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最終章 あなたと幸せになるためには①


 卒業まで一週間を切った。

 5年間を過ごしたこの学院とも、いよいよ別れの時が近づいている。

 昨年の今頃は卒業して結婚することが憂鬱でならなかったけれど、ギルベアトと心を通わせるようになった今、ミュリエルは待ち遠しくすらある。

 多くの授業は終わりを迎え、みんな卒業パーティや故郷へ帰る準備で忙しい。

 ミュリエルも例外ではなく、ギルベアトと一緒に選んだドレスに合わせて小物やヘアメイクをどうしようか考えたり、部屋を去るため荷物を整理したりで慌ただしく過ごしている。

 

「ミュリエル、ちょっといい?」


 放課後の教室でレイナードに声を掛けられて、ミュリエルは足を止めた。

 プロポーズを断って以降、やはりぎこちなくはなってしまったものの、表向きはこれまで通り過ごしている。

 レイナードは何も悪くない。全てミュリエルに非がある。だから残りの留学期間は彼にとって少しでも実りある時間にして欲しい。

 

「どうされましたか」

「もうすぐダンスの本番でしょ? 今日は一緒に練習しない?」

「……そう、ですね」

 

 ダンスの授業の成果を披露する場。それが卒業パーティーとも言える。

 1年間同じパートナーと組んで練習を重ね、卒業パーティーではエスコートをしてもらう。いくら気不味い仲だからといって別の人に、なんてわけにはいかない。

 本番に向けて空き時間や放課後に練習をするペアも多いので、レイナードの誘いに頷き返した。


「よかった。第三談話室を押さえておいたんだ」

「談話室……」


 談話室は校内にいくつもあるスペースで、生徒同士でお茶会を開いたり、勉強会をしたりと多目的に使える場所となっている。

 この場所を借りてダンスの練習をするのは何もおかしくはないのだが、やはり二人きりになるのは気が引ける。

 ミュリエルが返事に窮していると、その様子を見たレイナードが苦笑いした。


「やっぱり二人きりっていうのは不味いか。そうだ! ねぇ、エスタリ」

「はい?」


 まだ教室に残っていたイヴォンヌにレイナードが声をかけると、手招きに応じて「何かしら」とこちらに来る。


「この後空いてる?」

「空いているわけないじゃないですか。この忙しい時期に」

「はは、だよね。だけどさ、ちょっとだけ僕たちに付き合ってくれない? ダンスの練習をしようと思うんだけど、ピアノで曲を弾いてよ」

「セイデン様ったら王子という身分にかこつけて、わたくしを使おうというのですか」

「お願い! ネミラスに来たら特別待遇で迎えるからさ」


 レイナードが必殺キラースマイルで頼み込むと、イヴォンヌが渋々ながらも承諾してくれた。

 

「全く、仕方ありませんわね。まぁ、貸しを作っておくのは悪くはありませんものね、いいですわ」

「ありがとうイヴォンヌ」

「別にミュリエルの為ってわけじゃないわ。一国の王女が下手な踊りを披露しようものなら、ユガール王国が笑われるもの。ギリギリまでしっかりと練習をしてもらわないとね」

「エスタリは厳しいねぇ」


 三人で談話室まで移動して、練習が始まった。ここの談話室には広い空きスペースの他に、ピアノやハープといった楽器と、テーブルやソファも置かれている。お茶会をしながら踊ったり、演奏を楽しんだりできるというわけだ。

 イヴォンヌの弾くピアノに合わせて、レイナードとダンスの練習をすること約1時間。イヴォンヌの手が止まった。


「そろそろ疲れてきたわ。お茶にしない?」

「そうだね」

「わたくしが用意してくるから、二人は練習していて下さいな」


 そういってイヴォンヌが脇にあるテーブルへティーセットを置き、お茶の準備を整え始めた。

 お言葉に甘えレイナードとステップの確認をしているうちに準備が整ったらしく、イヴォンヌから声がかかる。


「お茶が入りましたわ。休みましょう」

「ありがとう」

「うーん、エスタリはお茶を淹れるのが上手だね。完璧。ここに常備されている茶葉とは思えないくらい美味しいよ」

「もちろんよ。ミュリエルはこちらをどうぞ」


 早速ティーカップに口をつけたレイナードが絶賛する中、イヴォンヌはミュリエルの前にミルク入りのお茶を置いた。


「お砂糖は入れていないからご自由に」

「さすがは従姉妹。ミュリエルの好みを把握してるんだ」

「まあね」

「じゃあお砂糖は僕が入れてあげようか? 角砂糖3個でしょ?」

「い、いいえ。自分で入れますから」


 ミュリエルが甘いミルクティーを好きなことは、すっかり把握されてしまっている。

 角砂糖を入れてティースプーンでかき混ぜていると、イヴォンヌが「そうだ」と言って立ち上がった。


「この前美味しいって評判の、フォレ・クーヘンのクッキーを頂いたの。せっかくだからみんなで食べましょう。寮まで取りに行ってくるわ」

「そんな、悪いわ」


 寮は道を一本挟んで隣にあるとは言え、学院自体の敷地が広い。往復するとなると結構な距離だ。流石にそれは申し訳ないと声をかけると、イヴォンヌは「いいのよ」と笑った。


「こうして三人でお茶をする機会なんて今後ないでしょうし。戻ってきたら新しくお茶を淹れ直すから、それまで練習していなさいな。ついでにいい茶葉も持ってくるわ」


 イヴォンヌの言う通り、同級生とこんな風に練習の合間にお茶を、なんて機会はもうないだろう。

 もう一度お礼を言うと、イヴォンヌが談話室から出てく。


「フォレ・クーヘンって有名な店なの?」

「ええ、王都の大通りに店を構えている老舗の菓子屋なの。どの焼き菓子もハズレがないって評判で――」


 カチャンっという小さな音。

 鍵がかけられる時にするその音は、レイナードと会話をするミュリエルには聞こえなかった。

 

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