最終章 あなたと幸せになるためには④
ギルベアトと一緒に選んだ赤いドレスと、それに合わせたダイヤモンドのアクセサリー。ヘアセットとメイクも丁寧に施して、ミュリエルは学院の卒業パーティーが開かれる会場へと向かった。
場所は王宮のホール。
王夫妻も卒業生を祝うため、毎回参加する行事となっている。
王宮のホールに足を踏み入れるのが初めてという人が殆どなので、浮き足立っているのが伝わってくるほど皆、ソワソワとして落ち着きがない。
「ミュリエル様、どうしましょう。緊張しすぎて胃がムカムカしてきました」
「国王陛下の前で恥をかくような真似をしてしまったらと思うと、気が気じゃありません」
「ふふっ、大丈夫よ。マナーさえきちんと守れば、お父様もお母様もそんなに厳しくはないから」
王宮生まれのミュリエルだって緊張するのだから、他の生徒たちは尚更だろう。大丈夫よと友達を勇気づけている内に、パーティーが始まった。入場開始のファンファーレが聞こえてくる。
「ミュリエル、行こうか」
「ええ。よろしくお願いしますわ、レイナード様」
レイナードの腕に手を添え、他の生徒に続いてホールへと入場する。
ミュリエルはあの事件の後、本当に何もなかったことにすると決めた。
ギルベアトは大いに不満がありそうだったけれど、ミュリエルがそれでいいならと言って、最終的には首を縦に振ってくれたのだ。ただし、またミュリエルに何かしようものなら次は容赦しないと脅し付きで。
「僕、シュヴァイニッツ先生に射殺されそうなんだけど」
「数時間だけですから。我慢してください」
祝辞などの挨拶が終わって最初のダンスを踊る最中、レイナードが困ったように笑って言った。
他の職員と一緒に並んで見ているギルベアトは、レイナードを監視するように睨みつけているものだから視線が怖い。「シュヴァイニッツ先生は今日は機嫌が悪いのかしら」なんて言われてしまっている。
ようやく最初のダンスが終わったので、あとは自由。レイナードがエスコート役なのは変わりなくとも、少しは気が楽になる。
早速ギルベアトがミュリエルの側まで来てくれた。
「そのドレス、やっぱりよく似合っているよ」
「ありがとうございます。ギル様もよくお似合いですよ」
「ミュリエルが見立ててくれたからな」
卒業式が終わったので先生ではなく「ギル様」と呼ぶと、ギルベアトも「ミュリエル」と呼んでくれた。みんなの前でこうして名前で呼び合うのは、すごくこそばゆくて照れ臭い。
そんな二人の様子に周囲にいた生徒たちが首を傾げる中、王夫妻が席を立った。もちろん娘と話すために。
「ミュリエル、卒業おめでとう。こんな素敵なレディになって、貴女は私の自慢の娘よ。とても誇らしいわ」
「ありがとうございます。これも全て、指導してくださった学院の先生方と、それからお父様お母様のおかげです」
「レイナード王子も、卒業おめでとう。1年間と短い期間だったが、学院生活はどうだったかね」
「たいへん実りの多い留学となりました。特にミュリエル王女をはじめとする学友と出会えたことは、僕にとって何よりも変えがたい宝です。ご助力いただきました両陛下には、改めて感謝致します」
「うむ、私も若者たちが両国の架け橋となり親交を深めることを期待しているよ」
レイナードと父とが話す中、母が改めてミュリエルの姿をマジマジと見てくる。
「そのドレス、ミュリエルによく似合っているわ。最近は似たような服ばかり着ていたから、赤色なんて新鮮ね」
「ギル様が似合うと言ってくださったので、この色を選んだんです」
「あら! 一緒に選んだの?」
ギルベアトと顔を見合わせてから「はい」と頷くと、母は嬉しそうに声を上げた。
「二人が仲睦まじく過ごせていたようで、何よりよ! 貴女、卒業が近付くにつれて暗くなっていくものだがら、もしかしてギルベアトと結婚したくないんじゃないかと心配していたんだから」
「だから私が言っただろう? 王妃の杞憂だって」
ギルベアトは苦笑いをし、レイナードは笑いを堪えている。
「え? え? ミュリエル様、結婚されるのですか?」
「シュヴァイニッツ先生と?!」
周りで会話を聞いていた友だちが、ミュリエルとギルベアトとの間で目を行き来させて驚いている。それはさざ波のように直ぐに周りにも広がり、ミュリエルとギルベアトは注目の的となった。
やっぱり、まだ全然知られてなかったのね。婚約のこと。
「やだわ、ミュリエル。婚約していることを隠していたの?」
「隠していたわけではありません。学院内では先生と生徒という間柄として過ごしていただけです」
「その辺はギルベアトも、きちんと一線を引いてくれていたのね」
「はは、まあそういう事です」
「国王陛下、それから妃殿下、お話の途中ですが両陛下の耳に入れておきたいことがありますわ」
イヴォンヌが集まった人だかりをかき分けて入ってきた。いったい何を言い出すつもりなのか、不敵な顔でミュリエルを一瞥したイヴォンヌは、すぐに悲しげな顔にチェンジさせて国王夫妻を見た。
「イヴォンヌ、耳に入れておきたいことって何かしら」
「非常に口にしにくいのですが……」
「言ってみなさい」
「ミュリエルはシュヴァイニッツ先生という婚約者がいながら、セイデン様に言い寄っていたのです」
「?!」
「はっ、はっ! 何を言い出すのかと思えば」
レイナードが脇でため息をつくのが分かった。その仕草を自分の話に合わせてくれているのだと受け取ったイヴォンヌは、レイナードに同意を求めた。
「嘘ではありません。そうですよね、セイデン様!?」
「えーと、何を言ってるのかなぁ? 確かにミュリエルとは仲良くしてもらっていたけど、言い寄られただなんて、僕はそんな勘違い野郎じゃないよ」
「セ、セイデン様!?」
話が違うとイヴォンヌはレイナードを見るが、レイナードはイヴォンヌの話に合わせる気は全くない。
実はパーティーが始まる前、ミュリエルはレイナードから聞かされていた。イヴォンヌから又も、企みを持ち掛けられていたと。
婚約者のいる身でレイナードに迫っていたとなれば、ミュリエルの評判は地に落ち、ギルベアトとの婚約は破棄されるはず。せめて自分たちを貶めたミュリエルには一泡吹かせてやりましょう。
そう誘われたレイナードは、適当に返事をしておいたと言っていたけれど、まさか本当に実行に移してくるとは。
私は余程、イヴォンヌに嫌われているようね。
どうしてこんなに嫌われてしまうのかは分からないけれど、全ての人に好かれるなんて土台無理な話。同い年の従姉妹同士仲良くしたかったという思いは、ミュリエルの一方通行で終わってしまったようだ。
「裏切るのですか?」
「人聞きの悪い。友人として仲良くしていただけだよ。君が盛大に勘違いしているだけだ」
「……っ! 陛下、証人なら沢山おりますわ! みんなだって知っているでしょう? セイデン様とミュリエルの仲が異様に深かったことは! 夫婦みたいだなんて、噂していたじゃない」
イヴォンヌが周りに集まっていた生徒たちに問い掛けると、互いに顔を見合せて困った顔をしている。
「まぁ確かにお2人は仲が良かったですけど、友人の域を超えていたかと言われると……ねぇ?」
「ええ。それにセイデン様は他の女学生とも仲良くしていらっしゃったし、ミュリエル様も男女問わず誰とでも仲良くなれる方なので、そう不思議でもないですわ」
「ちょ、ちょっと! 何でみんな、ミュリエルの肩ばかり持つのよ!? 王女だからっていつもいつもミュリエルの機嫌ばっかり伺って!」
イヴォンヌのこの発言は、生徒たちの怒りに火をつけてしまった。
一斉に抗議の声が上がる。
「いくらイヴォンヌ様でも、今の発言は聞き捨てなりません! ねえ、みんな?!」
「本当よ! 私たち、別にミュリエル様が王女だからって理由で仲良くしていた訳ではないわ!」
「大体、それを言うならイヴォンヌ様はどうなのです? ミュリエル様とご婚約されていることを知っていながら、シュヴァイニッツ先生にアプローチなさっていたという事ですよね? みんな知っているんですよ、先生にしつこく付きまとっていたことは」
王夫妻の視線が、同時にギルベアトへ移った。
「ギルベアト、本当かい?」
「……そうですね。彼女には何度も婚約者がいると説明したのですが、最後には刺繍入りのハンカチまで渡されそうになりました。もちろん、キッパリとお断りをして受け取りませんでしたが」
イヴォンヌは授業中に言っていた通り、ハンカチを渡しに行っていたのね。
どうでもいいことなのでギルベアトには聞かなかったし、聞きたくもなかったから、ミュリエルは今初めてその事実を知った。
「なんてことなの!」
「姉上は一体、どんな教育をしているんだ! 姪とはいえ流石に看過できん! 姉上にも言わせてもらわねばならんな」
「ええ、ええ。そうして下さいな。さあみんな、折角の楽しいパーティーが台無しになってしまうわね。この話は終わりにして、楽しい時を過ごしましょう」
王妃が仕切り直ししましょうと手を叩くと、集まっていた群衆が散り散りになっていく。「けしからん」と怒る王を王妃が宥めながら去っていき、ミュリエルもレイナードに「行こう」と声を掛けられた。
「セイデン様、待って!!」
一人取り残されそうになったイヴォンヌが、突然レイナードの腕を掴んだ。




