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最終章 あなたと幸せになるためには②


 会話をしながらお茶を楽しんでいると、二人のティーカップが空になった。

 

「じゃあエスタリが戻ってくるまで、もう一度ステップの確認をしようか」

「ええ、そうですね」


 立ち上がりレイナードに差し出された手を取ったその瞬間、ミュリエルの心臓がビクンっと跳ね上がった。

 自分でも驚いて目を瞬いてしまう。


「どうしたの?」

「い、いえ。なんでもありませんわ」


 今のはなんだったのかしら?

 不思議に思いながらも、レイナードとステップを踏む。

 リードしてくれるレイナードの動きに合わせて……。


「あ……っ」


 レイナードの手が腰に回されたその時、変な声を出してしまった。

 社交ダンスにはまるで似つかわしくないその声に、レイナードもびっくりしている。


「ごめんなさい」

「気にしないで。続けようか」


 何をしているのよミュリエル。

 これまでだってずっと、レイナード様と練習してきたじゃない。


 必死に心の中で言い聞かせるが、レイナードに触れられるたび体に電流が走ったようにビクビクと反応してしまう。

 動くたびに香る、レイナードの匂い。

 手を引き寄せられて近づく顔。


 レイナード様って、こんなに素敵な方だったのね。


 今更だけれど、レイナードは魅力的な男性だ。

 ずっと見ていたくなる。

 ついうっとりとその顔を見つめていると、レイナードがミュリエルの様子に気づいた。

 動きを止めて、ミュリエルの顔を正面から捉えてくる。


「僕の顔に何かついてる?」

「いえ、違います。ただレイナード様が素敵だと思って見惚れてしまって」

「そう? ありがとう。もっと見てくれてもいいよ。むしろ僕のことだけ見ていて欲しいくらい」


 レイナードから目が離せない。

 心臓がバクバクと音をたて、体が燃え上がるように熱くなる。


「触れても……いいですか?」


 いったい私は何を言っているの?!

 そう思うのに、思考がうまく回らない。ただ目の前にいるレイナードに触れたくて、触れられたい。

 その欲求が渇きとなって、ミュリエルはごくりと生唾を飲み込んだ。


「もちろん、いいよ。ミュリエルにならいくらでも」


 薄く笑んだレイナードは、ミュリエルにされるがままになっている。

 上着のボタンを外すと、そのまま肩へと手を回す。するりと床へと落ちた上着に続き、今度はベスト。

 早くレイナードの素肌に触れたいのに、なかなかそれは現れない。もどかしくて仕方がない。

 やっとの思いでシャツのボタンにたどり着いたミュリエルの頬を、レイナードが撫でた。


「ミュリエルがそんなに積極的だとは知らなかったよ」

「自分でもよく分かりません。ただレイナード様が欲しくて……」


 欲しくて欲しくてたまらない。

 このまま突き進んだら取り返しのつかないことになると分かっていながら、この欲望を満たさなければと急かされる。この人に抱かれたらこの飢えが満たされると、体の方は知っているみたいに。

 背伸びをして、レイナードの顔へ自分の顔を近づける。それに応えるようにレイナードは、ミュリエルの体を抱き抱えたまま崩れ落ちた。

 男性の上に馬乗りになるなんてはしたない。

 でも今はそんなこと、どうでもいい。

 御馳走を目の前にした獣のように、ミュリエルはシャツのボタンを外していく。

 手の震えがどうしたというの。早くこの人に抱いてもらいたい。そうじゃなきゃ、どうにかなってしまいそう。

 勝手に震える手をもう片方の手で押さえると、鼻の奥に清らかな花の香りがした。

 手首につけた香水が香ったのだ。


「ふっ……うぅ……」

「ミュリエル?」


 体の奥が疼いてる。この人と深く繋がりたいって。

 だけど心がそれについていかない。

 心と体の欲求がバラバラで、噛み合わない。

 

「僕が欲しいんじゃなかったの?」

「欲しいです……」

「なら早くおいで」


 レイナードに促されてもう一度ボタンにかけた手に、ぽたりと雫がこぼれ落ちた。

 欲しいのに、欲しくない。

 混乱が涙に変わって次々とこぼれ落ちてくる。


「僕のこと、嫌いじゃないんだよね?」

「……はい」

「それならその手を止めないで」


 助けて。苦しい。早く。

 楽になりたい。

 奥歯を噛み締めながらボタンを穴から外したその時、談話室のドアが唐突に開いた。


「ミュリエル……?」

 

 その扉の向こう側にいたのは、目を見開いて固まるギルベアトだった。



◇◆◇



 月に一度の職員会議を終えたギルベアトは、「やっとか」と息をついた。

 前任の魔法学教諭は出産を終えてそのまま育児休業となったが、ギルベアトの後任が無事見つかったということで、ミュリエルの卒業と共に学院を去れそうだ。

 そうと決まれば父に連絡をして帰る旨を伝え、荷物を整理して、引き継ぎの資料を作って……。


 これからやらなければならないことを頭の中で整理しながら会議室を出たところで、例の女学生に出くわした。イヴォンヌだ。


「まあ、シュヴァイニッツ先生。会議だったのですか?」

「ああ、そうだ」

「それはお疲れですよね。ちょうど今からお茶をしに行くのですが、先生もご一緒にいかがでしょうか」


 手に持っているカゴに入ったお菓子の箱と茶葉とを見せながら、イヴォンヌが聞いてきた。

 待ち伏せしていたのか、それとも本当に偶然通りかかっただけなのか。

 いずれにしても、あそこまでキッパリと断られておきながら、よくもまあお茶になど誘えるものだ。


「いいや、遠慮しておくよ」

「そうですか……。ミュリエルとセイデン様もいるので、せっかくならみんなで楽しくと思ったのですが、お忙しいですものね」

「ラインハルトとセイデンも?」

「ええ、わたくし卒業パーティーで踊るダンスの練習に付き合っておりますの。休憩に美味しいクッキーとお茶を思って持っていくところですわ」


 卒業パーティーで初めに踊る相手は決まっているので仕方がないが、それでもギルベアトとしては心中穏やかではない。他のペアもパーティーに向けて練習しているとはいえ、2人でとなると心配だ。

 ……だからイヴォンヌもいるのか。

 きっと2人きりを避けるために、敢えてイヴォンヌも練習に付き合わせているのだろう。ミュリエルはそのあたり、しっかりしている。


「いや、やっぱり一緒に行かせてもらうよ」

「そうですか?! 嬉しいです! 第三談話室で練習をしているので行きましょう」


 嬉々として案内しようとするイヴォンヌについて行こうとすると、会議室から出てきたアースティンに捕まった。


「いいなぁ。あたしも一緒にお茶していい?」

「ア……アースティン先生もですか?」

「会議が長くてお腹空いちゃった。それに5年生の生徒と過ごせるのもあと僅かだし」


 少し戸惑った顔を見せたイヴォンヌだったが、直ぐに笑顔を取り繕った。


「もちろん構いませんわ。お茶会は多い方が楽しいですもの」


 イヴォンヌの返事を聞いて、アースティンがギルベアトをニヤついた顔で見てきた。

 野次馬か、こいつは。


 結局アースティンも加わり3人で談話室へと行くと、ドアノブに手をかけたイヴォンヌが止まった。


「どうした?」

「鍵が掛かっているようですわ」

「鍵?」


 ただ練習しているだけなら鍵なんて掛けなくてもいいはず。

 嫌な予感がギルベアトの背筋を這う。


「俺が開ける」


 ギルベアトの魔法能力の高さならこの程度の鍵は飾りも同然で、蹴破ったりせずとも開けられる。中の錠を動かして外してしまえばいい。

 イヴォンヌに代わってギルベアトがドアノブに手を掛けると、カチャンッと音と共に今度は開いた。


「ミュリエル……?」

 

 開けた先にいたのは、レイナードに跨ってシャツに手を掛けるミュリエルの姿だった。

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