティンが近づき話しはじめた。さらにアースティンはギルベアトへと手を伸ばすと、服の襟に触れて着崩れを直している。

 そんな様子を見ていた友人たちも「わぁ」と声を漏らした。


「あのお2人、凄くお似合いだわ。大人の男女って感じがして」

「ほんとね。シュヴァイニッツ先生もだけど、アースティン先生も凄くセクシーだもの」


 友達の言うように、アースティンは大人の魅力溢れる女性だ。

 頭の下の方で緩くお団子に纏められた髪からは後れ毛がこぼれ落ち、さらにその下を見るとメロンのような見事な胸が。魔法薬学の授業の度、男子学生が生唾を飲み込むを何度も見た。

 小さなおしりと口元のホクロが彼女の魅力を倍増させ、この学院の生徒たちよりも年上ではあるのだろうが、年齢不詳の美魔女と噂されている。


『近いうちにそういう仲になるかもしれないわ』


 イヴォンヌが言っていたじゃない。やめておいた方がいいって。

 

 浮気なんてする人じゃない。

 そうやって否定することすら出来ないほど、ミュリエルはギルベアトを知らない。

 ギルベアトとは5歳頃までしか付き合いがなかったし、15年という月日が経った今の彼を知れるほどプライベートな関わりもない。

 休日にショッピングに誘われたことも、食事を共にしたこともないのだから。

 誘いたいと思うほどの魅力が、ミュリエルには無いのだと言われた気がした。


 やはりギルベアトはミュリエルを女性として見れないのだ。

 そういう対象として見て貰えない。

 どんなに頑張って自分磨きをして着飾っても、ミュリエルはお子様のまま。


 本当にこのまま結婚をしていいのかという疑問が、ミュリエルの中から湧き上がる。

 王女を欲しいと願い出たのは公爵で、ギルベアト自身ではない。政略結婚が当たり前のこの国でそんなことを言っても栓のないことなのは重々承知しているが、それでもミュリエルの未来はあまりに暗すぎるのではないか。

 夫に女として見てもらうことも出来ず、愛人と夫とを憎みながら暮らすなんて……。


「婚約破棄……」


 気がつけば、ポロリとそんな言葉を吐いていた。


「婚約破棄? 一体なんのことです?」

「え?! あ、ううん。何でもないの、気にしないで」


 周りに友達がいることも忘れて、とんでもない事を口にしてしまった。

 ただ一度考えてしまうと止まらない。

 

 それ以降ミュリエルの頭には、婚約をどうしたら解消できるのか、その事ばかりが巡るようになってしまった。

 王家からギルベアトが婚約者として相応しくないと判断されれば、いくら褒美とはいえ婚約は解消されるのではないかと考えたミュリエルは、王城にいる自分の侍女に連絡を取った。

 ギルベアトの遊学時代や魔塔時代の素行を調べて教えて欲しい。自分の婚約者がどんな人かもっと知りたいのだ伝えると、直ぐに調べ上げてくれた。


「――という感じで、魔塔主からの信頼も厚く、また同僚や魔塔で働く古参の者たちからも頼りにされていたそうです」


 淡く光る水晶玉の中に映る侍女は、手に持つ調査報告書を読んでくれた。

 魔法を使った通信具で連絡をしてきた侍女が言うには、ギルベアトの遊学先からの評価は高く、そのおかげで魔塔からスカウトされたこと。そしてその後魔塔での勤務態度は真面目そのもので、研究熱心過ぎて心配されるほどだったと言う。


「そう……。それならその……、女性の影というのはなかったのかしら?」

「ミュリエル様がいらっしゃるのに?!」

「ほ、ほら。やっぱり気になるじゃない? そういうのって。ギル様は学校ですごく人気があるのよ」

「ああ、そういう事ですか! でもご安心下さい。私も気になって調査を依頼した方に聞いてみたところ、女性関係は問題なさそうですよ」

「そう……なの……?」

「はい。遊学している時は女性からアプローチされることもあったみたいですが、全く相手にしていなかったようです。それから魔塔でも女性の影は無かったということですよ」


 侍女は「良かったですね!」と付け加えてきたが、それならアースティン先生は特別と言うことだ。女好きも嫌だけれど、それはそれで複雑な心境になる。

 とりあえず今聞いた感じでは、王家側から婚約を破棄する理由は見当たらない。

 ならば公爵側から婚約解消を申し出たくなるような理由を作れば良いのでは? とも考えてみるがこれもまた難題だ。

 ミュリエルが素行を悪くすれば王家の威信に関わってくる。下手なことは出来ない。


 一体どうしたものかと考えている内に、ダンスのパートナーを決めるくじ引きの日がやってきた。

 箱の中には女生徒の名前が書かれた紙が入っており、男子生徒がこれを引く。そして名前の書かれた女性の前に行きパートナーを申し込む、という手順。

 女生徒が並ぶと、くじ引きが始まった。

 一人、二人とパートナーが決まっていく中、レイナードの番が来た。

 箱の中に手を入れ、続いて紙を見たレイナードがこちらに真っ直ぐ向かってくる。


 え……まさか……?


「ミュリエル・ラインハルトさん、一年間僕のパートナーとなって頂けますか?」


 ミュリエルの前で片膝をついたレイナードは、微笑みながらこちらを見上げてくる。


「よ……喜んで」


 一応、女性側にお伺いを立てる形となっているが、もちろんこれは授業の一環で拒否は出来ない。ミュリエルはレイナードが差し出してきた手に自分の手を乗せると、唇が寄せられる。


 まさか本当にレイナードとペアを組むことになるとは。くじ引きで決まったことなのだから仕方がない。

 まあレイナードが嫌だとかそういう理由ではなく、アプローチに困っていると言うだけで…………アプローチ……アプローチ……?


 レイナードは隣国の王子。

 それも大きな港をいくつも持ち、海向こうの国々との貿易が盛んな豊かな国の。

 そんな国の王子と縁を結べるとなれば、王家としては旨味も強い。

 公爵家の息子と婚約しておきながら隣国の王子と恋仲になり婚約解消となったら、やはり王家の心象は悪くなるだろうが、それを差し引いてもメリットは大きい。

 さらに父の事だから、公爵を国の利益のためとか何とか言って丸く収めてしまいそうでもある。

 

 私、最低な女だわ。


 人の心を利用して、こんな汚い手を考えている。

 でも現状考えうる中で、これが一番全てが上手くいく方法。

 ミュリエルとの婚約が解消されれば、ギルベアトだって好みの女性と結婚できる。


「こちらこそこれから、よろしくお願いしますわ、レイナード王子」

  

 

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