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最終章 あなたと幸せになるためには③


「一体何を……」

「きゃあぁぁっ! ミュリエルったら、なんて不埒なの!? 学校でこんなことするなんて信じられませんわ!!」


 イヴォンヌが後ろでキャンキャン騒ぎ立てるのには構わず、ギルベアトは二人に近づいていく。


「何をしている」


 聞いた相手はミュリエルではなくレイナードの方。

 その彼は、口元を歪めてギルベアトを見つめ返した。

 

「何をって、ご覧の通り。ミュリエルに誘われいるところですけど? 僕が襲っているかのように凄まないでくださいよ。ねえ、ミュリエル」

「ミュリエル、本当なのかい?」

「…………」

「ミュリエル?」


 状況からして、どう見てもレイナードの言う通り、ミュリエルが押し倒しているようにか見えない。それでもギルベアトは信じられない。ミュリエルがこんなことをするなんて。


「……そ、そうです。どうしてもレイナード様が欲しくて。我慢できなくて」 

「――!!?」

「わたくしの言う通りでしたでしょう? 二人はそういう仲だって。先生はまんまと騙されていたんですわ、この女に」

「うるさい。君は少し黙っていてくれ」


 割って入ってきたイヴォンヌを黙らせたギルベアトは、もう一度ミュリエルの顔を見る。


 潤んだ瞳と、紅潮した頬には涙のあと。ミュリエルが誘う方なのに何故泣いている?

 目はトロンとして、どこか遠くを見るような視線と荒い息遣い。さらには自分の身体を抱いて、何かを我慢するようにモジモジとさせている。


 何かが、おかしい。


 そう思ったのはギルベアトだけではなかったようで、アースティンが脇にあるテーブル上のティーカップを覗き込んでいる。


「ミュリエルはミルクティーが好きだ」

「オーケイ」


 言うやいなや、アースティンはティーカップの一つに指を突っ込み、底に残っている僅かな水滴に浸してペロリと舐めた。


「うーん、これは76年前ファニ・ジルベールが考案した媚薬効果のある魔法薬だな」


 やっぱりか。

 一気に頭に血が上る。

 アースティンは変態で変人で奇人だが、魔法薬にかけては天才だ。少量舐めただけでどんな調合をした魔法薬なのか当てられる。


「このクソガキが!」


 ギルベアトに浮かされ、レイナードがドンッと壁に打ち付けられた。


「魔法に長けた俺を騙せると思ったのか? 魔法薬による症状を見逃すわけないだろう」

「うっ……」

「お前もだエスタリ」

「わ……わたくしは何も……」

「話はあとで聞く。そこで大人しくじっとしていろ」


 身動きが取れなくなるよう、二人の動きを魔法で封じた。これでミュリエルに集中できる。

 肩で息をするミュリエルを抱き上げると、それだけで体を捩らせて反応してしまっている。

 そのままテーブル横のソファに寝かせて、ミュリエルの身体に上着をかけた。

 とてもじゃないが、刺激が強すぎる。


「ミュリエル、大丈夫か?」

「ギル様、わたし……」

「分かっているよ。君が悪いんじゃないってことは」

「ギル様、私を今すぐ抱いてください」

「――っ!」

「気が変になりそうなの。ギル様にならめちゃくちゃにされたっていい。お願い、抱いて」


 ミュリエルに抱きつかれると、体の火照りが伝わってくる。潤んだ瞳で見上げられ、震える声で懇願されれば、今にも理性が吹っ飛びそうになる。

 だが……。


「アースティン、無効化する魔法薬を作れるか?」

「作れるけどさぁ、抱いてあげればいいじゃん。婚約してるんだし。ラインハルトが満足するまでさ」

「おまえは聞こえなかったのか? い・ま・す・ぐ作ってこい!」


 ミュリエルはこんな形で抱かれることを望んでいない。

 目に入る異性に欲情してしまっているだけだ。

 ただ標的が、レイナードからギルベアトに変わっただけ。

 魔法薬の効果が切れて正気に戻ったら、ミュリエルは一生この時のことを悔いるだろう。

 胸ぐらを掴まれたアースティンは「ひいぃ」と両手を上げた。

 

「わ、わ、わ、分かったって! 冗談だよ、冗談!! もー、怒ると怖いんだからぁ」


 走って談話室から出ていくアースティンを見送ってからが大変だった。薬の効果がより出てきたミュリエルはギルベアトに縋り付く。

 

「なんで抱いてくれないの? 私のこと、嫌いになっちゃったの?」

「違うよ、そうじゃない」

「なら何で……何でなの? やっぱり私なんて子供にしか見えないのね」

「ミュリエル、違うから。そんなこと思ってないよ」


 しくしくと泣き出したかと思えば、今度は自分の服を脱ごうとしだし、ギルベアトを誘ってくる。

 ようやくアースティンが魔法薬を作って戻って来る頃には、神経が擦り切れそうになっていた。


「ミュリエル、これを飲んで。飲めば楽になれるから」 

「いや、違うの! 欲しいのはこんなものじゃない!」


 振り払おうとするミュリエルの手にあたり、危うく魔法薬の入った瓶を落としそうになった。

 このままでは瓶の口を無理やりねじ込んで飲ませても、きっとすぐに吐き出してしまうだろう。

 何かいい方法は……。


「薬なんか要らない! 欲しいのはギル様だけなのに……!」

「分かった、ミュリエル」


 ギルベアトは瓶の中身を口に含むと、そのままミュリエルの唇に重ねて流し込む。「おおっ」とアースティンが声を漏らすのが聞こえてきた。


「ん……」


 こくん、と小さく喉が鳴る音がした。



 ◇◆◇



 やっとギル様が私に応えてくれた。

 近づいてきた顔と、重ねられた唇。欲求がやっと満たされるという恍惚感に溺れそうだったのに、口の中に入ってきた液体を飲み下した瞬間、それは瞬く間に消え去っていく。

  

 薬を飲み込んだことを確認したギルベアトが唇を離すと、体の火照りが引き、頭がクリアになってきた。

 一気に薬の効果が無効化されたのだ。

 

「あ……ギル様……?」

「ミュリエル!?」

「わ……私、なんてことを……!!」


 この媚薬の嫌なところは、記憶が綺麗に残ってしまうことだ。覚えてない方が幸せなこともあるものだが、忘れず全てを覚えているまま。

 だからこそレイナードは、この調合の媚薬を選んだとも言える。

 ミュリエルなら自分から誘ったことの罪悪感に耐えきれず、その責任を取るためにレイナードを選ぶ可能性が高いと踏んだのだろう。

 

 ミュリエルは両手で顔を覆って、ソファの上で丸まった。髪の毛の隙間からは赤く染った耳が覗いている。


「ミュリエル、誤解されないように一応言っておくが、頼まれても抱かなかったのは君を子供だと思っているとかではなく……」

「わ、分かっていますから大丈夫です!」


 顔を少しだけあげて、チラリとギルベアトを見上げた。

 

「私を大事に思っていてくれるからだって、ちゃんと分かっていますから。それ以上はもう言わなくても大丈夫です」

「……うん、良かった」


 ミュリエルの頭をひと撫でしたギルベアトは、改めてレイナード達の方へ寄って行った。

 纏う空気は凍り付きそうな程冷たく、実際、ギルベアトの足が付いた傍から床には氷が張っている。


「さて、弁明を聞こうか」

「わたくしは何も知りません! レイナード様がまさかこんなことを仕組んでいたなんて」

「この部屋の鍵はエスタリ、君が掛けたんじゃないのか?」

「まさか! 何故そんなことをわたくしが? 鍵ならあそこの棚に置いてあるではないですか」


 ミュリエルはレイナードが鍵を掛けたのでは無いことを知っている。外側から掛けられたに違いない。


「レイナード様ではありません。私はずっとレイナード様と一緒にいましたけれど、ドアに近付いてなどいませんでした」

「なによミュリエル! わたくしも共犯だって言いたいの?」

「知らないわ。ただ私が知っている事実を言っただけ」


 鍵はイヴォンヌが部屋に入ってからすぐ、棚に置いただけの話。

 どうやってイヴォンヌがギルベアトを連れてきたのかは知らないけれど、ミュリエルが媚薬を飲んでレイナードを誘っている最中に、都合よくギルベアトが来るなんて出来すぎている。

 レイナード一人のせいにするなんて許せない。


「エスタリはああ言っているけど?」

「……はは、嫌な女って知っていたけど、まさかここまでとはね。まあいいよ、僕一人でやったって事でも。どうせ彼女は証拠となる薬の入手ルートは絶対に分からないようにしているだろうし、結果は変わらないからね」


 レイナードは諦めたように目を伏せて、小さく息を吐いた。


「レイナード様……あなたがここまでしたのは、私が王女だからですか?」


 彼が無謀な賭けに出たのは、純粋にミュリエルが好きだからと言う理由ではないと思う。

 なぜならミュリエルにはレイナードの言葉が響かなかったから。

 レイナードにいくら可愛いとか素敵だとか褒められても、嬉しくはなってもドキドキしたりはしなかった。きっと『こう言えば女性は喜ぶだろう』という、彼の中の公式に沿って吐かれた言葉だと、ミュリエルもどこかで勘づいていたのだ。


 ギルベアトに身体の動きを封じられたままのレイナードは、視線だけをミュリエルへ移した。


「そうだよ。君と結婚すれば、王位継承権を争っている兄ふたりを大きく引き離せるからね。最初から君狙いで留学してきたってわけ」


 ユガールの王女を引き込めれば、ネミラスの脅威は減る。その功績は大きく、兄弟3人が拮抗しているのなら確かに、レイナードは王太子の座に近くなるだろう。ミュリエルはその為の手段に過ぎなかったという訳だ。


「ミュリエルを利用しようとしていたのか!」


 ギルベアトがレイナードの胸ぐらを掴んだが、当の本人は平然とした顔をしている。


「先生も、というか先生の父君も似たようなものでしょう? 君主の娘を戦利品として貰った。大して変わらないではないですか」

「――っ! 俺はそんな気持ちでミュリエルと結婚しようとしているんじゃない!」

「今は、ってだけで、初めからそうだった訳じゃない。そうですよね?」

「やめてください!」


 ギルベアトがレイナードに殴り掛かりそうだったので、ミュリエルは声を張り上げた。


「レイナード様の言い分はよく分かりました。この話はこれで終わりにしましょう。イヴォンヌも、このことは無かったことにして」

「無かったことにって一体どういう意味だい? まさか不問に付すつもりじゃないだろうね」

「そのつもりです。ネミラスの王にはもちろん、私の父にも何も報告しないで下さい」


 このことを父が知れば、間違いなく大問題に発展する。ネミラスと同盟を組む国々を黙らせておくには十分な大義名分があると、この好機を逃さず、攻めて出るかもしれない。

 

「ミュリエル! こんなことをされておいて何も無かっただなんて、そんなことが許されるわけないだろう?! 同情する必要はない」

「同情……そうですね、同情の気持ちも少しだけ入っているかもしれません。レイナード様は以前私に言いましたよね? 僕たち王族の苦しみは僕たちにしか分からないって。だから私も少しは、レイナード様が置かれている立場や状況を少しは分かるつもりです」


 レイナードが自分を利用しようとしていたことには、全く怒りは湧いてこない。むしろホッとしてしまったくらいで。


「でも私たち、おあいこです」

「おあいこ……?」

「私もギル様と婚約破棄したくて、あなたに近付きました。私への好意を利用しようと考えたんです。レイナード様には酷いことをしてしまったと、ずっと後悔し続けなければならないと思っていましたが……ふふっ、同じ企みをしていたんですもの。これでお互い、恨みっこなしです」


 これにはギルベアトは何も言えない様で、「うっ」と言葉を詰まらせている。

 ミュリエルがレイナードに笑いかけると、「参ったね」と目を伏せた。


「とんだお人好しだよ、君は」 

 

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