最終章 あなたと幸せになるためには⑤
「まだ何か?」
「考えてみたら、わたくしでもいいんじゃない?」
「は?」
「貴方と結婚してあげるって言っているのよ。わたくしは王の姪よ? 点数稼ぎをしたいというのなら、わたくしでも構わないはず。わたくしが両国の架け橋となるわ」
キョトンとした顔をしたレイナードだったが、すぐに腹を抱えて笑いだした。
「ふっ……ははっ! ははははっ!!」
「な、なによ」
「確かに王の娘とまではいかなくても、姪ならそれなりかもね。手ぶらで帰るよりもマシだろうよ」
「そうでしょう? だから……!」
笑いを収めたレイナードの表情は、ゾッとするほど冷たい。
「……でもさ、僕にだって好みがあるんだよね。一生僕の横に君がいるとか、冗談はやめてくれる?」
「――!! 本当に失礼な人ね! わたくしが百歩譲って、他国に嫁いであげるって言っているのに! なんの収穫もなく帰るあなたを哀れんで提案しているのよ」
「それはどうもありがとう。でも心配には及ばないよ。この程度でギブアップするようなタマじゃないから。それにさ、仮に僕と結婚したとして、君が幸せを手に出来るとは思えないけどね」
「どういう意味です?」
「一生『ミュリエルの代わり』でいなきゃいけないなんて、プライドの高い君には耐えられないでしょ。ただでさえミュリエルに対して、大きなコンプレックスを持っているっていうのにさ」
大きなコンプレックス? イヴォンヌが私に?
コンプレックスがあるというなら、ミュリエルの方だ。
ミュリエルにはレイナードが言っていることがよく分からないが、ギルベアトには理解出来ているようだ。どういうこと? と見上げたミュリエルの頭を、微笑みながら撫でてきた。
「これ以上、王夫妻を怒らせない方がいいよ。君の嫁ぎ先が無くなっちゃうからね。じゃあお元気で、イヴォンヌ・エスタリさん」
「この……! 全部あんたのせいよ、ミュリエル!!」
ミュリエルに掴みかかろうとしたイヴォンヌは、凝りもせずギルベアトに動きを封じられて固まった。
「救いようがないな、彼女は」
呆れたように言ったギルベアトは、更にイヴォンヌの声まで出ないようにしてしまった。口をパクパクとさせて、何か叫ぼうとしている。
流石のミュリエルも、ここまでされるとイヴォンヌが可哀想になってきた。
「ギル様、それはちょっとやり過ぎではないですか」
「いいんだよ。これ以上騒ぎを大きくしたらセイデンの言う通り、嫁ぎ先が見つからなくなる。むしろエスタリの為だよ」
「シュヴァイニッツ先生に僕も賛成。警備兵、こっちこっち」
この後イヴォンヌは、警備兵によってひっそりと会場から退場させられてしまったのだが、気にする者は誰もいなかった。
◇◆◇
――約一年後。
ミュリエルはかつてギルベアトの成人祝いをした公爵邸のホールに来ている。隣にはもちろん、ギルベアトも。
「みんながミュリエルに釘付けになっているよ。心配だな」
「何を仰っているんですか。新婦に手を出す不届きな人なんていませんよ」
「それは分からないよ」
ミュリエルとギルベアトは無事に結婚式を終え、今は会場を移してホールでパーティーが行われている。
国内外問わず多くの王侯貴族と学友、そしてギルベアトのかつての仕事仲間とが訪れており、ホール内は人で溢れかえって賑やかだ。
結婚式で来ていた純白のドレスから、黒のドレスへとお色直しをしたミュリエルを見て、ギルベアトは不安げに体を引き寄せてくる。
「渡したピアス、ちゃんと着けたね」
「着けていますよ。大丈夫です」
ミュリエルの耳に着けられたピアス。これには何か仕掛けがあるらしく、絶対に着けるようにと渡された。
そのピアスに触れて確認したギルベアトは、やっとミュリエルから離れた。
「俺がいたらみんな気を使って話しにくいだろう。行っておいで」
「はい」
一通り挨拶も終えたので、ミュリエルは学友が集まっているところへと早歩きした。
「ミュリエル様、愛されてますねぇ。見ているこちらまで幸せな気分になっちゃいます」
「結婚式も素敵でしたし」
「それにこのドレスも!」
「うふふ、ありがとう」
結婚式や引越しの準備などで忙しかったため、この一年は友だちと会う時間がなかなか取れなかった。久しぶりに会う学友と話に花を咲かせていると、「僕も混ぜてよ」と顔を出したのはレイナードだった。
「ミュリエル、結婚おめでとう」
「レイナード様、遠路はるばるお越し下さりありがとうございます。それからマリーナも。今日は来てくれてありがとう」
レイナードにエスコートされて現れたのは、マリーナという女性で王弟の娘。つまり、ミュリエルの従姉妹。
レイナードはあの後なんと、イヴォンヌではない王の姪と婚約したのだ。
マリーナはミュリエルが最終学年だった当時は一年生で、レイナードは保険としてマリーナにも接触していたと後から知った。これを知ったギルベアトを止めるのがまた大変だったことは言うまでもなく、ミュリエルはどうにかこうにか宥めたのだった。
国益と、それから自身の進退もかかっていたんだもの。仕方がないわ。
レイナードだって必至だったのは、ミュリエルにはよく分かっている。
だからと言ってすぐに二人の婚約に納得したわけではなく、ギルベアトを見習ってレイナードを脅しておいた。
マリーナの笑顔を奪うようなことがあれば、ただではおきませんからね、と。
「レイナード様にはよくしてもらっている?」
「はい。レイナード様が国へ戻られるので不安でしたが、頻繁に手紙や花を贈ってくださるので」
「そう、よかったわ」
幸せそうな顔。
マリーナはまだ成人していないが、この婚約の意味くらいはきちんと理解しているはず。本人が納得しているのなら、ミュリエルがとやかくいう筋合いはない。
「いい? マリーナ。レイナード様のことで何かあったら、必ず私に言うのよ? なんと言っても私、レイナード様の弱みを握っているんだから」
「まあ、そうなのですか?」
「ちょっとミュリエル、いつからそんなに人が悪くなっちゃったんだい?」
「大切な従姉妹ですもの、これくらいはしないと」
ひとしきりみんなで談笑をしていると、レイナードが食事を取ってくると言い出した。
「マリーナもお腹が空いたでしょう? 僕が取ってくるからみんなと話してて」
「分かりました」
「留学なさっていた時からそうだったけど、セイデン様ってほんと、優しいお方ね」
「あんな方と婚約できるなんて、ミュリエル様といいマリーナ様といい、羨ましいわ」
女性たちがレイナードを褒め称える中、視線を感じた。
「私も食事をもらいに行ってくるわ」
そう言ってミュリエルもレイナードの後へ続く。
レイナードがチラリとミュリエルの方へ視線を向けたので、二人で話したいのではないかと思ったのだ。
「どうされましたか?」
「マリーナとのこと、失望した?」
レイナードがネミラスへ帰ってから会うのはこれが初めて。魔道具を使ってやり取りしただけで、直接会っての話はまだしていない。
「……そうですね、ちょっと腹は立ちましたけど。でもレイナード様のその気持ちを、私は痛いほど理解できてしまうんです」
かつてレイナードに掛けられた言葉をそのまま返すと、レイナードの顔に少しだけ哀しみの色が浮かんだように見えた。
「前はおあいこだって言いましたけど、これだとレイナード様がマイナスですからね?」
「はは、そうだね。……ねえミュリエル、僕があの時マリーナという隠し玉を持っていながら、イヴォンヌの提案に乗ったのはなぜだと思う?」
「なぜって……」
「あんなやり方をして上手くいくと思うほど馬鹿じゃないよ。だけど僕は結局、確率の低い賭けに出てしまった」
レイナードが他の人には絶対に聞こえないよう、耳元でささやいた。
「君のこと、好きになっていたみたい」
「――?!」
「諦めきれなかったんだよ。だから色々と後悔してる」
なんと言って返したらいいのか思いつかない。
そんなこと、今更言われても……。
そんなミュリエルの体を、後ろからそっと包み込んでくる人がいる。
「ほら、言っただろう? 花嫁に言い寄るろくでもない奴もいるんだよ」
「ギル様!?」
「全部ちゃんと聞いていたからな」
レイナードとはごく小さな声で話していたのになんで? という疑問はすぐに解けた。
ギルベアトはミュリエルの耳に唇を寄せ、ピアスに触れる。
「このピアス、魔道具なんだ。ミュリエルが聞こえるものは全部俺にも聞こえてる。こっちの魔道具を介してな」
ギルベアトが自分の耳にも着いているピアスを、トントンと指で叩いた。
こんなものを仕込まれていたなんて……!
そこまで心配してくれていたのかと、呆れると共に少し嬉しかったりする。
「あー、参りました。お手上げです。だから凍らせるの、やめてもらえません?」
レイナードの足元に氷が張っている。
ギルベアトの殺気に何人かが気づき始めた。
「ギル様、もうやめてください。パーティーを台無しにするおつもりですか?」
「人の妻に手を出そうとしているんだぞ? 黙っていられるはずがない」
「レイナード様はただ、後悔しているって吐き出したかっただけですよ」
それに……とミュリエルは振り向き、ギルベアトの頬を両手で包んだ。
「私はもう、ギル様と歩む未来しか見えていませんから。心配しなくても大丈夫です」
そっと唇を重ねると、周りから一斉に囃し立てる声と口笛とが湧き起こった。
ギルベアトの珍しい赤面を見れたと、大いに盛り上がっている。
「あーあ、完敗」
「レイナード様も、お幸せに!」
ミュリエルはギルベアトの手を取り歩み出す。
あなたと幸せになるために――。
おわり
最後までお読み頂きありがとうございました(*.ˬ.)"
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【2/17追記】名前の表記ミスを報告して頂いた方、ありがとうございました。見直してから投稿していたのですが、あんなに沢山間違えていたのですね……。お恥ずかしい限りです(>_<)




