第1章 婚約者との再会④
昼食の時間。生徒は校内に幾つかあるカフェや食堂で自由に食事を取れる。
友達と一緒に食堂へ行き席に着くと、しばらくして食事が運ばれてきた。
夕食は寮で出てくるコース料理を、食事のマナー指導を行う先生監督の元食べなければならないが、昼食は気軽だ。トレーに全ての料理が乗せられていて、カジュアルな雰囲気で食事ができる。学院内でこの時間が一番リラックスする。
運ばれてきた食事を前に思わずふぅ、と息をつくと友達が「大丈夫ですか?」と声を掛けてきた。
「なんだか最近元気がないみたいですけど、何かあったのですか?」
「ミンディもそう思った? わたしも学年が上がってからミュリエル様が疲れているようだって思っていたのよ」
「え? そうかしら」
「そうですよ、何か悩みがあるのなら聞きますよ。ねぇ?」
皆がうんうんと頷いてくれている。
友人に恵まれているのがせめてもの救いだ。悩みを共に分かち合い、解決しようと一緒に悩んでくれる。だから不出来なミュリエルでも、挫けずにここまでやってこれた。
「何でもないのよ。ただ最終学年でしょう? もうすぐこうしてみんなと過ごせるのも僅かだと思うと、ちょっと寂しくなっちゃって」
半分くらいは本当の理由なので話すと納得してくれた。
「それ分かりますわ」
「でも心配は要りませんでしょう?卒業後もお招き頂ければ、すぐ馳せ参じますわ」
「うふふっ、馳せ参じるだなんて大袈裟ね」
「本当ですよぉ? ねぇ?!」
もちろんと再びみんなに頷かれ、思わず笑みがこぼれる。
ここでみんなにギルベアトのことを話してしまおうかと口を開きかけたところで、ひょこっと男性が一人現れた。
「楽しそうだね。僕も混ざっていい?」
レイナードがキラースマイルを浮かべると、女性たちがぽっと顔を赤らめた。
大人の男性として人気があるのがギルベアトなら、レイナードは弟系男子として人気を集めている。どちらの顔も毎日拝めるなんて最高だと、女性たちはクラクラだ。
「もちろんですわ」と応じると、レイナードはミュリエルの隣に座った。
体を動かしてきたのか、額にうっすらと汗をかいている。ミュリエル達女学生が刺繍の授業を受けている間、男性達は武闘の授業があったのだろう。
「剣技の授業を受けてきたのですか?」
「うん、そう。もしかして汗臭い?」
そう言ってレイナードはクンクンと自分の身体の匂いを嗅いでいる。
女性たちはその汗ですらいい香りです!とでも言いたげに見ているのがおかしかった。
本当に愛嬌のある人だ。
「いいえ、まさか。今日のメニューはトマトスープなので、もしかしたら余計に暑くなってしまうかもしれませんね」
「ならこうすればいいよ」
レイナードは自分の前に運ばれてきたトマトスープに手をかざすと、呪文を詠唱した。するとスープから立っていた湯気が消えて、皿にはうっすらと霜が付いた。
「ほら、これでガスパチョの完成」
これにはみんなクスクスと笑いながら腹を抱えている。
「レイナード様、それではガスパチョではなくただの冷たいトマトスープです。ガスパチョは生の野菜で作るんですよ」
ミュリエルが指摘すると、レイナードは恥ずかしそうに頭をかいた。
「え゛、そうの?!」
「そうですわ」
「レイナード様って本当に面白い方ですね」
レイナードも一緒になってケラケラと笑い、「じゃあさ」と続ける。
「ミュリエルが元に戻してよ」
「私、復元魔法は苦手で……」
「なら温め直してくれてもいいよ」
「分かりました」
今度はミュリエルがレイナードのスープ皿に向かって手をかざし、呪文を詠唱する。
強すぎたら今度はグツグツと煮立ってしまうか、最悪加熱しすぎて爆発する。
慎重に魔力を調節しながら魔法をかけてスープを温めた。
「これでいかがでしょうか」
「うーん。ちょっとぬるいけど、ミュリエルが温め直してくれたから美味しいよ」
「うふふっ、なんですか、それは」
そんな2人のやり取りを見て、友人たちは顔を見合せている。
「ミュリエル様とセイデン様は、この短期間に随分と仲がよくなったのですね」
「王子がいつの間にかファーストネームをそのまま呼んでいらっしゃるので、妬いてしまいます。わたしたちの方がミュリエル様とお付き合いが長いのに」
「ごめん、ごめん。みんなのミュリエルを取っちゃった」
誤解を招きかねない言い方にヒヤリとしてしまう。
「この学校に今いる直系の王族は、私とレイナード様だけですから。だからですわ」
慌てて付け加えたがみんな聞いていない。勝手に盛り上がっている。
「我が国の王女が隣国の王子と仲良くなるのは、わたしたちとしても大変喜ばしいことです」
「ええ、 勉強だけではなく他国の人や文化に親しめるのが留学の利点ですものね」
変な方向に話がいかなくて良かったと安堵しながらスープを食べていると、ミンディが「そうだ」と手を叩いた。
「来週にそう言えば、今年度初のダンスの授業があるんだったよね」
「そうそう。今年の御相手は誰になるかしら」
女性たちがきゃあきゃあと話し始めると、レイナードは首を傾げているのでミュリエルは説明を加えた。
「ダンスの授業では最初の授業でペアを組む相手を決めるんです。一年間同じペアで練習をするので、私たち生徒にとっては一大イベントなんですよ」
男も女も、気になっている人とペアを組めたら……と、1年のうちでも最もドキドキするイベントだったりする。
「それに今年度は最終学年なので、卒業パーティーでもそのペアの方と最初に踊るのです」
「へえ、それはいいこと聞いた」
「くじ引きなので、誰が相手になるのかは当日のお楽しみですけどね」
「なんだ。実際の舞踏会みたいに男性から申し込むんじゃないんだ」
「ええ」
申し込み制だったら、選んでもらえなかった女学生が泣いてしまう。ここは公平にくじ引きなのだ。
「残念。迷わずミュリエルに申し込んだのになぁ」
「え……あ……」
またも際どい発言をするレイナードに、手汗をかいてきた。
「く、くじ引きでご一緒できると良いですわね」
「うん、そうだね」
ニコニコとした顔で返すレイナードを見て、友人たちは目配せしあっているのが居た堪れない。ここは早く撤収しなければ。
「さ、さあ! 次の授業に遅れちゃうわ。早く食べましょ」
「あら、本当だわ。もうこんな時間!」
急いで食事を済ませ何とかその場を切り抜けど、このままではいけない。ミュリエルはギルベアトという婚約者がいるのだから。
最後の授業が終わって、寮へ戻ろうとするレイナードに声を掛け捕まえた。
「少しだけ、宜しいでしょうか?」
「なに? どうしたの?」
「あ、あの……食堂での件なのですが……」
「うん」
「ああいう言い方をすると、みんなに勘違いされてしまいます」
「勘違いって?」
「それは……その……私は既に婚約者がいるんです」
「ああ、そのことなら知っているよ。魔法学を担当しているシュヴァイニッツ先生でしょう?」
友人どころか従姉妹ですら知らなかったことを知っていると言われ、ミュリエルは面食らってしまった。
「そんなに驚くこと?」
「いえ、他の生徒や先生たちは知らないみたいなので」
「あはは、王女と同じ学校に通うとなったら、どんな人なのか留学前に調べてくるよ」
「そう……でしたか。ではご存知なら今後はあのような発言は……」
「僕は勘違いされても構わないよ」
「え?」
「言っただろう? 君と仲良くなりたいって。ね、ミュリエル」
完全に言葉を失ってしまった。
目を見開き固まったままのミュリエルに、レイナードはポンポンっと肩を叩いて笑っている。
「そういう訳だから。じゃあまた来週」
「あ……ええ、また……」
頭の中が混乱している。
ボケっとしながら反射的に手を振り返すのが、ミュリエルの精一杯だった。




